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 樹木希林さん追悼という棚に、意外なことに鈴木清順の「ピストルオペラ」(2001)のDVDが並べられていた。さっそく借りてきて観ると、たしかに、江角マキコと山口小夜子の映画なのだが、2001年当時にはまだ10歳だった韓英恵(「菊とギロチン」の十勝川)とともに樹木希林も出演していたのだ。
 さて鈴木清順にとっては遺作となる「オペレッタ狸御殿」のひとつ前の作品がこれなのだ。清順オペラからオペレッタへ。しかしオペラやオペレッタとは清順にとって何か、洋風の歌舞伎のことだろう。初期から清順の映画は「歌舞伎じたて」をひとつの特徴にしていた。その極みが「陽炎座」である。もうひとつが「ピストル」で、これも任侠やノワール映画(白黒時代のギャング映画)からキャリアを始めた鈴木清順の一貫したテーマだった。おまけに主人公が男を超える女、男を操る女以上の女というスーパーヒロイン、つまり「ピストルオペラ」は鈴木清順の特徴の集約された映画なのだ。
 この映画は「殺しの烙印」の続編として構想されたという。なるほど「殺しの烙印」とはすべてが裏返っている。殺し屋ナンバーワンをめぐる物語というところは共通だが、そのほかはすべて逆転している。殺し屋もエージェントも中心はかっこいい女性である。男の影はきわめて薄い。はっきりいって殺しの世界でも徹底して男の影が薄いところに特徴がある。これを観ると村上春樹の「1Q84」を想い出すだろう。男以上の殺人者「青豆」。あのイメージを先取りしているのである。
 主人公の江角マキコは、これがピークの作品だったのではないか。その後、いろいろあって、メディアからは消えてしまった。しかしこの映画をみると、それは惜しい。この映画は江角マキコ、山口小夜子、韓英恵という3人の女性によって組み立てられているノワール歌舞伎なのである。ノワール(白黒)だけど極彩色、オペラだけど歌舞伎、女だけど男(女らしい役はあまりない)、すべてを反転させて面白がる趣向、これまた清順の歌舞伎趣味なんだろう。
 で、この映画、傑作とは言えないが、意外に成功している。一般的な評価はあまり高くないようだが面白い。メーキングを見ると、スタッフも口を揃えて「監督は何を考えているか分からない」と言っている。だからこそ成功したのだ。分かりやすいストーリーを脱臼させて、山口小夜子も言うように「まるで写真を並べたような」、つながりの切断されたシークエンス。これは、歌舞伎役者を見せる映画なのだ。男が女を演じる歌舞伎でなく、女が男を演じるオペラ歌舞伎。リアルであることをあざ笑うかのような美術や背景。派手なアクションと桜吹雪。思いっきり歌舞伎オペラで遊んだ様子だ。ああこれが鈴木清順であり、こういうことをずっとやってきた人なんだなぁと納得する。

(平幹二朗がこの作品と遺作となった「オペレッタ狸御殿」に出演しているのだが、この役を原田芳雄がやったら、みごとにフィニッシュしたろうに、惜しいことである。)