From the monthly archives: "2月 2014"

名古屋のNPO法人「さくら」の古民家デイ・サービス「ディサービスさくら100」を見学しました。古い養蚕農家をデイ・サービスにして活用しています。ここは地元の農家の方々で満員。さて、古民家探検で、屋根裏を見学しました。かつて養蚕をされていた屋根裏です。発見しました「明治大帝御真影」。ううむ、かつてをしのび、いろいろなことに思いをいたす「お宝」ですねぇ。


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名古屋はNPOが強い、とは前から聞き知ってはいた。でも、じっさいに行ってみるまではよく分からなかった。行って、見て、話してみると、たしかに、他県とは全然違う。まずリーダーがいい。パワフルなNPOというと理事長ひとりが突出していたりするが、名古屋のNPOリーダーは、自分ひとりのNPOではなく、NPOのネットワークを作ったり、コンソーシアムを作ったり、社協とも組んだり、行政とも粘り強くつきあっていたり、何しろ懐の深い熟成された社会対応なのである。なかでも「介護サービス さくら」は愛知県でも五指にはいる大きなNPOだ。理事長の村居多美子さんにじっくりお話しをうかがううちに、名古屋のNPOが他のどこと違うのか、だんだん分かってきた。思いが違う、熱意が違う、だけでなく、その柔軟でフレキシブルな対応も、やっぱり違っていて、これはなかなか真似のできるものではないな、と思った。「さくら」をじっくり案内していただいただけでなく、市内各地にちらばっている様々な事業所も見せていただいた。ありがとうございました。


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私は20年前、ロスアンゼルスにあるUCLAに留学した時に調査しはじめて以来、20年間にわたって病院ボランティアの実態と課題の調査研究もしてきたのですが、このところ、すこしお休みしていました。今回、「全国小児病棟遊びのボランティア・第二回交流集会」(あいち小児保健医療総合センター)で講演をさせていただくことになり、久しぶりに、多くの病院ボランティアの方々にお会いしました。私のリサーチによれば、全米病院協会(AHA)加盟の病院の75%に「病院ボランティア部」があり専任専従のボランティアコーディネーターやディレクターがいます。日本の病院統計では8500ほどの病院があるのですが、日本病院ボランティア協会に加盟している病院ボランティアグループは210病院、わずか2.5%です。なぜこんなに違いが生じるのか、その理由をさぐり、現状の打開策の提案を、この10年くらいしてきたのですが、なかなか通じませんでした。今回、ひさしぶりに小児病棟でのボランティア活動を見学したり、現場の方々の声を聴くことができて、たいへん有益でした。いろいろなことを考えました。もっともっと展開していきたいですね。


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昨日は福岡県筑紫野市の特別養護老人ホーム「天拝の園」を見学し、介護全体を統括する宮川さんのお話しをうかがいました。介護職の離職・転職の具体的な状況や介護施設の次世代を担う若手職員の意識を動向をさぐるリサーチです。2時間たっぷりお話しをうかがい、えるものが大きかったですね。


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オリンピックでロシアが注目されていますね。図書館にもロシアのコーナーが仕立てられていて、『リヒテルの思い出』とか『わがムラヴィンスキー』とか、タルコフスキーの本まで並べられていました。音楽や映画、バレエで、私たちは意外とロシアとの濃密な接点をもっていたんですね。昨晩は録画しておいた「サンクトペテルブルク 音楽の都300年の物語~ゲルギエフとたどる栄光と苦難」を見ました。これ、良かったですね。マリインスキー劇場に焦点をあてて、ロシア五人組、チャイコフスキー、バレエ、そしてショスタコーヴィチの姿を描き出すという趣向で、あぁ、昔よんだ「アラベスク」の舞台は、ここだったのか、などと感心してしまいました。山岸涼子の時代、まだソ連邦だったので、名前は、レニングラード・キーロフ・バレエ団などと言っていたんですね。マリインスキー劇場も、キーロフ劇場と呼ばれていたんですね。どうりで、すぐには思いつかなかったわけだ。この、マリインスキー劇場、グリーンと白の、じつに美しい劇場ですね。いちど行ってみたい。


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先日、野崎歓さんの『翻訳教育』を紹介しました。時を同じくして『映画、希望のイマージュ』(Fukuoka Uブックレット、弦書房)も出ました。これは昨年6月、野崎歓さんに福岡に来てもらって講演していただいた時のもの。「香港映画は二度死ぬ」と「よみがえるフランス映画」の二つの講演がブックレットになったものです。うれしいですね。講演も映画の上映も、素晴らしいものだったにもかかわらず観客が必ずしも多くなかった。こうやってブックレットになって、多くの人に読んでもらえるのは嬉しいかぎりです。でも小説の翻訳と同じく、外国映画、とくに香港映画やフランス映画など、若い人たちは、あまり見てないかもしれませんね。どうしてなんだろう。かつてのように外国のもの、日本でない未知なるものへの「見たい、知りたい」という渇望が、薄まってきているように思います(誤認であってほしいが)。スマホやインターネットで、知らないものを手軽に調べることができるので、既知になった(ように感じて)しまっているのでしょうか?だとしたら残念なことです。むしろ中途半端に知るよりは、未知なことは未知なままにとっておいて、本当の出会いの衝撃の可能性や驚きの可能性を「保存」しておきたいくらいだ。なんでもすぐお手軽に知ってしまうのは「もったいない」。「知る」ことが「浅く」なってしまってもったいない。「知っているが知っていない」「分かっているようで分かっていない」「古いようでいて古くない」、そんな面白い世界への入口、発見への扉を、楽しみとして取っておいてほしい。手軽に調べて「分かった、知っている」というようでは、もっと深く面白い世界への可能性を閉じてしまう。こんなこと言うと、いかにもおじさんの言説になってしまうのだろうか・・・。


野崎歓・ブックレット

昨晩は、元・前・現の毎日新聞の記者の方々と中州の水炊き屋やさんで一献しました。「九州に集う上州人の会」の例会もかねていました(上州人は二人でしたが)。新聞人、やはり独特ですね。取材のことになると、もう熱中してしゃべっておられました(ひとりはテレビ人になっておられましたが)。ところで、昨夜も、寒かったですね。こごえそうでした。うかつにも、自転車で中州まで走っていって、耳が凍えそうになりました。ぶるぶるっ。


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昨日の東京都知事選、やっぱりがっかりしましたね。なんだか、とてもがっかりました。脱力感ありますね。
きゅうに一般化しちゃいけないんですが、人間が、自分を自分自身で変えていくというのは、とても、難しいことなのですね。「変える」ということは、内的な必然性か、もしくは外的な必然性か、いずれにせよ、そういう抜き差しならぬ状況にならないと、おいそれと変われるものではないですからね。
何かを決める、自分で自分のことを決めていくのも、考えると、なかなか難しいことですからね。
ついつい、安易でやりやすい、自分に都合の良いようにしちゃいますもんね。
自分を振り返っても、そう思います。学生たちを見ていても、そう思います。
だからこそ、自分たちのうちわの論理以上の仕組みが、いろいろと必要なんでしょうね。
本当は「政治」とか「教育」とか、そういうための仕組みなんでしょうけれどね。
(写真は、満開になった九州大学箱崎文系キャンパス構内の梅)


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仏文学の野崎歓さんの新著『翻訳教育』(河出書房新社)を読み終わりました。胸にじーんときました。おもしろうてやがてかなしき、そんな笑いと驚き、痛快さと痛切さとが同居しています。翻訳文学という、絶滅危惧種(?)への深い愛情や消え去りそうな大切なものをいとおしむような深い感触もありますね。近年の快著でしょう。
個人的に著者の野崎歓さんを親しく知っているだけに、あぁ、あの時の苦しみはいかばかりだったろう、とか、あぁ、こんなに苦心惨憺して翻訳していたのか、とか、あぁこんな思いがこめられていたあの翻訳書せっかく贈ってもらったのに、まだ読んでないなぁ、などとつぎつぎに感想・感興・後悔がわき起こってきて、なかなか感涙なしには読み進められなかったですね。
野崎さんが学生にアンケートをとると「翻訳書は読まないようにしています」とか「翻訳は本物でないし、誤訳がつきもので、間違いがあると分かっている本を読むのはいやだから読まない」とか「自分は日本が好きなので外国のものは読まない」などという回答が返ってくるそうです。唖然としてしまいますが、私の周囲の学生たちも、ほぼ同意見かと思います。難しいから敬遠しているのでなく(ほんとうは分からないもの・分かりにくいものを敬遠しているところもあると思いますが)、外国のものや翻訳は不要だ、というような(とんでもない)意見を堂々と開陳する学生たちが出現してきたことに、ある種の「時代」(の病)を感じてしまいますね。おい、日本、大丈夫か。


野崎歓・翻訳教育

今学期の授業がおわり、入試の季節が始まりました。まず第一弾は大学院修士課程の入試でした。
このところ不況の影響でしょうか。顕著に大学院をめざす人が減りました。激減といっていいです。九州大学の学部卒で受験してくるのは珍しいほどです。増えてるのは外国(それも中国)からの留学生だけ。日本人全体が縮こまっていますね。
かつて、私たちの学生時代、あの時代のほうが経済的には貧しかったはずですが、あのころは、みんな意気軒昂として大学院を目指しました。当時は大学院浪人なんてのも普通にありました。文学部からだと、とくに社会学とか仏文とか、倍率も高かったですしね。みんな熱心に真剣に大学院をめざしていました。あの頃と今では、いったい何が変わったのでしょうか。
全体として、若い世代には、いまで満足、現状維持というか、「いま以上のもの」を求めるエネルギーが衰微しているように感じるのは、やっぱり、こちらが年取ったからなのでしょうか・・・


入試