中井久夫『「昭和」を送る』(みすず書房)を読んだ。
複雑で微妙な本である。臨床家としての氏の特質がよく現れているのであろう。理論や枠組みで考える以上に、人間の心と行動の複雑な機微、微妙なところから奥深くへと分け入っていくような手法、精神病の臨床家の名人芸のような論じかたである。それが天皇の話になると、さらに一段と微妙さが加わって、読後感はかならずしもすっきりとはいかない。そういうふうに書かれているのである。そもそも「天皇」は名人や達人が描くと別様なものになるのか。
「土居健郎先生と私」という一文などもその典型で、あっと驚くようなエピソードがさりげなく書かれてある。それを大きく強く論じるのでなく、さりげなくおいて「弁護者の立場に徹してそれを書いた」と記す。この辺り、理論やビジョンでなく、染みるようなエピソードを素材として考えを書くスタイルは、たしかに臨床家に徹した書き方なのだろうなぁ。
でも、われわれに直接は関係ない患者さんのエピソードとはちがって、昭和や平成の問題は、この世界に住むわれわれみんなに強く影響する問題である。なんだか、そのあたり、まだ茫漠として微妙でうまく了解しきれない。

 


昭和を送る

 

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