From the monthly archives: "8月 2012"

今日、午前中、時間があったので、モーツァルトがプラハで滞在して、ドンジョバンニを作曲したというベルトラムカ別荘にいってみました。ちょっと荒れ果てています。旧共産圏から脱して20年。プラハはマクドナルドとスタバが席巻しています。反面、伝統的なチェコは苦戦しているのかも。国際モーツァルテウム財団(おそらくザツルブルグ)と、チェコのモーツァルト協会が、ちょっとうまくいかなくなって、所有者のモーツァルテウム財団が中身を持ち去ったとか掲示されています。どうもトラブルがあるようです。ガイドブックに出ていたモーツァルトの遺髪などもありません。土地も小さくなっていますし、建物も、いたるところひび割れて、チェコの難しい側面を垣間見ました。


チェコ共和国のプラハに来ています。パリでの乗り継ぎがぎりぎりでした。からくも間に合ってプラハに到着したのですが、荷物がありません。さて、困った。ほかにもずいぶん荷物が到着しない人がいたようです。

次の便で到着すると思って、ホテルに移動しました。

ところが、翌日も、翌々日にも、荷物がとどきません。

エールフランスに電話してもらちがあきませんでした。

衣類だけでなく、ノートパソコンも、デジカメも、すべてスーツケースに入れていたので、これには参りました。

このまま、荷物なしに旅をつづけることになったらどうしよう、などと不安がつぎつぎにわき起こります。

カフカの街で、まったく不条理な世界に入り込んでしまったような気すらしました。

とうめん生活のため、歯ブラシやひげそりなどを買いに出かけましたが、この時ほど心細かったことは、ないですね。

夜にもホテルマンにエールフランスに電話してもらって、荷物が2日目の夜になっても、まだパリにあることが分かりました。少なくとも紛失はしていなかったので、ちょっと安心しましたが、ゆだんできませんでした。翌朝の1便で送るといっていたのに、その日の夕方になってもつきません。ようやく到着したのが、夜でした。

 

海外に出かけはじめて30年以上になります。毎年数回はでかけるから、相当な回数になっているはずですが、今回のような荷物の不着は、過去に一度、フィンランドであっただけです。その時は、真冬のフィンランドだったのでマイナス20度の世界で、着るものがなくて、寒い思いをしました。でも、その時は、フィンランドの現地の人に助けられて下着や歯ブラシを入手し、また荷物じたいも翌日には安着しました。

今回は、JALでパリにきて、そもそも、巨大なドゴール空港での乗り換え時間が短いなか、成田の発着がおくれてパリに1時間おくれで到着したという事情もあります。でも、JALもエールフランスも、こういうことではちょっと困りますね。ほかにも何人も荷物がこなくて途方にくれている人がいましたし。

また、もし忙しく移動するスケジュールだったら、どうなっていたのだろう。

そうしたことを考えると、なかなか、きもをひやすような事件でした。


城の中にある、カフカの仕事場

カフカの通ったギムナジウムの階段

かつてのギムナジウム、カフカの父の店のあったあたり

見田宗介著『現代社会はどこに向かうか-生きるリアリティの崩壊と再生』(弦書房)は、コンパクトなブックレットでありながら、ここには〈社会学〉がいっぱいつまっている。

これは講演会の記録である。一昨年、見田先生が福岡に来られて、福岡ユネスコ協会の講演会で話されたものの文章化なのだが、あの講演会の時の、不思議な読後感がよみがえってくる。

講 演が始まるまえ、私は、見田先生の話は、もっと骨っぽい、論理的かつ理論的なものになるのではないかと考えていた。見田先生の近著であった『現代社会の理 論』や『社会学入門』(ともに岩波新書)が、きわめて理論的な著作だったからだ。とくに『社会学入門』は、「入門」どころではなく、社会学専攻の学生とと もに一学期いっしょに読み進めたのだが、ほぼ全員が「分からない」「難解だ」といってさじを投げた経験すらある。(いまから思うと、難しい、というべきで なかった。とくに教師が難しいと思った瞬間、学生には理解は不可能になる。あるいは理解可能性がとたんに低下するのである。)

 

こ の講演は、まず二つの無差別殺人事件の対比からはじまる。40年前に起こったNの殺人事件と、2008年に秋葉原でおこったKの殺人事件とである。これは ともに青森県からやってきて社会の底辺部に位置づけられた男たちの殺人事件なのだが、対照的な点があるとして鮮やかに問題提起してみせる。Nの場合、周囲 が彼を見つめる「まなざし」が濃すぎる。それが彼の未来の可能性をことごとく引きずり下ろすような「まなざしの地獄」となる。このような「まなざし」から 自由になりたくて、彼は東京にきたし、やがて海外への密航も企てることにもなる。対照的にKの場合、彼に向けられた「まなざしの不在」こそが地獄である。 仕事のあと戻る部屋はしーんとして孤独だ。彼は誰からも必要とされず、誰からもコミットしてもらえず、ネット上に様々な書き込みをしても何の反応もない、 という不在さに耐えきれなかった。40年を隔ててた「まなざし」の意味変容を、あざやかに対比させたところに見田宗介の社会学センスの冴えがある。ふたつ の事件の対比や比較は、ほかにも可能ではあろう。しかし、もっとも〈社会学〉になるポイントを正確に一突きしている、そうではなかろうか。

なぜ、このような対比が、次の主題や問題提起につながるのか。

そこに「理想の時代」と「虚構の時代」という有名な時代区分が関わってくる。大澤真幸によってさらに「不可能性の時代」というその先の時代区分が付加されてさらに有名になったこの時代区分は、この現代社会をどうとらえるか、という観点から創出されたものだ。

見田宗介は、現代社会の現状をひとつの鮮やかなイメージで指し示す。「ロジスティック曲線」である。

S 字型をした奇妙な曲線である。これが、ある環境下における生物の爆発的な増大と限界、そしてその後の定常状態への変化を示しているという。なるほどと思 う。かつて周期的に現れた「不況」や「恐慌」が、これによって説明される。なぜ密林の生き物が一種類だけ爆発的にあらわれないのかも理解できる。

しかし物理的な環境だけが、生物や人間の限界を決めるわけではなかった。

「情報化」が、環境を突破するもうひとつの可能性だ。ここから「消費社会論」とつながる。

な ぜ長年、世界最大の企業はアメリカのGM(ゼネラルモータース)だったのか。それ以前のナンバーワンはフォードだった。フォードは堅牢で機能一辺倒のクル マをつくった。GMはそれにたいしてデザインと流行する魅力(つまり情報化)で対抗した。結果は、情報化の勝利で、定期的なモデルチェンジで「時代遅れ」 を作りだし、需要を創造した。クルマとしてはまだ十分に使えても、買い換えたいという人びとの消費の欲望をつくりだし、その結果、限界を突破した消費社会 をつくりだしたのだ。この情報社会化、消費社会化が、どこまで行けるか。

見田宗介は、近年の「サブプライムローン問題」がこの情報社会の崩 壊点を示すという。通常であったら住宅を購入できない貧困層の債権を、最新の情報ハイテク技術で複雑に債権かして世界に売った。債権の危険性は限りなくゼ ロに近くなり、情報化の力によって世界経済は潤う。ところが、ある時をさかいに、住宅ローンを支払いつづけられぬ人たちが雪崩をうってあらわれる。情報化 の力では押しとどめられないリアルな世界がどってなだれ込んできて、世界経済はどん底に突き落とされる。

見田宗介は、理想の時代のようなリアルな経済成長に支えられた時代、虚構の時代のように情報化や消費社会化で支えられていた時代が、いま過渡期を迎え、転換しているのだという。

一晩で転換するわけではない。何十年もかかって転換していくかもしれない。しかしロジスティック曲線の最後の段階に入っていることは明らかだと述べる。

このような大きな転換点の前期にいたN、後期にいたK。それぞれに生きるリアリティが異なっていた・・・。

このような卓越した手さばきによって、時代や社会の特徴や本質を取り出してみせる見田宗介の名人芸を、まずは〈社会学〉として堪能しよう。

何か、すぐに役立つメッセージやアドバイスがあるわけではない。しかし、この「現代」を、三次元的に把握するその手さばきにこそ、社会学の魅力がある。

 


ブックガイド

ひ とつの書に関心したら、その著者のものを、入手できるかぎりすべて読んでいく、というのは昔からある重要な読書術のひとつである。広く浅く読むだけでは手 応えがないし深まらない。広く浅くたくさん読む時期をへて、次には、これだと思う著者をぐーっと読み込んでいく段階がくるのだ。見田宗介は、現在、岩波書 店から『見田宗介著作集』が刊行中で、まさにこうした読み方に適した条件がととのっている。


『岡村理論の継承と展開2-自発的社会福祉と地域福祉』(牧里・岡本・高森編)

ミネルヴァ書房から、ようやく(原稿を提出してから何年になるだろう!)、『岡村理論の継承と展開2-自発的社会福祉と地域福祉』(牧里・岡本・高森編)が出版されました。私は第11章「福祉コミュニティと福祉NPO」を執筆しています。
http://www.minervashobo.co.jp/book/b102520.html
(ミネルヴァ書房には、他にも、ずっと前に、原稿を提出していながら出版されていないものがいくつもある・・・)

 

 

 


5月から毎月一度連載してきた、「毎日新聞メディア時評」も8月でいよいよ最終回となります。

毎日新聞メディア時評 2012年08月20日

「特集ワイド」の「原発の呪縛 日本よ!」という記事をもとに、メディア時評を書きました。8月20日に掲載されました。

また、これまでに書いた毎日新聞メディア時評については、新ホームページの中にPDFで掲載しています)


社会調査実習のガイドライン

【報告書の分量】
 各グループ 最低20ページ(あるいはそれ以上)
 (だいたいの目安として)
 ・アンケート調査の設計と集計、分析 5~10ページくらい
 ・フィールドワークの趣旨、内容、記録、考察、まとめなど、10~15ページくらい
 
【アンケート調査のパート】
 ・先行研究のレビューが必ず入ること(各グループ5冊以上は、あってほしい)
 ・アンケート調査の紹介と分析(単集結果の紹介、元になる調査(NHKなど)との単集レベルでの比較、クロス集計結果、カイ二乗検定、と分析(余力があれば多変量解析も)
 ・アンケート調査から分かってきたこと。
 ・アンケート調査では分からないこと。
 ・アンケート調査の振り返り。良かった点と反省点。
 ・今後の課題など。

【フィールドワークのパート】
流れ
 福岡最大の商業中心地、天神の「国体道路」周辺を、フィールドワークすることを通じて、地域の様々な問題や課題を発見する。
 (フィールドワークを通じて、様々な人たと出会い、様々な「社会的現実」を発見していくという社会調査実習の趣旨)
 今泉や警固、大名や薬院など、地域によって問題や課題が違うことを発見する
 町づくりをめぐって、様々なアクターが活動していることを発見する
 行政だけでも、商業者だけでもなく、地域の住民や、ボランティアなども、町づくりに参加していることを発見する
 町づくり団体、民生委員さんたちの団体、自治協議会、女性団体、ボランティア団体、公民館、様々な地域団体が、町づくりに関わっていることを発見する。
 インタビューを通じて、町の歴史や、町の変遷を把握する。
 フィールドワークを通じて、現在の町の変化や、そこにおこっている何を発見していく。
 問題があるとともに、それを解決していこうとする人びとや団体があることを発見する。
 こうしたことを見聞きし、だんだんと社会調査実習に参加した学生達も、どう変わっていったかを、自己確認していく。
 などなど。
 こうした流れのうえで、地域の様々な社会的事実や現実を発見し、その問題をどうすべきか、社会調査実習の参加者の目線で、考えて、提案をしていく。それこそが今回もとめられている「政策提言」ではないでしょうか。

・町づくり活動やボランティア活動している天神の人たちと比較して、自分たち若者の「社会参加」の現状や課題を考える(天神の町づくりに関わる人びとを調べることが、自分たちを考えることになり、自分たちの社会参加を考えることになる)
・若者が、国体道路周辺の町づくり(景観、美観、交通、自転車、地域住民、ビルや事業所など)を調べ「政策提言」する
(政策提言は、若者の視点からの提言であり、社会参加である)
というかたちで、「社会参加」を経験しながら、若者の社会参加について、自分たちを事例にして考える

 ・フィールドワーク調査
 ・天神調査の概要
 ・キーワード(地域の問題、地域住民、町づくり、景観、ボランティア、若者、地域社会,住民や住民参加…国道、道路政策、)
 ・1行政と町づくり(町づくり、放置自転車、道路にたいする住民からの要望、事業者からの要望,国道、道路政策、…)
 ・2ボランティア(道路や景観、植栽や緑化にかかわるボランティア動機、ボランティアの実態、属性、グループの機能など)
 ・3住民参加と町づくり団体や地域団体(警固公民館、警固自治会、自治体協議会、中央区、民生委員協議会・・・)
 ・4その他((例)大都市と若者、大都市の情報化と若者の消費行動、都心での若者の行動と・・・)
 ・インタビュー調査(二人以上で一組となってインタビューを行う。インタビューは、全部で10人かそれ以上をめざす)

きょうは、国土交通省福岡国道事務所のほうへ、学生たちがインタビュー調査にでかけました。

副所長の柳田さんから、さっそくメールが届きました。ありがたいことです。


「本日無事にアンケートインタビュー終了しました。

衛藤さん以下、6名来られて、午後1時から約2時間、当方は、富山事務所長と、国体道路を直接管理している、井本出張所長、宮本係長の
計4名で対応させて頂きました。

こちらも、あまり慣れないので最初はとまどいましたが、中盤から色々と質問も出まして終わりました。
成果はどうかわかりませんが、
「また、何かあったら遠慮なく聞いてください。」
「レポート報告会やってください」
「ボランティア団体との合同意見交換会等の企画があったら、相談してください」
と話しておきました。

◆聞いたら、15名ほど参加という事で、ほぼ全員の参加になったんですね。。
良い成果になるよう協力させて頂きますので、遠慮なくどうぞ。」