From the monthly archives: "2月 2013"

富士山の日、その後
223の富士山の日には、後日談があった。ふうーん。


「静岡県の川勝知事は25日の記者会見で、富士山の入山料を今夏にも試験的に導入する可能性を示唆した。6月に世界文化遺産登録が決まれば、入山者の増加が予想されるだけに、環境保全を目的として一定の負担を要請する考えだ。知事は「(山開きの)7月1日からいきなり正式にできるかというと難しいから、試験的に導入するくらいになるかな」と述べた。集金方法は「募金箱にするか、ほかの方法があるのか。多くの方に(議論に)入ってもらい、納得ずくにしたい」との見通しを示した。入山料を巡っては、横内正明・山梨県知事も「保全の経費として一定の負担をお願いするのはあり得る」と理解を示している。(2013年2月26日12時00分 読売新聞)」


ふじさんのひ

ふじさんのひ


きょうは富士山の日(223の語呂合わせ)だそうです。これは数年前に撮影した富士山。夕方、羽田を飛び立つとシートベルト着用のサインが消えるか消えないかのタイミングで、富士山を左下に見ることが出来ます。ですから、私は行きも帰りも、出来れば左の窓際にすわることにしています。


富士山の日

富士山の日

たてばんこ 富士

◆ムンクの「叫び」
ムンクの「叫び」ですが、この絵についてのBSのドキュメンタリー番組を見たら、病の発作で短期間に描いたというようなものではなく、じつに入念に計画して、いくつもの下書きがあって、十年近くかけて何度も描いていたとか、いろいろ驚くことがあった。また詳しく見ると船が2隻あったり、空の赤さは、じっさいにインドネシアであった大きな火山爆発の影響で、当時、世界中で夕焼けが異常に赤かったのも影響している、などと解説していた。ふうーん。
この「叫び」は、ノルウェイのオスロで描かれたのですが、じっさいに描かれたのはこの地点からの風景である、という場所が同定されていて、道端にそれを示す標もあるらしい。ふうーん。オスロと「ノルウェイの森」、行ってみたいですね。フィンランドやスウェーデンやデンマークは行ったことがありますが、ノルウェイには行ったことがありません。冬は寒いだろうけどね。

ところで、このムンクの「叫び」ですが、この人が叫んでるのではなくて、「世界」のほうが叫んでいるのですね。

また最初のデッサンでは海に向かって頭をかかえていたようですが、この作品にいたって、真正面を向いて、まっすぐにこちらを見つめるように、構図が変わったようです。このほうが、はるかに、怖い。


「叫び」

「叫び」

こちらは17年後に描かれた最期の「叫び」だという

こちらは17年後に描かれた最期の「叫び」だという

 

ピンクフロイドとムンクの「叫び」
われわれ世代には懐かしいピンクフロイド。なかでも「狂気」(The Dark Side of the Moon)は、いまでも、時々、聞き直したくなりますね。その「狂気」の音楽をあの画家のムンクの「叫び」とコラボレーションさせて面白いアニメーション映像になったものがWebの上にあります。これ、なかなか、いいですよ。
http://japan.digitaldj-network.com/archives/51955027.html


ムンクの叫び

ムンクの叫び

ムンク2a

ムンク冬

 

The Scream_Winter Version from Sebastian Cosor on Vimeo.

 

ゴッホ終焉の地、オーベール・シュル・オワーズ
ゴッホ終焉の家について思い出した。自分でも思い出しながらあらためて驚いしまった。私は1991年にオーベール・シュル・オワーズに行っていた。えええっ。もう22年も前のことなのか?! なんだか狐にだまされた気分だ。不思議なタイムカプセルからぼわっと何かが出てきたようだ。この時は、たしか、パリから電車ではるばる行った記憶がある。オーベール・シュル・オワーズは、小林秀雄の『ゴッホの手紙』を読んで以来、ぜひとも訪ねてみたいところだった。小林秀雄はオーベール・シュル・オワーズ郊外にあるゴッホ兄弟の墓を訪れている。『小林秀雄全集』には確かその時の写真がのっていたはずだ。そもそも小林秀雄は「カラスのいる麦畑」の絵の前に座り込んだことからゴッホにのめり込んだのだ。その「カラスのいる麦畑」もオーベール・シュル・オワーズの田園風景なのだった。絵を描くことで、精神の病からの「避雷針」としてじっと耐えてきたゴッホの、耐えに耐えてきたその最期の風景が、オーベール・シュル・オワーズには詰まっているのだった・・・


オーベールの教会

オーベールの教会

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ゴッホ兄弟の墓

ゴッホ兄弟の墓

ゴッホ終焉の家

ゴッホ終焉の家

カラスのいる麦畑

カラスのいる麦畑

立版古
マイブームと言えば「立版古」。読めますか?「たてばんこ」。大阪に行ったとき、大阪市美術館の北斎展で見つけて、おおっと思って買ってきたは良いが小さすぎて老眼が進んだ私にはちょっと無理。で、きょうは日曜日の工作にかこつけて、うちの小学生に与えたら、面白がって一生懸命やっていました。でも半日では完成しなかったみたい。かなり細かい作業になるんです。ちなみに立版古、江戸から明治にかけて流行したが大正期にはすたれた、とあります。


たてばんこ、赤富士

たてばんこ、赤富士

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ドリトル先生は、Do Little 先生?
通勤の車中では、もっぱらポッドキャスティングの番組をipodに入れてカーラジオに流して聞いています。これがけっこう勉強になるので楽しい。最近、おおっっと思ったのは、生物学者の福岡伸一が「ラジオ版学問のススメ」で披瀝していた「ドリトル先生とは、Do Little 先生」説。ドリトル先生とは不思議な名前だと思っていた。一歩間違うと「ドルトリ」先生。これだと、がめつい守銭奴みたいだしなぁ。「ドリトル」とは果たしていかに。そんなこと考えたこともなかったのだが、この名前の由来は、「Do Littele」であるとすると、すべてが氷解する。そう、脱力系の、出来るだけ何事もなさずに世俗を超越する先生、という隠された深淵な意味が込められた名前である、という新説を福岡伸一が述べていた。(いや、これは常識で、みんな知っていて、私だけが知らなかっただけなのか?)。
そう言われると、まさに、その通りだ、と車中で叫びそうになった。


井伏鱒二の名訳

井伏鱒二の名訳

カーニバルと「デジタル断ち」
カーニバルのシーズンですね。この時期、中国は「春節」だし、キリスト教圏では「謝肉祭」(カルナヴァル)。有名なのはブラジル・リオのカーニバルですが、キリスト教と土着の習俗が混交して世界中でこの時期、乱痴気騒ぎがあるんですね。2年前に訪れたスイスのバーゼルもファシング(Fasching)、ファストナハト(Fastnacht)というドイツ語圏のカーニバルがあります。
ドイツのTV局、ZDFでは、羽目を外したカーニバルのあとの精進として「デジタル断ち」を勧めていました。
「デジタル断ち」いいですね。「ネット断ち」「メール断ち」「スマホ断ち」などいろいろありそうですが、出来そうで、なかなか出来ない。でも、断食と同じく、ときどき、やったほうが良さそうだ。


スイス、バーゼルの民俗博物館には、カーニバルの衣装がたくさん。

スイス、バーゼルの民俗博物館には、カーニバルの衣装がたくさん。

ちょっとグロテスクに感じますね。

ちょっとグロテスクに感じますね。

 

岩波ホールと「旅芸人の記録」
岩波ホール支配人の高野悦子さんが亡くなられたそうです。この岩波ホール、大学時代、いろいろ見に行ったなぁ。一番印象に残っているのが、テオ・アンゲロプーロスの「旅芸人の記録」。日本公開が1979年だから、ちょうど大学時代ですね。いまから34年前になるのか。こいつは凄かった。
ギリシアと言えば・・・的な紋切り型の平板なイメージしかなかったわれわれに、突出した深くて暗い人間ドラマを見せつけてくれた。爾来、ギリシアと言えば、まず、アンゲロプーロスの世界が浮かび上がってくる。その後の「アレクサンダー大王」も突出していたしなぁ。


テオ・アンゲロプーロスの旅芸人の記録のチラシ

テオ・アンゲロプーロスの旅芸人の記録のチラシ

大学生の学習時間 一日平均39分 (NHK)・・・これがあたかも「事実」であるかのように報道するというのはいかがなものか。社会調査を教えている側としては、これなど典型的な「データはウソつく」例だと思う。「学習」の定義によって、こんな数字、どうとでも変わるものだ。
これは典型的な「おじさん目線」による「若者たたき」だと思う。「いまどきの若い者は」という先入観を調査による「事実」と称して報道している。これ、社会調査の初歩からみても、ウソです、誤りです。みんなが、こういうふうに思いたい、というような俗情にこびて出された調査結果、です。おそらくアンケート調査も、誘導尋問みたいな質問文だったと推定できる。ちょっといかにもねぇ。


大学生の勉強時間は39分?

大学生の勉強時間は39分?