2月の大雪のあと京都に行ってきました。立命館大学・加藤周一現代思想センターの鷲巣力さんにお会いして加藤周一の資料(プラハの春関連)を見せてもらうために。今から60年ほども前、1968年にソ連軍のプラハ侵攻がありました。この時のプラハ市民の対応は、ウクライナの場合と対照的にソ連の戦車と真正面から武力対決するのではありませんでした。むしろ言葉によって戦車に対抗したのです。その時の驚きとその後の経過を、直前にプラハを訪れていた加藤周一は『言葉と戦車』という文章にしています。戦車の前で言葉は圧倒的に無力だが、圧倒的な言葉の前に戦車も無力だった、そう書いています。いま、世界はどうでしょうか。軍事侵攻があたりまえになりつつあります。それよりも世界中が「戦車のような言葉」に侵攻されています。戦車の前に野に咲く一輪の花をかかげるような「もうひとつの言葉」が必要な時代だと思います。いまこそ、もういちど、加藤周一を読み直すべきではないかと思っています。(ちなみに鷲巣力さんは平凡社で加藤周一著作集をつくった伝説的な編集者です)


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