From the monthly archives: "2月 2013"

東京工業大学の新しい図書館
先月、東京工業大学に教えにいく機会がありました。キャンパス内に新しい図書館が建っていました。図書館好き、図書館マニアの私としては、ぜひ、どんなものか見たいと中を見学させてもらいました。とんがっています。なかなかおしゃれです。ふうーん。なるほど、こういうのが新しい図書館建築のトレンドなのかなぁ。私の所属する九州大学も、郊外への移転計画がいよいよ本格化して、中央図書館の設計がこれから始まります。まさか、こんな感じになるのでしょうか。


東京工業大学の図書館

東京工業大学のゆきだるま

東京工業大学のゆきだるま

天神オープンバス
今学期の「社会調査実習」の締めくくりの一環で、学生たちとオープントップの観光バス「天神オープンバス」に乗って、福岡・天神をぐるりと一周してきました。晴天でしたが寒風。寒いのなんの。バスのほうで、こんなもこもこのコートを貸してくれますが・・・。まるでペンギンみたいだ。


まるでペンギンみたいだ。

まるでペンギンみたいだ。

オープンバス2

 

オープンバス3

天神オープンバス2

霞ヶ関・官邸前の金曜日「脱原発」デモ
先月、仕事で久しぶりに東京に出かけた時に、帰りのフライトが金曜日の夕方だったので、「そうだ、毎週金曜日の官邸前の脱原発デモに参加してみよう」と思い立って霞ヶ関に行ってみました。
社会学者・小熊英二の近著『社会を変えるには』などに、この毎週金曜日のデモのことが書かれてありました。「デモをして、いったい、社会の何が変わるのか」という質問があったそうです。「デモができる社会をつくれる」という答えがあるそうです。たしかに独裁国家や全体主義社会などでは、集会や結社の自由も認められていないのだから、デモが出来る、というのは、まだ、この社会がそこまで落ちていないことを確かめたり、もうすこし前向きに考えれば、「デモができる社会をつくる」という表現になるのでしょう。この言い方には、ちょっと感心してしまいました。
さて、デモは、毎週金曜日の夕方6時からとのことだったので、フライトの関係で、残念ながら参加は出来ませんでしたが、経済産業省まえの反原発テントなどを見てきました。



げんぱつでも2

 

げんぱつでも

今年は寒いので、まだまだかと思っていたら、近くの福岡城(舞鶴城)あとの梅林も、いまが見頃になっていました。

梅は遠くから眺めてよし、近づいてよし、香りもよし、じっと見つめてよし。でも、じっとたたずんでいると、寒いですね。


おしろとうめ

うめ

 

こうばい

大濠公園の水仙
積雪の翌日、福岡は晴天ですが寒いですね。
夕方、近くの大濠公園を散歩しました。
黒田如水旧宅あとの斜面で水仙が満開でした。



すいせん1

すいせん2

小学生の受験
小学生の受験につきそいで有名校の受験会場にいきました。
会場までの道は大渋滞するし、TVの取材なんかもあって、さながらお祭りのような騒ぎでした。
とりわけすごかったのが、入口の100メートルくらいの間、道の両側を塾の先生方が取り囲んで、まるで舞台の花道のように応援の歓声を張り上げていることでした。
驚きながら、いろいろと考えさせられました。
小学生の塾通いを見ていると、小さく軽量の高性能スポーツカーをイメージしてしまいます。
塾の先生は、うまくこのスポーツカーを運転するんですね。
スポーツカーは、自分では動けない。外からうまい運転手とガソリンが注入されることが必要なんです。
父母は運転手になれません。そろそろ反抗期という自我形成が始まっているから。
うまい操り手が乗り込むと、このスポーツカーは急発進して加速していく・・・
さあ、この加速やスピードがいつまで持続するものか。
次は、運転手なしでも動けるようになれるかが課題なんでしょうね。


ふせつ

昨日、福岡は朝から雪でした。大学院修士課程の入試の二日目、面接です。午後は、大学院の修士論文の口頭試問でした。その後、4年生の卒論の採点をしました。
またまた、いろいろ考えこんでしまいました。まず、文系の場合、大学院志望者が激減しています。就職氷河期なので大学院進学どころじゃない、ということでしょうか。時間のかかる学問や研究など、わりにあわない。ましてや将来の確約もない研究者の世界へと飛び込む経済的な余裕もなくなっているようです。全体的に、若い人たちが、夢みることもチャレンジすることも難しくなっているようです。
かつては、もうすこし余裕や冒険があったように思います。私なんかふり返ると20代は「モラトリアム」の時期だったかもしれないですね。いまやモラトリアムも許されない、ましてニートやフリーターはもってのほか、という雰囲気ですね。「自分さがし」なんかしている余裕もなくなったのでしょうか。日本全体が萎縮しているのを実感しますね。
みんな「現実」に振り回されて短視眼になっているように思います。日本社会が「コモデティー化」(百均化)して、高学歴者の行き場がなくなっている、ということも背景にあるのでしょうか。


にゅうしの