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『ローカルブックストアである──福岡ブックスキューブリック』(大井実著、晶文社)



「小さな本屋がまちづくりの中心になる」と帯にある。「小さな」「本屋」さんのサクセスストーリーの中に「まちづくり」のヒントが隠されているという意味だろう。「小さな、町の、本屋さん」というキーワード。かつては平凡な見慣れた風景だったが、いまでは、それがいかに困難なことか、本文を読むと分かる。

東京や大阪や海外で広告やイベントの仕事をしてきた大井さんが、思い立って「町の本屋」をやろうと出身地の福岡にもどってきた。そしてけやき通りに小さな本屋を開業した。2001年開業なので、スタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」にちなんで「ブックスキューブリック」なのだそうだ。それから16年、様々な苦労や困難を乗り越えて、箱崎にも第2店舗を、そしてその2階にカフェやパン屋さんを併設。そこで様々なトークイベントも開催。「ブックオカ」その他のまちづくりイベントの中心にもなる、と一見したところ成功物語なのだが、その背景には、多くの問題提起がある。

 

町の小さな本屋さんの困難

その第一が、町で、小さな本屋さんを営むことがとても困難になっている、という現実だろう。都心部では巨大な本屋が林立するが、町中に、ひっそりとたたずむ「町の本屋」さんは、次々と姿を消している。商売上の問題だけではない。本の流通システム(本を出版社から本屋さんへ配本する取次システム)が、小さな本屋さんの独自性を許さない仕組み(並べる本は、取次会社が一方的に送ってくる、短期間に売れない本は置けない、独自の品揃えが難しい、などなど)になっているためらしい。大手取次は、都心部の巨大店舗に集中的に配本する。町の小さな本屋さんは、独自色を出そうにも取次システムがそれを許してくれないらしい。だから書店経営は「どこにもある品揃えの、無個性」になってしまう。それでは「大きな書店のほうがいいや」ということになる。さらには「ネットで注文したほうが早いし楽だ」となるのも当然だろう。悪循環になるのだ。そして地方の商店街によくある「シャッター通り化」や「後継者問題」。町の小さな本屋さんは「あってほしいが、ありえない」存在になりつつある。

 

「ブックスキューブリック」の戦略

そこで「ブックスキューブリック」の立てた戦略はこうだ。町中の小さな本屋であることの強みを最大限いかすこと。そのためには、小さいけれど魅力的なお店にすること。お客さんとの距離を近くすること。取次の言いなりにならず、本屋として本の品揃えに独自色をだしていくこと。そのためには取次ともシビアな交渉をすること。そして、何でもおいてる無個性の書店ではなく、特化したコアな本があること。書店にいくことがわくわくの「発見」になること。いわば「本のセレクトショップ」のようにしていくこと。さらに雑貨もおいて、いまはやりの「町カフェ」のようなくつろげる場所にしていくこと。本屋に行くことが楽しくなるように、本屋を経営することが楽しくなるように。これだった。ごくまっとうな特別なことではないようにも思える。でも、それが出来ないからこそ、多くの町の小さな本屋さんは店をたたんでいくのだ。

 

「ローカル・ブックストア」の人たち

町中の小さな本屋であることの強みを最大限いかすこと。これが結果的に「ブックスキューブリック」に成功を呼び込んだ。「成功」の定義にもよるだろうけれど、少なくとも大井さんの思いが実現できたということだろう。そして類は友を呼ぶということわざどおり、彼の周囲には、そういう志をもって地方の町の小さな本屋をやっている人たち、「ローカルブックストア」の人たちが集まってくる。福岡で行われている本好きの人たちのイベント「ブックオカ」も、こうした流れの中から出てきたようだ。この本をみると、そういう人たちが、各地に、少なからず点在していることが分かる。なるほど、こういう小さいけれど確実な波も来ているのだ。ひとつのスタイルが、はっきりとあるらしい。そういうことが見えてくる。

 

「まちづくり」へのヒント

レトロな「ふるカフェ」や路地裏にある「町カフェ」が若い人たちに人気だ(若い人たちに限らないかもしれないが)。福岡でも天神や博多より、大名や今泉のほうに、隠れ家的なセレクトショップや、古いアパートを改築したようなチープシックな小さな魅力的なお店が多くあって、感度のすぐれた若いひとたちが多く集まっている。「ローカル・ブックストア」も明らかにこの流れの中にある。

考えてみれば、これは、都心や駅周辺が、どこにもある同じ風景に変わってしまったことと関連しているに違いない。郊外の大規模なショッピングセンターも、どこでも同じようなものを売っている、どこも同じ大衆消費・大量消費の姿になっている。反対に、小さな町中の商店街が、どこも軒並み総崩れで「シャッター通り」化している。いつのまにか「いずこも同じ風景」だ。こういう切ない状況になればなるほど、それを逆手にとって「小さいことは良いことだ」、つまり「大規模になる」のと正反対の方向をめざす人たちも出て来る。大規模店やチェーン店ではできない手作り感ある何かをめざす人たちが出て来る。しかたなく小さいままでいるのでなく、積極的に小さくなる、そういう動きも出て来る。これこそ、「地元」づくり、ではないか。「地元」感あふれる「まちづくり」へのヒントが、この本の中には、あふれている。

 

箱崎への示唆

私たちの大学は「箱崎」にある。ブックスキューブリック箱崎店は、もちろん「箱崎」にある。徒歩10分くらいのところにある。しかし、ゼミで聞いてみたところ、ほとんどの学生は、この本屋さんの存在を知らなかった。これは考えさせられる。大学と箱崎、大学生と町の小さな本屋さんとの間には「近いけれど、近くない」「近いけど、遠い」距離があるのではないか。

「大学」はひとつの町である、と過日ゲスト・ティーチャーに来ていただいた柴田名誉教授[1]は言った。なるほど、大学もその中で閉じたひとつの町なのか。外にでる必要のない、閉じた町。ぎゃくに、町で出たい時には、天神や博多へと出て行ってしまう。そういう「近いけれど、遠い」構造が、この「地元」の箱崎という町にはある。

「近いから、遠い」というのは、若い人たちにとっての「地元」と同じ構造かもしれない。物理的な近距離が「近すぎて」、逆に「遠ざける」斥力をうみだす。「地元」には良い物がある、素晴らしいものも多い、といくら言ってもだめな時もある。いちど、遠ざかってみて、はじめて分かるものもある。物理的な距離、時間的な経過、心理的な遠隔化、関係性の距離、そういったものが、必要なのだろう。

「近いものほど見えにくい」。近くにあるものほど、マスキングされて、「見えているけれど、見えない」。

「地元」としての「箱崎」にも、そういうところがある。九州大学は全面移転をひかえている。離れていく、別れていく時こそ、あらためてその町の真価が、見えてくるのかもしれない。


[1] 柴田篤先生は、学生時代なら長く箱崎に住み、箱崎に愛着のある中国文学の先生で、箱崎九大記憶保存会の顧問的な先生で、ゼミにゲスト・スピーカーとしてきて箱崎における青春の思い出を語っていただいた。

私の主催する研究会に、総研大&国立民族学博物館教授の出口正之さんに来ていただき、内閣府での「内閣府公益認定等委員会委員」時代からの様々な経緯や、日本の公益法人の歴史、基本的な設計や問題点などをレクチャーしていただいた。
出口正之さんと言えば、ジョンズ・ホプキンス大学でレスターM.サラモンに学び、企業メセナやフィランソロピー、政府税調にも関わり、公益法人改革の問題や課題、日本NPO学会の問題点などもずばり指摘、まさに公益法人や非営利法人のスペシャリストだ。
出口さんからは「公益」がどのように規定されてきたか、どのような問題や課題があるかを発表していただき、私からも「非営利」がどのような問題や課題があるか、現在執筆している論文の概要などを報告させていただき、出席者をふくめてディスカッションした。
思うに、グローバル資本主義だけでは行き詰まりつつある現在、経済や政治だけでなく、公益と非営利とは何かという観点からの研究が、ますます必要になって来ているのではないだろうか。



 

このところ海外に出ていて忙しくしておりました。アップが遅れましたが、7月14日(まさに巴里祭、フランス大革命記念日)の夕方、九州大学社会学研究室恒例のバーベキューパーティが行われました。ちょうど梅雨の合間でバーベキュー日和でした。
このバーベキューには、柳川フィールドワークでお世話になった市役所の前担当の野田さん、江口さん、地域おこし協力隊の阿部さん、報告書のステキな装丁をしてくださった垣外さん、フィールドワークに毎回おつきあいいただきYouTubeなどにアップしていただいた秋本さんたちにも、はるばるご参加いただき、この二年間の柳川フィールドワークに参加した学生たちと歓談していただきました。


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2016年2月11日に「柳川市定住促進若者会議」および若者の地元意識をさぐる九州大学安立ゼミ柳川フィールドワークの報告会が、柳川市の「あめんぼセンター」で行われ、学生たち18名が総出演しました。柳川では、ちょうど「さげもん祭り」が始まっていました。シンポジウムには市長はじめ多くの方々に来ていただき、様々なご意見や励ましの言葉をいただきました。学生たちも何度もリハーサルを積んでいったので、みんなとても上達していました。2年間にわたる柳川フィールドワークも、これで一段落。あとは報告書の作成です。
打ち上げは若者会議のメンバーでもある甲木さんや地域おこし協力隊の阿部さんたちによる手造りスペース「カタローベース32」で行われました。みんな和気藹々、楽しく懇親の時を持つことができました。


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先日、今週の2月11日に行われる柳川シンポジウムにおける安立ゼミ生の報告のリハーサルをしました。先月には柳川の商店街の中にあるカタローベース32でも報告会をしましたが、その時のコメントや感想を受けてスライドを改善しました。回を追うごとに学生の発表内容やスライドも良くなってきました。2月11日が楽しみです。

また先週の土曜日には、大寒波の雪などで休講したための補講を2コマ行って、今学期の授業がすべて終了しました。
昔は、はやく学期が終わればいい、授業はたいへんだ、はやく終了したいなどと考えたこともありましたが、今では、授業こそが楽しい、授業する機会がなくなると寂しいと思うようになりました。教室に行くと、待ってくれている学生たちがいる。しっかりと準備していって、しっかりと話すと、何か伝わるものがある。学生へ話しかける中で何か新たなものが見つかっていく手応えがある・・・授業の場こそ、大切な時間だと思うようになりました。


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「柳川に住みたい」と言える若者のまちづくり・シンポジウムが2月11日に、柳川市の「あめんぼセンター」にて開催されます。
九州大学安立ゼミ生たちが1年間の柳川フィールドワークの成果を報告し、「柳川市定住促進若者会議」のメンバーとともにパネル・ディスカッションを行って、若者目線での「地元」づくり、まちづくりを語り合う企画です。


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午後には、柳川の伝習館高校生たちにも参加してもらって九州大学生とのワークショップ「若者メセンで地元を語り合う」も開催しました。ちょうどセンター試験や模試など受験シーズンのうえ、インフルで参加できなかった生徒さんや学生もいましたが、生徒会の面々が、今回も積極的に参加してくれました。このトークセッションの成果は、2月11日の柳川でのシンポジウム(あめんぼセンター)に生かします。


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昨日は柳川商店街に出来た新しいパブリック・スペース「カタローベース32」にて九州大学安立ゼミ生による「柳川フィールドワーク報告会」を実施しました。全員が一人5分づつ、パワポでプレゼンして、コンペ形式で行いました。商工会理事長、市役所の方々、まちづくり関係者など10名以上の方々に審査員になっていただき、審査・採点、優勝から3位までが決まりました。街のレストランの食事券が賞品で、たいへん盛り上がりました。
おりしも記録的な大寒波の襲来でしたが、なんとか福岡に戻れました。帰り道の高速道路では雪が舞い始めていました。あと1時間、柳川をたつのが遅かったら、高速道路は通行止めになっていたかもしれません。ぎりぎりセーフでした。


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ちょっと先日のことですが、柳川市立図書館 「あめんぼセンター」において、2年間のフィールドワークの成果をふまえて、若者の「地元」意識についてお話ししました(1月8日)。道守柳川ネットワークの方々や、市役所の方々、伝習館高校の校長先生にも聞いていただきました。ありがとうございました。

今週の土曜日には、柳川商店街にある「カタローベース32」にて、学生たちの柳川フィールドワーク成果の報告回を行います。


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 思えば、「地方消滅」論が現れたので柳川市での「柳川市定住促進若者会議」が始まった、安立ゼミでの柳川フィールドワークが始まった、伝習館高校と九州大学とのコラボが始まった・・・いろいろな「始まり」の起点でもある。すでに何度か読んでいたものだが、正月休みにあらためて読み返してみた。

 本書は、人口減少局面に入った日本の現状が、考えられている以上に深刻で、このままでは多くの地方自治体が早晩、消滅の危機に瀕するという「データ」を示している。その「消滅可能性自治体」とは「2010年から2040年までの30年間で、20歳~39歳の年齢層の女性数が、50%以上減少する市区町村」であると言う。若い世代が地方から流出して東京などの大都市圏に移動して、大都市だけが生き残る「極点社会」になりつつある。ところがその東京がまた問題で「出生率1.09」と全国最低、つまり「人口のブラックホール」と化している。全国から若い人間を引き寄せておいて、そこでは結婚や出産も子育ても満足にできないという人口のブラックホールなのだ。しかも、かつては若い人びとは大都市圏に引きつけられていった(プル要因)が、現在では「地方に仕事がないので、仕方なく出て行く」(プッシュ要因)となっている。すべての自治体が生き残ることは不可能でこのままでは共倒れになるから、バラまきではなく「選択と集中」を行う必要があるという。やる気のある「地方中核都市」に注力して人口流出の「ダム」にするのだという。そのためにも東京に「中央司令塔」をおき、「地方司令塔」を統括して「国家戦略」を「グランドデザイン」していく必要があるという。その危機感を持つために「全国の市区町村別の将来推計人口」を示し896の「消滅可能性自治体」をリストアップして一覧表を掲載している。

 さてその手法や論法には一見して「中央官庁」からの「国家目線」が濃厚にあるが、本書が露払いをして安倍政権では「まち・ひと・しごと創生法」が成立(平成二十六年十一月二十八日法律第百三十六号)、地方創生事業なるものが走り出している。

 本書に対抗して『地方消滅の罠』(山下祐介)、『地方創生の正体』(山下祐介・金井利之)など、様々な「反・地方消滅・論」も現れている。

 さて、ここでは、再読してみて、いくつかの論点を示してみたい。

 第1は、この本は、中央官庁からの目線や政権からの目線で書かれてはいるが、これまでの政府の政策にたいする自己批判を含んでいることが、注目される。何しろ1990年の「1.57ショック」以来もう25年もたっているのだ。国家のもっとも基盤となる人口が減り続けている。その間、少子化対策・人口対策は、いろいろやってはみたものの、結果的にはまったく(かどうかは論議があるとしても)効果はなかった。少子化のみならず人口減少や「地方消滅」となれば、いずれ「日本消滅」となりかねない。どこか間違っていたのではないか。さすがにこれは政府による政策の自己批判を含まざるをえない。この大胆な「自己批判」が大きな反響を呼んだ一因だろう。

 第2に、この本のロジックは、政府や行政の失敗を認めているかにみえて、そうではない。「より政策を効率的に実施して効果を出すために、今以上の行政・政府が必要だ」という論理に、すり替えられている。地方政策は「中途半端な対策だった」ことが「原因」とされ、より集中的な対策をすることが提唱されている。「失敗ではなく、不十分にしかできなかったからだ」というわけである。ゆえに、「地方消滅」は国や政府、自治体や行政の失敗ではなく、施策の不十分さを理由づけるものとなり、今以上に強力に地方政策を進める政府・行政が必要だ、という論理に転換される。「選択と集中」をとおして、従来よりも強力な政府・行政を作ろう、という提案にすり替わっていくのだ。

 第3に、「地方消滅」の根拠とされた肝心の「20歳~39歳の年齢層の女性」の意見や意識が、真剣に調査・検討された気配がない。若い世代の女性たちは、なぜ「地方」から出て行ったきり戻ってこないのだろうか。なぜ四半世紀にわたって出生率は低く、晩婚化・非婚化は進む一方なのか。この「謎」は解けたのだろうか。解けないとしても「当事者」である「20歳~39歳の年齢層の女性」の意見や意識を、もっと直接に聞き取り、真剣に考慮すべきではないだろうか。

 第4に、若者の視線の先にあるものが、いったい何なのか、分からぬままに放置されることになった。いや、そもそも、若者自身が「若者の求めているもの」を知らない、「若者の目線」を持つことができない時代になっているのではないか。そう疑わせるものがある。「そういうもの」があれば、もっと早くからそれが調べられたり、発見されたり、主張が噴出してきたりしていたはずなのだ。だから問題の根本には「若者自身にも若者のニーズや若者の望む施策や政策が分からない」という「謎」が潜んでいるに違いない。

 第5に、結果として「少子化」「人口減少」「高齢社会」「地方消滅」という「事実」だけが一人歩きしつづける。「問題」だけが残されて、世の中は依然として、上からメセン、役所メセンでの「対策」が行われることになる。「国家戦略」とは言いながら、戦略でも政策でもない形だけの「対策」が続いていくことになる。

 さて、そこから「先」をもう少し考えてみたい。

 第1に、「地方」という見方や目線、発想を変える必要がある。行政や政治はどうしても「上から目線」で「してあげる」モードから逃れられない。そういうモードを変えろといっている著者の増田自身がぬぐいがたく「上から目線」である。彼はむしろ「中央省庁以上の中央目線」「中央官庁に指令をだす目線」になっている。でもそういう発想で行われてきた「少子化対策」や「地方政策」じたいが、「地方消滅」で問われているのではないか。「うまくいかなくなった」政策の現状を「これまで以上のこれまで」で強引に突破しようとしている。全国にあまねく指令をだしていたが、もうそれが無理になったら「選択と集中」で見込みがあって言うことをきく自治体に「これまで以上のこれまで」「中央以上の中央目線」で対応しようとしている。アナクロニズムそのものではないか。

 第2に、「地元」という見方や発想を、大胆にとりいれる必要があるのではないか。「地元」とは何か。中央から見た「地方」ではなく、現場の当事者の中から生まれてくる何かだろう。「地方」という見方は一般的・行政的すぎて、当事者の愛着や危機感を込めにくい。国や県が考えるのではなく、危機に瀕したその地域の「当事者」が考えていくことが必要だろう。2013年に大きな反響を呼んだ「あまちゃん」というTVドラマは、まさにそのことを訴えていた。少子化や人口減少について役所が代わりに考えても、役所ができる施策しか出てこない。当事者の若者や「20歳~39歳の年齢層の女性」という当事者が考えていくことが必要だ。この転換は難しいが、大切な課題だ。

 第3に、「限界集落」「自治体の消滅」「地方消滅」「消滅可能性都市」といった現状の危機意識を逆手にとって発想をさらに深めていくことが可能ではないか。「限界集落」論が現れたのは意外と近年のことで2007年である。「限界集落」論が「地方消滅」論へと直接つながったわけではないが、通底しているものがある。背景にあるのは「高齢社会」論だろう。「高齢社会」論は「限界集落」論を生み出し、「地方消滅」論へとつながっていく。人が年をとるのは仕方ないことだからと、人々はあらかじめ半分諦めてしまう。しかし「人」の高齢化と「社会」の消滅とはレベルが違う。ましてや少子化と直接のリンクはない。直接に関連しないものを短絡的に関連づけて「政策」へと誘導させすぎてはいないか。そもそも「限界」や「消滅」を眼前にすると、これまでにない危機意識やそれに発する生きる知恵の発動が見られるものだ。農村社会学者・徳野貞雄や山下祐介の研究によれば「限界集落」はたんに高齢化によるものではないし、高齢化によって「消滅」するものでもない。「限界」に直面しているかに見えて家族や親族のネットワークが起動して「どっこい生きている」状況が可能となっているという。「反・地方消滅論」本の多くが、単純な人口減少や若年層の減少で「消滅」するという見方を批判している。「社会」はそれほどやわではないのだ。

 第4に、危機に直面した時の行政自身の対応の転換や変身が求められているのではないか。ジブリの高畑勲監督に「柳川堀割物語」(1987)という作品がある。これは30年近く前のドキュメンタリー映画だが、当時、汚れてやっかいもの扱いされていた堀割を埋め立ててしまう行政計画が進められていた。そこにあるひとりの行政マンが現れて、柳川の「地元」の心のシンボルである堀割の風景を守ろうと立ち上がり、その担当者の熱意と行動力によって堀割の浄化と保存へとV字回復していった経緯をたどった記録映画である。映画なのでやや美化されている部分もあるかもしれないが、根元はシンプルなメッセージだ。「人びとの「地元」意識こそが出発点になった」「問題を他人や行政に任せていても解決はしない」「当事者が問題を直視し、当事者が問題に取り組まなければ根本的な解決はない」「そのためにも行政自身が当事者となって汗をかいて行動しなければならない」。その記録映像がこれだろう。堀割の清掃や浄化という「地元」のルーツを見つめる一点からの展開が、30年前の奇跡を起こした。いま、柳川も「消滅可能性都市896」のひとつにリスアップされている。まさに30年前と同じ状況におかれているのだ。

 *増田寛也編著『地方消滅』(2014、中公新書)


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2015年11月14日に開催される「福岡ユネスコ・アジア文化講演会・生きている歴史、繋ぐ記憶」のために、テッサ・モーリス=スズキさんが来福されましたので歓迎会をいたしました。テッサさんの最近の著書を読んでいますが、素晴らしいものです。現在の日本のマスメディアなどが、まっさきに、このテッサさんから学ばねばならないと思います。姜尚中さんとの対談もあります。これは必見ですね。


 

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