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大江健三郎原作の障害をもった子どもの話、福祉とボランティアの話かな等と思って観ると、とんでもないのである。予想は大きく裏切られる。
これは「静かな生活」というタイトルとは対極の「静かであることを侵犯された生活」だ。むしろ「邪悪なものに満ちている世界」を描こうとしているのだ。静かであろうと願う二人が、侵入され、暴力的におかされていく世界こそ、描こうとしている。成功しているかどうかはべつとして。
前半は、障害をもつイーヨーと不思議な妹まーちゃんの静かな生活そのもの。脳に障害をもったイーヨーを抱えて大変だ、というのではなく、むしろ、障害があるけれど音楽に才能をもつイーヨーを深く理解する妹のまーちゃんというのではなく、ユニークな世界を描いていて成功している。なるほど、こういう受け入れ方があるのだ。
ところが後半は、この静かな世界の中に、ボランティアの外見をもってちん入してくる者たちが描かれる。家の門に水のボトルを置いていく宗教がかかった人たち。イーヨーに水泳を教えるボランティアを装いながら暴力的に乱入してくる「アライ」なる怪人物。まさに健康な身体に狂気がやどる恐ろしさを描いて秀逸。後半全体が、邪悪な意図にみちたこの世界のゆがみが、ゆがみを超えて暴力に拡大して静かな世界を破壊していくさまが描かれる。常に死と破壊とを意識していた伊丹十三の潜在意識の現れだとも言いうるのだろうか。


書評論文としてこの夏に書きました「介護保険と非営利はどこへ向かうか───小竹雅子『総介護社会』(岩波新書)を読む」が、認定NPO法人・市民福祉団体全国協議会のホームページに掲載されました。全文を読んでいただくことができます。http://seniornet.ne.jp/2018/09/03/5915/


『ローカルブックストアである──福岡ブックスキューブリック』(大井実著、晶文社)



「小さな本屋がまちづくりの中心になる」と帯にある。「小さな」「本屋」さんのサクセスストーリーの中に「まちづくり」のヒントが隠されているという意味だろう。「小さな、町の、本屋さん」というキーワード。かつては平凡な見慣れた風景だったが、いまでは、それがいかに困難なことか、本文を読むと分かる。

東京や大阪や海外で広告やイベントの仕事をしてきた大井さんが、思い立って「町の本屋」をやろうと出身地の福岡にもどってきた。そしてけやき通りに小さな本屋を開業した。2001年開業なので、スタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」にちなんで「ブックスキューブリック」なのだそうだ。それから16年、様々な苦労や困難を乗り越えて、箱崎にも第2店舗を、そしてその2階にカフェやパン屋さんを併設。そこで様々なトークイベントも開催。「ブックオカ」その他のまちづくりイベントの中心にもなる、と一見したところ成功物語なのだが、その背景には、多くの問題提起がある。

 

町の小さな本屋さんの困難

その第一が、町で、小さな本屋さんを営むことがとても困難になっている、という現実だろう。都心部では巨大な本屋が林立するが、町中に、ひっそりとたたずむ「町の本屋」さんは、次々と姿を消している。商売上の問題だけではない。本の流通システム(本を出版社から本屋さんへ配本する取次システム)が、小さな本屋さんの独自性を許さない仕組み(並べる本は、取次会社が一方的に送ってくる、短期間に売れない本は置けない、独自の品揃えが難しい、などなど)になっているためらしい。大手取次は、都心部の巨大店舗に集中的に配本する。町の小さな本屋さんは、独自色を出そうにも取次システムがそれを許してくれないらしい。だから書店経営は「どこにもある品揃えの、無個性」になってしまう。それでは「大きな書店のほうがいいや」ということになる。さらには「ネットで注文したほうが早いし楽だ」となるのも当然だろう。悪循環になるのだ。そして地方の商店街によくある「シャッター通り化」や「後継者問題」。町の小さな本屋さんは「あってほしいが、ありえない」存在になりつつある。

 

「ブックスキューブリック」の戦略

そこで「ブックスキューブリック」の立てた戦略はこうだ。町中の小さな本屋であることの強みを最大限いかすこと。そのためには、小さいけれど魅力的なお店にすること。お客さんとの距離を近くすること。取次の言いなりにならず、本屋として本の品揃えに独自色をだしていくこと。そのためには取次ともシビアな交渉をすること。そして、何でもおいてる無個性の書店ではなく、特化したコアな本があること。書店にいくことがわくわくの「発見」になること。いわば「本のセレクトショップ」のようにしていくこと。さらに雑貨もおいて、いまはやりの「町カフェ」のようなくつろげる場所にしていくこと。本屋に行くことが楽しくなるように、本屋を経営することが楽しくなるように。これだった。ごくまっとうな特別なことではないようにも思える。でも、それが出来ないからこそ、多くの町の小さな本屋さんは店をたたんでいくのだ。

 

「ローカル・ブックストア」の人たち

町中の小さな本屋であることの強みを最大限いかすこと。これが結果的に「ブックスキューブリック」に成功を呼び込んだ。「成功」の定義にもよるだろうけれど、少なくとも大井さんの思いが実現できたということだろう。そして類は友を呼ぶということわざどおり、彼の周囲には、そういう志をもって地方の町の小さな本屋をやっている人たち、「ローカルブックストア」の人たちが集まってくる。福岡で行われている本好きの人たちのイベント「ブックオカ」も、こうした流れの中から出てきたようだ。この本をみると、そういう人たちが、各地に、少なからず点在していることが分かる。なるほど、こういう小さいけれど確実な波も来ているのだ。ひとつのスタイルが、はっきりとあるらしい。そういうことが見えてくる。

 

「まちづくり」へのヒント

レトロな「ふるカフェ」や路地裏にある「町カフェ」が若い人たちに人気だ(若い人たちに限らないかもしれないが)。福岡でも天神や博多より、大名や今泉のほうに、隠れ家的なセレクトショップや、古いアパートを改築したようなチープシックな小さな魅力的なお店が多くあって、感度のすぐれた若いひとたちが多く集まっている。「ローカル・ブックストア」も明らかにこの流れの中にある。

考えてみれば、これは、都心や駅周辺が、どこにもある同じ風景に変わってしまったことと関連しているに違いない。郊外の大規模なショッピングセンターも、どこでも同じようなものを売っている、どこも同じ大衆消費・大量消費の姿になっている。反対に、小さな町中の商店街が、どこも軒並み総崩れで「シャッター通り」化している。いつのまにか「いずこも同じ風景」だ。こういう切ない状況になればなるほど、それを逆手にとって「小さいことは良いことだ」、つまり「大規模になる」のと正反対の方向をめざす人たちも出て来る。大規模店やチェーン店ではできない手作り感ある何かをめざす人たちが出て来る。しかたなく小さいままでいるのでなく、積極的に小さくなる、そういう動きも出て来る。これこそ、「地元」づくり、ではないか。「地元」感あふれる「まちづくり」へのヒントが、この本の中には、あふれている。

 

箱崎への示唆

私たちの大学は「箱崎」にある。ブックスキューブリック箱崎店は、もちろん「箱崎」にある。徒歩10分くらいのところにある。しかし、ゼミで聞いてみたところ、ほとんどの学生は、この本屋さんの存在を知らなかった。これは考えさせられる。大学と箱崎、大学生と町の小さな本屋さんとの間には「近いけれど、近くない」「近いけど、遠い」距離があるのではないか。

「大学」はひとつの町である、と過日ゲスト・ティーチャーに来ていただいた柴田名誉教授[1]は言った。なるほど、大学もその中で閉じたひとつの町なのか。外にでる必要のない、閉じた町。ぎゃくに、町で出たい時には、天神や博多へと出て行ってしまう。そういう「近いけれど、遠い」構造が、この「地元」の箱崎という町にはある。

「近いから、遠い」というのは、若い人たちにとっての「地元」と同じ構造かもしれない。物理的な近距離が「近すぎて」、逆に「遠ざける」斥力をうみだす。「地元」には良い物がある、素晴らしいものも多い、といくら言ってもだめな時もある。いちど、遠ざかってみて、はじめて分かるものもある。物理的な距離、時間的な経過、心理的な遠隔化、関係性の距離、そういったものが、必要なのだろう。

「近いものほど見えにくい」。近くにあるものほど、マスキングされて、「見えているけれど、見えない」。

「地元」としての「箱崎」にも、そういうところがある。九州大学は全面移転をひかえている。離れていく、別れていく時こそ、あらためてその町の真価が、見えてくるのかもしれない。


[1] 柴田篤先生は、学生時代なら長く箱崎に住み、箱崎に愛着のある中国文学の先生で、箱崎九大記憶保存会の顧問的な先生で、ゼミにゲスト・スピーカーとしてきて箱崎における青春の思い出を語っていただいた。

ブレイディみかこさんの講演会で質問者の役割を果たすことになったため、ブレイディみかこさんの著作を何冊か読みました。『ヨーロッパ・コーリング』(2016)『This is Japan』(2016)『子どもたちの階級闘争』(2017)などです。どれも勢いがあってぐぐっと読ませます。すごいですね。どこから、このチカラがやって来るのか、考えてみました。
まず前提として感じるのが、英国の「地べた」、最底辺の世界と、日本の現状とが、おそろしいほど類似しているということです。ブレイディみかこさんが描く英国の最底辺の保育は、日本とかけ離れているどころではない。まさにシンクロしている、ということです。福祉を切り捨て、緊縮財政のもとで社会サービスを切り下げている英国の最底辺部はひどいことになっているけれど、それは、現在の日本とそっくりなのだ、そう感じます。しかしそこから先が違う。英国が、その貧困や問題や最底辺を直視している(とりわけブレイディみかこさんは)のにたいし、日本は、それを直視することができない、いわば、見て見ぬふりをしてきた、いまだにしている、ということです。

たとえば、是枝裕和の映画「誰も知らない」は、まさに、日本の最底辺の児童の貧困、家族の崩壊を取り上げていました。実話にもとづくとされているこの映画では、最底辺の子どもたちの生活を、まさに「誰もしらない」、つまり、誰も知ろうとしない、見ようとしない、誰も助けようとしない、そういう残酷な「現実」を描いていました。
ブレイディみかこさんの著作を読みながら、この映画のことをしきりと思いだしていました。
日本だと、このような現実は、あったとしても、なかったことにする。つまり「誰も知らない」。ところが、ブレイディみかこさんは、まさに、この現実を具体的に描いて、そこにコトバを与えようとする。コトバを与えるということは、残酷な現実を伝えるということ以上のことです。現実を現実として放り投げるのではなく、むしろ、そのような最底辺の、皆が見たくない現実の中にこそ、救いがある、希望がある、という導きを見つけ出す、ということです。そのようなことが果たして可能なのか。可能なのだ、ということを、まさにブレイディみかこさんの著作は、伝えているのだと思います。


加藤典洋氏が昨年の『新潮』9月号に書いた「シン・ゴジラ論」を読んだ。加藤氏は、以前から斬新な「ゴジラ」論を発表してきたので、今回の「シン・ゴジラ」をどう観たのか。何しろ、「ゴジラ」の次回作には、ぜひ脚本に参加したい、とすら書いていたのだ。その希望は叶えられなかったわけだが、それゆえ、今回の「シン・ゴジラ」をどう観たのか、興味はつきない。
さて、加藤典洋氏の「シン・ゴジラ論」、いろいろと斬新な視点があった。
まず、次のような指摘に驚いた。1954年の「ゴジラ」第一作が、発足直後の自衛隊をさっそく登場させ、画面いっぱいに大々的な「軍事行動」を展開した初めての映画だったということ。ついで、2016年の「シン・ゴジラ」は、日本政府が米国に、はじめて日本防衛の軍事作戦を要請し、米軍が東京上空で、はじめて軍事作戦を展開する映画だった、という指摘である。
なるほど、言われてみればそのとおりなのだが、ひとりの観客として、そういう風には観ていなかったのである。
もうひとつの特徴は「エヴァンゲリオン」との対比で多くが論じられていること。これは、私も「シン・ゴジラ」を観たときにまっさきに感じたことだから、驚かなかったが、その「エヴァンゲリオン」の論じかたに独特のものがあって興味深かった。何しろエヴァに毎回登場する「使徒」は「台風」のメタファーだというのだ。これにはたまげてしまった。しかし、言われると、たしかにそうだ。人知を越えた自然の猛威が、突如、日本を襲ってくる。しかも頻繁に。地震は地下からだが、台風なら上空から襲ってくる。なるほど、というわけである。
三つめの指摘。「ゴジラ」の原点となった1954年の第一作は、「ゴジラ」に、米軍の東京大空襲や原爆、そして太平洋戦争での死者が重ね合わされていた。今回の「シン・ゴジラ」には、もちろん原発事故や米軍(や国連軍)という存在が重ね合わされている。
しかし、それだけではない。今回の特徴は、そこに「電通」という存在も大きく重ね合わされているというのだ。この場合の電通とは、メディアや報道にリミッターがかかる、という日本的な現象のメタファーでもある。これまで何度も論じられてきた「1954年のターン」など、政治的・文化的タブーが、今回も、なぜ突破できないのか、それについても言及している。この指摘にも、なるほど、であった。


TVコメンテーターとして問題発言を連発して炎上する社会学の問題児、古市憲寿さんが、今活躍中の社会学者に「社会学って何ですか」と質問にいって、いじられて、説教されたり、叱られたり、持ち上げられたりする、なかなかに楽しい読み物 です。彼のTVメディアなどでのポジションは、説教くさい大人の出演者にたいして、若者代表としてつっこみを入れる、ちゃちゃをいれる、という「やんちゃな若者」役割なんだろう。この本では、そういう「やんちゃさ」は陰をひそめていて、けっこうまじめに「社会学とは何か」を、錚錚たる社会学者に聞いている。ここでは古市くんも、つっこみ役というよりは、質問したことで、かえってつっこまれることを予想してやっている。自虐ネタというか、つっこまれる自分を笑いものにしながら、けっこう冷静に眺めて演じている。その距離感が持ち味なんだろうけれど、ああ、コメンテーターっぽいな、と思わせる。インタビューされる側も本気で相手にしているのではなく、余裕をもってあしらっている感じで、それもまたメディアっぽい。
インタビュー相手は、いわゆる大家や権威ではなく、メディアで活躍する生きの良い中堅かその上あたり。良い人選だ。メディアで鍛えられているせいだろうか、この社会学者たちが、やんちゃな古市くんに、けっこう優しい。バカにしたり、説教したり、けんかをふっかけたりする人はいない。あたかも、不良学生が質問してきても、対決したり、罵倒したり、説教したりしても、逆効果なことは重々承知だから、ていねいにやさしく対応している。答える側もメディア慣れしているのだ。それもふくめて、ちょっと薄味で食い足りない。いきなり「社会学って何ですか」と聞かれてもなぁ。その人のやっている社会学のエッセンスのエッセンスを聞き出したほうがよかったのじゃないかな。でも、雑誌連載の、社会学に関心をもちはじめている人むけのものだから、まぁ、仕方ないか。対談者では、小熊英二や上野千鶴子が辛口。古市くんの才能を見切っている。他の方々はがいしてやさしい。吉川徹さんがこういう場面に登場するとは思わなかった。「社長さんみたい」というのは意外な一面、学生からみた像というのがあるのだなぁ。山田昌弘さんが、昔、数学者になりたかったというのも意外。彼の弟さんはたしかボクサーだった。それにしてもこの世代への宮台真司・大澤真幸両氏の影響力は強いのだなぁ。最後に、古市憲寿くんと同世代の開沼博さんが出てきて、ちょっと異質。いまの30代の閉塞感を代表しているのだろうか。この人が外見だけでなく、いちばん古く見えた。
古市憲寿著『古市くん、社会学を学びなおしなさい!』(光文社新書、2016年)


稲垣えみ子さんの著書、2冊めを読みました。なんと『魂の退社』(東洋経済新報社)です。すごいタイトルですね。
一見したところ「会社に対して、いろいろ言いたいことがあるので、魂をこめて、退社した」という激しい抗議ものかなと思ってしまうのですが、そうではありませんでした。
あまりに人生すべてを「会社」に吸い取られてしまっていた、それが「退社」して初めて分かった、退社して魂を回復する、という本なのだと思います。じつにリアルで、じつに根源的な問題提起がたくさんあります。
内容については、読んでいただくことにして、考えたことをひとつふたつ。
この本の問題提起力は、どこから来ているか。
それは「できない、ことは、できる」と行動によって、ひっくり返してみせたところでしょう。
退社や節電(暖房、洗濯機、冷蔵庫、掃除機、すべてなし)など、私たちが無条件に「できない」と思ってしまっていることを、「じつは、できるのだ」と実証してみせているからです。それが、案外かんたんにできる(節電)こともあるし、じつは考えていた以上にたいへんだった(退社)にしても。
すごいなぁ。同時に、読む人に、ゆっくり突きつけてくるものがあります。ざわざわざわと、心が揺らぎます。
文章はとてもソフトですが、底のほうから聞こえてくる声は、「あなたは、できない、ではなく、しない・したくない、という言い訳をしているのではないか」という問いだからです。これはけっこうハードな問いかけですね。
「できるのに、できない」というのは、私たちみんながかかえている根源的な問題でもあります。「ほんとうは、できるかもしれないのに、できない、と心を遮断していることが、この会社社会の心の壁ではないか」と問いかけているからです。
うーん、と深く考え込んでしまいました。


稲垣えみ子さんという元朝日新聞の記者さんが書かれた『アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。』(朝日新聞社)を読みました。これは一気に読みました。じつに深い、じつに考えさせられる、そのうえ、出来そうで出来ないことをやっておられる。いや「出来そうで」どころではない、とうてい出来そうもないことを、あっさり(本当はあっさりでないことは書かれているとおりだが)行動として乗り越えている。これは、すごい。ジャーナリスト志望者だけでなく、誰もが読んでみる価値がある。
大きなストーリーを見ると、東日本大震災と原発事故をきっかけに、節電生活をはじめて、暖房も冷蔵庫も洗濯機も使わなくなった生活を縦軸に、髪型をアフロにしたとたん、時ならぬ「モテ期」がやってきたり、新しく見えてきたことがたくさんあったということを、自分のメセンで考え、書かれているのです。そのきっかけになったのが、朝日新聞・大阪社会部時代に経験した「橋下現象」にあったことも書かれています。
橋下知事やがて橋下市長の時代の大阪の社会部デスクとして、たいへんな苦労をしてこられたことがしのばれます。しかもその対決が朝日新聞にとって連戦連敗だったという時代です。正しいと信じてやっていることが、世間からまったく逆の反応を引き出していってしまう。その意味で連戦連敗だったのです。「負けているのに負けていない」そう考えてしまう新聞社の流れにたいして、当事者としての社会部デスクが、じつに率直に負けを認め、深く考えて反省しながら、でも、どうして橋下が支持されるんだ、なぜ橋下に勝てないんだ、という叫びんでいるのす。
これは、ある意味、現在の私たちに共通の、社会に対する問い、社会に対する質問ではないでしょうか。
なぜ、正しかったことが正しくなくなってしまうのか。なぜ、こうなのか、なぜ、こうなってしまうのか。
しかも、もうひとひねりがあります。いわゆる朝日の誤報問題やさらなる逆風の中で、会社は検証と反省にたって、正しい報道へと社をあげて取り組む。すると、ますます、大文字の「正しさ」からはずれて、小文字の「正しさ」へと萎縮していってしまう……
その後にもいろいろあって稲垣えみ子さんは、50歳にして退職されるのですが、その退職も、受動的な退職でなく、前々から準備して計画していたことのようです。
考えている以上のことを行動が示している。そう感じました。
考えての行動もあるかもしれませんが、行動がラディカルで、そのあとを思考が追っていくタイプの方なのかもしれません。すごいですね。だから私たちも、書かれている以上のことを読むことができる。
この稲垣えみ子さん、この週末、29日に福岡にいらっしゃいます。天神で開催される福岡ユネスコ文化セミナーに登壇されます。今から、お会いするのが楽しみです。



今年度の九州大学の紀要『人間科学・共生社会学』に以下の論文を発表しました。


安立清史,2016,「地方消滅」時代の若者の「地元」意識の現状と構造,『人間科学・共生社会学』,pp.59―70,Vol.7, 2016


安立清史,2016,「地元以上の地元」はどこにあるか-「地方消滅」時代の「地方」と「地元」-,『人間科学・共生社会学』,pp.71―82,Vol.7


安立清史,2016,非営利組織の「経営」とは何か-介護保険における非営利法人の「経営」をめぐって-,『人間科学・共生社会学』,p.105―122,Vol.7


安立清史・小川全夫・高野和良・黒木邦弘,2016,特別養護老人ホームの未来を現場はどう見ているか-第1回「特養のあり方に関する未来予測調査」の結果から,『人間科学・共生社会学』,Vol.7,pp.83―95,2016


安立清史・小川全夫・高野和良・黒木邦弘,2016,特別養護老人ホームの「人材確保」と「経営」-第2回「特養のあり方に関する未来予測調査」の結果から,『人間科学・共生社会学』,Vol.7, pp.97―104,2016


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安倍晋三内閣の支持率が下がらないので、「憲法改正」が「現実」味を帯びてきた・・・と皆が思い始めて、あわてている。米国では、「トンデモ候補者」トランプが大統領になっちゃうかもしれないと、皆があわてはじめた。とても似ている。日本とアメリカは、こんなにもシンクロしているのか。世の中、これからどうなるのか、ざわざわしてきた。
柄谷行人の『憲法の無意識』(岩波新書)は、こんな現在にたいして、「あわてふためくことはない。憲法は無意識のものだから、そうかんたんに変わらないし、変えられない」と宣言する。
「(自民党は)改憲をめざして60年あまり経つのに、まだできないでいる。なぜなのか。それは彼ら自身にとっても謎のはずです。」
「憲法9条が執拗に残ってきたのは、それを人々が意識的に守ってきたからではありません。もしそうであれば、とうに消えていたでしょう。人間の意志などは、気まぐれで脆弱なものだからです。9条はむしろ「無意識」の問題なのです。」
冒頭から、いきなりの柄谷節の連打で、なるほど、そのとおりだと、いきなり説得されてしまいそうです。
「(自民党などの改憲派が)9条は非現実的な理想主義であると訴えたところで無駄です。9条は、「無意識」の次元に根ざすのだから、説得不能なのです。意識的な次元であれば、説得することもできますが。」
「そして、このことを理解していないのは護憲派も同様です。憲法9条は、彼らが啓蒙したから続いてきたわけではない。9条は護憲派によって守られているのではない。」
このように、たたみかけるような断言です。読者は、論証されるより前に、いきなり説得されるのです。
柄谷行人節の特徴は、このような、いきなりの「つかみ」です。論証も実証もなく、いきなりの断言で、私たちの意識の下まで入り込んでくる。まさに、啓蒙や説得ではなく、「無意識」の次元に飛び込んでくるのです。うまいなぁ。
もちろんフロイトの概念をつかって「無意識」を、「前意識」や「潜在意識」と区別したり、GHQによる検閲や世論調査という無意識の探求の話もはさまれますが、基本は、憲法9条が、人々の戦争に対する「無意識の罪悪感」に根ざすものであり、それは宣伝や説得によって変わるものではない。これが冒頭におかれた「憲法の意識から無意識へ」という基本主張です。
なるほど、われわれは、この世界が、われわれの意識で作られており、意識で変えられると思いすぎていたのかもしれない。
投票や政治のような意識的行為に、「期待」をかけたり「失望」したり「絶望」したりするのは、表面的な浅いことなのなのかもしれない、などと思わせる(これについても賛否両論あるでしょうが)。
その後の章では、「憲法の先行形態」、「カントの平和論」、「新自由主義と戦争」と論証の章が続きますが、冒頭の「憲法の意識から無意識へ」が圧巻なのです。本書は、この主張をどうみるかで、真っ二つに評価が分かれるでしょう。
まさに説得されるかどうかでなく、無意識が表れるのです。


柄谷行人 憲法の無意識

加藤典洋『村上春樹は、むずかしい』(岩波新書)を読みました。いいですね、これ。
超ベストセラー作家になったおかげで、面白くて分かりやすいが、浅くて深くない作家として、批評家からは冷淡に扱われる「村上春樹」が、じつは、たいへんに深い作家であることを論じる本です。
むずかしくないと、浅いと思われがちだ。けれど、ほんとうは深い。村上春樹を、ほんとうの深さまで理解するのはむずかしい。そういうことを述べています。
一例として、阪神・淡路大震災のあと、村上春樹が、アメリカから帰国して、被災した地元、芦屋で自作の朗読会をした事例が取り上げられています。ふうん、震災のあと、地元への支援で朗読会をしたのか、くらいに思っていました。でも、その時に朗読された短編「めくらやなぎと、眠る女」が、どういう作品だったかは、知りませんでした。しかも、以前に発表されたものに、非常に重要な改作を施されていたことも重要で、対照させて示されています。なるほど、そうだったのか。これは、深い。
その他、初期短編の「中国ゆきのスローボート」などに見られる中国への深い関心(なぜ村上春樹が中華料理やラーメンを食べられないかが、これで分かった)。同じく意味の分からぬ短編の「ニューヨーク炭鉱の悲劇」が、なんと、日本の内ゲバの死者のメタファーだったのではないかという解読など、あらためて、多くを教えられました。
なるほど、小説もここまで深く解読することが出来るのだなぁ。深読みしすぎたという人がいるかもしれないけれど、これは、深読みしたほうが、正しい。そのほうが、ぜったい面白い、そういう読み方ですね。


村上春樹は、むずかしい

福岡市にある「宅老所よりあい」と「よりあいの森」についての抱腹絶倒の本『へろへろ』(鹿子裕文著、ナナロク社、2015年)が、最高に面白い。すでに各地で大評判のようだけれど、あらためて書評してみようと書き始めたら、いろいろなことを考えはじめて止まらなくなった。「宅老所よりあい」の不思議な魅力やその「介護」について考えてみたいと思って書きはじめたら、結局、400字詰め換算で30枚以上の「書評」になってしまったので、書評論文に直しているところです。どこか掲載してくれるところ、ないかなぁ。


へろへろ

鹿子裕文著『へろへろ───雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』(ナナロク社、2015年)

姜尚中さんと橋爪大三郎さんの対談を「多士済々─悩みの海をこぎわたれ」というポッドキャストで聞きました。大先輩の橋爪さん、『日本逆植民地計画』という本を出されたのだとか。え、やれやれ、これは、とんでも本じゃないかなぁ、橋爪さん、ラディカルすぎて、ときどき平気な顔して人をぎょっとさせるからなぁ、などと思って聞きましたが、意外や意外、すごく考え抜かれたまじめな本のようです。これは、ぜひとも読んでみよう。


姜尚中 橋爪大三郎

3.11から5年がたちました。この5年間に出た様々な3.11関係の論説をふりかえって、私には多くを教えられた、いくつかの重要な文献があります。
中でも『夢よりも深い覚醒へ──3.11以後の哲学』(大澤真幸、岩波新書)は重要な著作だったと思います。
大澤さんの前著『虚構の時代の果て』や『不可能性の時代』で示された認識、「理想の時代」のあとにきた「虚構の時代」も終わりをとげ「不可能性の時代」にはいったという見通しがさらに深く展開していました。3.11を通じてこの「不可能性の時代」に直面した私たちは、より深く覚醒しなくてはならない。そう論じる本でした。
ところが、「フクシマ」という現実に直面して、本当はこの原発事故という「現実」から覚醒しなければならなかったのに、「なんだかんだといったって電気が必要だ、経済成長が必要だ、グローバル化の時代の中で生き残らなくてはならないのだ」という開き直りにも似た「ゲンジツへの逃避」のほうが不気味にも大きく広がってきたと思います。その波はマスメディアや大学にも及んできて、現実への逃避というか「現実以下の現実」への逃避が広範囲に始まっていると思います。
私も理事をつとめている福岡ユネスコ協会では、2013年11月に「未来に可能性はあるか──3.11以降の社会構想」というシンポジウムを開催しました。木村草太さんは「憲法以上の憲法」、小野善康さんは「経済以上の経済」、中島岳志さんは「民主主義以上の民主主義」の必要性を論じられました。その時に議論された問題は、すべてアクチュアルなまま、現在に引き継がれていると思います。シンポジウムの内容は本として出版する予定でしたがおくれました。でも、あの時、議論された内容はいまでも意義を失っていないと思います。そこで私がインタビューアーとなって、2013年以後の3年間の急激な社会変化について、大澤真幸さんと意見をかわした章を追加して出版する企画が進んでいます。


シンポジウムCollage_2

2013年の福岡ユネスコ協会シンポジウム

昨年、分厚い大著『戦後入門』(ちくま新書)が出版されたので、昨年12月に日本記者クラブで加藤典洋さんの 「戦後70年 語る・問う」という講演と記者会見があったようだ。その模様がYouTubeにアップされている。さっそく音声だけにしてクルマを運転しながら2時間あまりの講演と質疑応答を聞いた。加藤典洋さん、もっとうまくしゃべればいいのに。しかし、記者たちの質問が、じつにつまらない。そもそも、この本を読んでない記者が質問している。こういうの、ちょっとどうなのかなぁ。講演の中で加藤さんは言っているではないか。本を読んで影響を受けたら、その影響10を15に拡大して考えていくのが物書きとしての仕事だ、と。ところが記者は10ある内容の話を、2か3に縮小して聞いている。それを質問してさらに1か0にまで縮小させようとしている。重要な本を重要でないように受け止めさせようとしている。こういうのが記者会見なのか?日本記者クラブでは、リストをみるとじつに見応えのある人たちの講演と会見が行われているのに・・・じつにもったいない。
https://www.youtube.com/watch?v=ZiJ5k_PEhpg


日本記者クラブ 加藤典洋

丸善から出た『スクリブナー思想史大事典』。私も翻訳者の一人です。もう何年も前に翻訳して、ずいぶんたってから、また訳文を修正したり、けっこうたいへんでした。そのうえ出版されてみると、全10巻で、なんと30万円。これでは翻訳者じしんも購入できないですね。全国の図書館が購入してくれるでしょうか。ツタヤが運営する図書館なども前向きに考えてほしいですね。むしろ、こういう個人が購入できない学術図書を持つところに公共図書館の役割があるのだと思いますが。詳細はここ。


キャプチャ スクリブナー大辞典 キャプチャ 翻訳者

 思えば、「地方消滅」論が現れたので柳川市での「柳川市定住促進若者会議」が始まった、安立ゼミでの柳川フィールドワークが始まった、伝習館高校と九州大学とのコラボが始まった・・・いろいろな「始まり」の起点でもある。すでに何度か読んでいたものだが、正月休みにあらためて読み返してみた。

 本書は、人口減少局面に入った日本の現状が、考えられている以上に深刻で、このままでは多くの地方自治体が早晩、消滅の危機に瀕するという「データ」を示している。その「消滅可能性自治体」とは「2010年から2040年までの30年間で、20歳~39歳の年齢層の女性数が、50%以上減少する市区町村」であると言う。若い世代が地方から流出して東京などの大都市圏に移動して、大都市だけが生き残る「極点社会」になりつつある。ところがその東京がまた問題で「出生率1.09」と全国最低、つまり「人口のブラックホール」と化している。全国から若い人間を引き寄せておいて、そこでは結婚や出産も子育ても満足にできないという人口のブラックホールなのだ。しかも、かつては若い人びとは大都市圏に引きつけられていった(プル要因)が、現在では「地方に仕事がないので、仕方なく出て行く」(プッシュ要因)となっている。すべての自治体が生き残ることは不可能でこのままでは共倒れになるから、バラまきではなく「選択と集中」を行う必要があるという。やる気のある「地方中核都市」に注力して人口流出の「ダム」にするのだという。そのためにも東京に「中央司令塔」をおき、「地方司令塔」を統括して「国家戦略」を「グランドデザイン」していく必要があるという。その危機感を持つために「全国の市区町村別の将来推計人口」を示し896の「消滅可能性自治体」をリストアップして一覧表を掲載している。

 さてその手法や論法には一見して「中央官庁」からの「国家目線」が濃厚にあるが、本書が露払いをして安倍政権では「まち・ひと・しごと創生法」が成立(平成二十六年十一月二十八日法律第百三十六号)、地方創生事業なるものが走り出している。

 本書に対抗して『地方消滅の罠』(山下祐介)、『地方創生の正体』(山下祐介・金井利之)など、様々な「反・地方消滅・論」も現れている。

 さて、ここでは、再読してみて、いくつかの論点を示してみたい。

 第1は、この本は、中央官庁からの目線や政権からの目線で書かれてはいるが、これまでの政府の政策にたいする自己批判を含んでいることが、注目される。何しろ1990年の「1.57ショック」以来もう25年もたっているのだ。国家のもっとも基盤となる人口が減り続けている。その間、少子化対策・人口対策は、いろいろやってはみたものの、結果的にはまったく(かどうかは論議があるとしても)効果はなかった。少子化のみならず人口減少や「地方消滅」となれば、いずれ「日本消滅」となりかねない。どこか間違っていたのではないか。さすがにこれは政府による政策の自己批判を含まざるをえない。この大胆な「自己批判」が大きな反響を呼んだ一因だろう。

 第2に、この本のロジックは、政府や行政の失敗を認めているかにみえて、そうではない。「より政策を効率的に実施して効果を出すために、今以上の行政・政府が必要だ」という論理に、すり替えられている。地方政策は「中途半端な対策だった」ことが「原因」とされ、より集中的な対策をすることが提唱されている。「失敗ではなく、不十分にしかできなかったからだ」というわけである。ゆえに、「地方消滅」は国や政府、自治体や行政の失敗ではなく、施策の不十分さを理由づけるものとなり、今以上に強力に地方政策を進める政府・行政が必要だ、という論理に転換される。「選択と集中」をとおして、従来よりも強力な政府・行政を作ろう、という提案にすり替わっていくのだ。

 第3に、「地方消滅」の根拠とされた肝心の「20歳~39歳の年齢層の女性」の意見や意識が、真剣に調査・検討された気配がない。若い世代の女性たちは、なぜ「地方」から出て行ったきり戻ってこないのだろうか。なぜ四半世紀にわたって出生率は低く、晩婚化・非婚化は進む一方なのか。この「謎」は解けたのだろうか。解けないとしても「当事者」である「20歳~39歳の年齢層の女性」の意見や意識を、もっと直接に聞き取り、真剣に考慮すべきではないだろうか。

 第4に、若者の視線の先にあるものが、いったい何なのか、分からぬままに放置されることになった。いや、そもそも、若者自身が「若者の求めているもの」を知らない、「若者の目線」を持つことができない時代になっているのではないか。そう疑わせるものがある。「そういうもの」があれば、もっと早くからそれが調べられたり、発見されたり、主張が噴出してきたりしていたはずなのだ。だから問題の根本には「若者自身にも若者のニーズや若者の望む施策や政策が分からない」という「謎」が潜んでいるに違いない。

 第5に、結果として「少子化」「人口減少」「高齢社会」「地方消滅」という「事実」だけが一人歩きしつづける。「問題」だけが残されて、世の中は依然として、上からメセン、役所メセンでの「対策」が行われることになる。「国家戦略」とは言いながら、戦略でも政策でもない形だけの「対策」が続いていくことになる。

 さて、そこから「先」をもう少し考えてみたい。

 第1に、「地方」という見方や目線、発想を変える必要がある。行政や政治はどうしても「上から目線」で「してあげる」モードから逃れられない。そういうモードを変えろといっている著者の増田自身がぬぐいがたく「上から目線」である。彼はむしろ「中央省庁以上の中央目線」「中央官庁に指令をだす目線」になっている。でもそういう発想で行われてきた「少子化対策」や「地方政策」じたいが、「地方消滅」で問われているのではないか。「うまくいかなくなった」政策の現状を「これまで以上のこれまで」で強引に突破しようとしている。全国にあまねく指令をだしていたが、もうそれが無理になったら「選択と集中」で見込みがあって言うことをきく自治体に「これまで以上のこれまで」「中央以上の中央目線」で対応しようとしている。アナクロニズムそのものではないか。

 第2に、「地元」という見方や発想を、大胆にとりいれる必要があるのではないか。「地元」とは何か。中央から見た「地方」ではなく、現場の当事者の中から生まれてくる何かだろう。「地方」という見方は一般的・行政的すぎて、当事者の愛着や危機感を込めにくい。国や県が考えるのではなく、危機に瀕したその地域の「当事者」が考えていくことが必要だろう。2013年に大きな反響を呼んだ「あまちゃん」というTVドラマは、まさにそのことを訴えていた。少子化や人口減少について役所が代わりに考えても、役所ができる施策しか出てこない。当事者の若者や「20歳~39歳の年齢層の女性」という当事者が考えていくことが必要だ。この転換は難しいが、大切な課題だ。

 第3に、「限界集落」「自治体の消滅」「地方消滅」「消滅可能性都市」といった現状の危機意識を逆手にとって発想をさらに深めていくことが可能ではないか。「限界集落」論が現れたのは意外と近年のことで2007年である。「限界集落」論が「地方消滅」論へと直接つながったわけではないが、通底しているものがある。背景にあるのは「高齢社会」論だろう。「高齢社会」論は「限界集落」論を生み出し、「地方消滅」論へとつながっていく。人が年をとるのは仕方ないことだからと、人々はあらかじめ半分諦めてしまう。しかし「人」の高齢化と「社会」の消滅とはレベルが違う。ましてや少子化と直接のリンクはない。直接に関連しないものを短絡的に関連づけて「政策」へと誘導させすぎてはいないか。そもそも「限界」や「消滅」を眼前にすると、これまでにない危機意識やそれに発する生きる知恵の発動が見られるものだ。農村社会学者・徳野貞雄や山下祐介の研究によれば「限界集落」はたんに高齢化によるものではないし、高齢化によって「消滅」するものでもない。「限界」に直面しているかに見えて家族や親族のネットワークが起動して「どっこい生きている」状況が可能となっているという。「反・地方消滅論」本の多くが、単純な人口減少や若年層の減少で「消滅」するという見方を批判している。「社会」はそれほどやわではないのだ。

 第4に、危機に直面した時の行政自身の対応の転換や変身が求められているのではないか。ジブリの高畑勲監督に「柳川堀割物語」(1987)という作品がある。これは30年近く前のドキュメンタリー映画だが、当時、汚れてやっかいもの扱いされていた堀割を埋め立ててしまう行政計画が進められていた。そこにあるひとりの行政マンが現れて、柳川の「地元」の心のシンボルである堀割の風景を守ろうと立ち上がり、その担当者の熱意と行動力によって堀割の浄化と保存へとV字回復していった経緯をたどった記録映画である。映画なのでやや美化されている部分もあるかもしれないが、根元はシンプルなメッセージだ。「人びとの「地元」意識こそが出発点になった」「問題を他人や行政に任せていても解決はしない」「当事者が問題を直視し、当事者が問題に取り組まなければ根本的な解決はない」「そのためにも行政自身が当事者となって汗をかいて行動しなければならない」。その記録映像がこれだろう。堀割の清掃や浄化という「地元」のルーツを見つめる一点からの展開が、30年前の奇跡を起こした。いま、柳川も「消滅可能性都市896」のひとつにリスアップされている。まさに30年前と同じ状況におかれているのだ。

 *増田寛也編著『地方消滅』(2014、中公新書)


「地方消滅」3

2015年11月14日に開催される「福岡ユネスコ・アジア文化講演会・生きている歴史、繋ぐ記憶」のために、テッサ・モーリス=スズキさんが来福されましたので歓迎会をいたしました。テッサさんの最近の著書を読んでいますが、素晴らしいものです。現在の日本のマスメディアなどが、まっさきに、このテッサさんから学ばねばならないと思います。姜尚中さんとの対談もあります。これは必見ですね。


 

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今日から、九州大学文学部では、東京大学社会学科の佐藤健二教授の集中講義が始まります。
皆さん、暑い盛りだけれど、がんばって出席して下さいね。
佐藤健二さんは『ケータイ化する日本語』『社会調査史のリテラシー』、そして近著『論文の書きかた』などの話をして下さるのでは。


論文の書きかた

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