From the monthly archives: "2月 2014"

録画してあった「天のしずく 辰巳芳子いのちのスープ」という映画を観ました。
料理家の辰巳芳子さんを、私は、ぜんぜん、知りませんでした。家内が、すごい人だから、というので、いっしょに観たのですが、たしかにすごかった。2時間ほどの映画なのですが、とうてい、一気には観られずに、何回かに分けて、観ることになりました。
「いのちのスープ」とは、消え去っていくいのちにとって、最期にくちにはいって、命にひびくものは、固形物ではなく、ていねいに、じっくりと、心をこめて、水から煮出してつくられたスープである、という確信というか、経験に支えられたテーマなのですね。
じっさいにスープの作り方が紹介されるのですが、スープになるまえ、スープの素材の、米や大豆の、生産者の話がはさみこまれます。有機農業で、素材づくに、丹念に励まれている農業者の姿が紹介されます。その素材をもとに、スープが作られ、それが、ホスピスや、病院の終末期医療の現場を支える人たち、そして、最期の一滴を「ああ、おいしかった、ありがとう」といって飲み干していく人の姿とともに語られます。瀬戸内海の、ハンセン病の療養施設で、ハンセン病の人が、なくなっていく人に、辰巳さんのレシピで最期のスープを呑ませてあげたというようなエピソード、そこを辰巳さんが訪問していくというようなエピソードもはされまれます。こういうエピソードは、それなりに、重いし、意味が込められていると思うけれど、全体として、スープが生まれるずっと前から、スープがつくられ、スープが呑みこまれて、人の命にしみ込んでいく、そのゆったりとして、しみじみとしたトーンが、ああ、これは短時間のせかせかしたテレビ番組では絶対にでてこない、映画でしか滲みでてこない時間と味わいだなぁ、と感じいったしだいでした。


辰巳芳子

全国小児病棟遊びのボランティア・第2回交流集会(あいち小児保健医療総合センター)で、病院ボランティアのお話しをすることになりました。アメリカの病院ボランティアの実態や仕組み、日本の病院ボランティアの全国調査のお話し、そして病院ボランティアを発展させるためのボランティア・コーディネーターの役割などについて、お話しします。


あいち小児保健医療総合センター 2014年02月16日

昨年の卒業生の仮屋薗麻衣(通称・カーリー)さんが、大学研究室を訪ねてきてくれました。まさか「退職しました」と報告に来るのでは、と戦々恐々していたのですが、あにはからんや、ぜんぜん元気、ぜんぜん大丈夫、仕事楽しいそうです。しかも東京都心の白銀高輪が職場で、住んでいるのは、なんとお江戸・日本橋ときた。しかも流行のシェアハウス。カーリーらしいね。


カーリー

さて、レノボはいったいどうなっておるのだ。昨年12月にThinkPad X440sを大学を通じて注文したが「納期が分からず、注文できない」とのこと。年明けてThinkPad X1 carbonが出てきたので、再び発注。生産工程に不具合が生じていて、これまた注文すらできない状況とのこと。昨年度末にも、ThinkPadは、年度内納期が保障できないとのことで注文できなかった。うううむ。IBM時代から、ThinkPadのファンになって、もう15年以上、600EあたりからThinkPadを使いつづけてきたのに(ほぼ毎年使いつぶして注文しつづけてきたのに)。途中、ソニーのVAIOとか使ったこともあったが、キーボードが気に入らなかった。アップルのMacBookProも数台もっているが同じ理由でThinkPadのリプレイスになっていない。ううむ、どうしよう。


キーボード 1

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先月、東京に教えに出かけた折りに早稲田大学で開催されていた「いまだ知られざる寺山修司展」に行きました。会期終了間際のうえ、午後の仕事の直前だったのであわただしくてゆっくり見られなかったのですが、強い印象を受けました。今年は寺山修司没後30年にあたり、空前のテラヤマブームと言われているそうです。
寺山が質問に答えていました。「今までで一番心にのこる帰り道について教えて下さい」、「今まで、一度も帰り道を戻った覚えはないですね。いつも、行ったきりで、戻ってきたことはありませんでした。」
そして
「貰った一万語は/ぜんぶ「さよなら」に使い果たしたい」
といって、あっというまに逝ってしまったんですね。


寺山修司 早稲田大学

寺山修司 早稲田大学 2

録画しておいたNHK・BSプレミアムの「小津安二郎・没後50年 隠された視線」を観ました。
これは、じつに、興味深いものでした。小津安二郎は、初期作品をのぞくと、その作品のほとんどを観ていると思います。
でも、今回の番組では、はじめて知ったことや、はじめて理解したことも多かった。
たとえば赤いヤカン。ヤカンが、こんなに、画面に出ていたなんて。まったく意識も、注目も、していなかったですね。その赤い薬罐の、意味やこだわりが、何を意味しているのかは、番組をみても、やっぱり分からなかったけれど、画面には、たしかに、否定しえぬ確かさで、赤い薬罐が強烈に自己主張しているのでした。
小津安二郎って、何だろう。
戦争も戦いも勝利も敗戦も描かなかった。「そういうものがテーマとして成り立つと認めていなかった」(吉田喜重)。なるほど、テーマ、ということのとらえ方自体に、むしろ積極的に抗っていたのですね。ただひたすら庶民(とは何かも深いテーマですが)の生活を描きながら、そこに、強烈な思いを込めて、平凡さの反復の中に生まれてくる、平凡さを超えた平凡さの深みを描いたと言えるでしょう。平凡な日常を描きながら平凡さを超える。平凡さを装った非凡な人だったのでしょうか。なんだか、小津安二郎を考えると、平凡さをめぐる哲学的考察みたいになってしまう、そういう人なんですね。


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小津安二郎3

東京国立近代美術館フィルムセンターで開催中の「小津安二郎の図像学」展での写真。これは記念撮影用にしつらえられた絵なんですが、とっても小津安二郎的な世界ですね。


小津安二郎

小津安二郎2

先週末、東京に会議で出てきたので、夜は、東京自由大学での大澤真幸さんの講演を聞きました。ちょうど書評を書き終わったということで、増田俊也[著]『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の話で、前半の1時間以上、おおいに盛り上がりました。これ、面白そうですね。日本の敗戦と戦後のあり方に関する、じつに興味深い話でした。なお、Web上の大澤真幸さんの書評は、どれもディープで、たいへん面白いです。
http://book.asahi.com/ebook/master/2014013000004.html


木村雅彦

 

東京に出かけるたびに、時間をみつけて何か展覧会などに出かけることにしています。今回は、東京国立近代美術館フィルムセンターで開催中の「小津安二郎の図像学」に行ってみました。小津安二郎は「生誕110年、没後50年」だそうです。小津は、生前よりも死後のほうが評価が高い。しかも近年ますます神格化されてきていますね。この展覧会をみて、その理由の一端も分かるような気がしました。じつに丁寧に、じつに深く思いをこめて、しっかりと作られている。これはただごとではない。初老の男が娘を嫁に出す、というごくありふれた筋だての中に、家族以上の家族、絆以上の絆、残酷以上の残酷、つまり人生そのものがあらわれてくるように、深く作り込まれているのだ。ありふれた家族ドラマのように見えて、そうではない。かんたんに作られたように見えて、そうではない。それが見れば見るほど味わいや発見がでてくる理由であり、いつまでもいつまでも人を引きつける理由なのだろう、か。



http://www.momat.go.jp/FC/ozu2013/index.html


小津安二郎