懐かしさが蘇ってきます。昨年の夏、20数年ぶりに、イタリアのトスカナ地方を旅しました。
一週間ほどレンタカーして、トスカナの中でもキャンティ地方を中心に旅したのですが、その途上で、一日かけて、アンドレイ・タルコフスキーの1983年の映画『ノスタルジア』の印象的な舞台となった「サン・ガルガノ大聖堂の廃墟」を再訪しました。そう・・・20年ほど前にも、いちど、苦労して訪ねたことがあるのです。今回は、カーナビがあったからなんとか行き着けたわけですが、「前回は、なんで、こんなところに、カーナビもなしに、行きつけたのだろう」と、われながら不思議な思いに襲われました。周囲はただひたすら、ずうっとトスカナの平原です。人家もまばらで何も目印になるものはありません。今回も、はたしてこの道で良いのだろうか、と何度も思いました。前回は、きっと、まだ、若かったということなんでしょうか。はるばるこんなところに一人で到達したことは奇跡的なことのようにも思われます。
20数年まえ、フィレンツェでレンタカーをしたときは、石畳の一方通行だらけの街を出るのに大汗をかいたことを思い出します。フィレンツェをでたあとは、シエナ、サンジミニャーノ、ペルージャ、アッシジなど、夢のイタリアの街々を巡りました。その途中、サンガルガノを訪問したのです。
それは、とにかくアンドレイ・タルコフスキーの『ノスタルジア』の映像が強烈だったからです。夏の終わりに訪ねたサンガルガノの廃墟は、観光客がちらほらの、ただひたすら廃墟でした。今回、訪問してみると、ややや、駐車場は満杯でクルマがとおくまであふれています。しかもなんと、近くには農協経営のレストランやアグリ・ツーリズモのホテルまで出来ているではありませんか。サンガルガノ大聖堂は、かつての荒れ果てた姿とはまったく別物の観光地になっていたのでした。したがって、タルコフスキーの映画のような、しっとりとした侘しさのようなものは、もはやありません。そもそも、あの映画は霧のたちこめるトスカナの風景から始まっていました。真夏の、バカンス客のあふれる、トスカナではありません。
こぎれいになってしまって、かつての寂れた風景の思い出の残骸のようなところを歩きながら、あぁ、変わったのだ、時がたったのだと思いました。この20年の間に起こったことは、EUの出現とイタリアの現在ということでしょうか。でも、ここを訪れる人たちは、いったい、なぜ、ここに来たのでしょう。いぶかしくも思わざるをえませんでした。ここは、アンドレイ・タルコフスキーの映画を思い出すこと以外に何があるというのだろう。でも、おおぜいの若い訪問客たちは、まさか、タルコフスキーの『ノスタルジア』を見たから、ここに来ているわけでもないでしょう。ほとんど誰もタルコフスキーなんか知らないじゃないか。いや、ひょっとして・・・などと思いはめぐるのでした。
さて、映画のラストシーン。じつに印象的なラストシーンは、映画史に残るものと思います。この、サンガルガノの廃墟の中に、ロシアの古里が出現して、そこにたたずむ主人公と愛犬の上に、しずしずと、やがて本格的に、雪がふりはじめるのです。メイキング映像を見たことがありますが、大勢のスタッフが、廃墟の上から、雪を降らせたのです。それは、まるで、鈴木清順の映画のラストシーンで、満開の桜の花びらが散り始めるのと同種の感動を与えるものでした。その中で、愛犬とともに、懐かしいロシアの故郷のノスタルジアに包まれながら意識を失って亡くなっていく主人公の姿は、今、考えても鳥肌が立ってきます。それは、村上春樹の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の終わり方と、響き合っているように思います。
*
20数年前には、その後、南下してローマのレオナルド・ダ・ビンチ空港まで走りました。空港でレンタカーを返却する前夜には、『ノスタルジア』のもうひとつのロケ地、トゥスカニアにも滞在したはずです。小さな村の唯一の小さなホテルに宿泊しました。当時、インターネットもなかった時代です。なんでこんなところにまで行けたのか、今考えても不思議な気がします。帰国は午前中のローマ発の便だったので、朝方5時まえに宿を出発して、間に合うかどうかドキドキしながらクルマを走らせたのを懐かしく思い出しました。
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安立清史(「超高齢社会研究所」代表、九州大学名誉教授)のホームページとブログです──新著『福祉の起原』(弦書房)が出版されました。これまで『超高齢社会の乗り越え方』、『21世紀の《想像の共同体》─ボランティアの原理 非営利の可能性』、『ボランティアと有償ボランティア』(弦書房)、『福祉NPOの社会学』(東京大学出版会)などの著書があります。「超高齢社会研究所」代表をつとめています。https://aging-society.jp/ 参照
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