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流行から一年おくれで「ボヘミアン・ラプソディ」を観ました。これはなかなか凄い映画ですね。
ところで先日、BS世界のドキュメンタリーで「終わりから始める人生」というのを観ました。これは高校生がホスピス病棟に出かけてケア体験をする授業のドキュメントでした。それまでは何も考えていなそうだった高校生が、このホスピス体験からは何かを深く感じ取ったようでした。「ボヘミアン・ラプソディ」という映画も、じつはこの「終わりから始める人生」と同じ構造を持っているように思いました。たしかに「ライブ・エイド@ウェンブリー」でのフレディ・マーキュリーのパフォーマンスは圧倒的ですが、このパフォーマンスこそ「最後の輝き」であったことがはじめから観客に示されているわけですから。ザンジバルで生まれてペルシャ系のインド人の両親に育てられイギリスに亡命して苦労してきたという人生の様々なマイナスカードを背負いながらも、まるでオセロゲームのようにすべてひっくり返して成功した彼の人生を「終わりから眺める」ところに、この映画の格別の抒情があるように思いました。


 

旅先で昨日の朝、新聞を見るとブルーノ・ガンツの訃報が出ていた。持参していたパソコンの中に彼の出演した「ベルリン・天使の詩」が入っていたので、帰りの機中で観ることになった。これはもうだいぶ以前に一度観たことのある映画だが、映画というものは(映画に限らず)一度観ただけでは観たことにならない、ということを痛感させられた。この不思議な映画は、いったい何だろう。いろいろと心に残るシーンがある。一度目に見落としていたところで二度目ですくい上げるように感じ入ったシーンもじつに多い。例えば、天使たちが、巨大な図書館にいる。人々は何を読んでいるのだろう。おそらく「神の言葉」だろう。ホメロスなる人物が「彼を通して世界は語られる」とつぶやく印象的なシーンがある。この場合の「彼」こそは「キリスト」なのだろう。こういうシーンは一度目にはまったく心に残らなかった。今はすこし違う。そして人間によりそう天使たちが何というかとても虚無的な表情をしている。美しい女性天使とカシエルがすれ違うシーン。一瞬だけなのだが、その女性天使が、虚無的な、表情を失った表情をしている。何というか、永遠の生命をもった天使の、その終わらない永遠さか、かえって永遠の虚無を生むのだろうか。霊となって超越することの、超越ゆえの空しさ、というものが伝わってくるシーンだった。もうひとつ、初めて観たときには意識にも止まらなかったシーン。ニック・ケイブと「Bad Seeds」といバンドのライブのシーン。ボーカルが歌っているのを観ながら、日本人女性が日本語で「このコンサートに来てよかった。あの歌い手、観客なんかまるで観てない。天国を観ているようだ」とつぶやく。こうしたシーン、すべて、人間と天使(霊)と神との密やかな交流、いわば交流でない交流、交感しない交感のようなものを描いている。こういうシーンを「宗教」と言うと何かがこぼれ落ちてしまう。そういうところも含めてあらためて感じ入った。
それにしても始まりのシーン「アルス・ダス・キント・キント・ヴァー」というドイツ語の朗読が、じつに美しい。ドイツ語がこんなにも美しいというのを、あらためて教えられる。
(追伸)
調べてみると、ブルーノ・ガンツよりも前に、オットー・ザンダーは亡くなっていた。サーカスの女性ソルヴェーグ・ドマルタンはわずか45歳で亡くなっていた。もちろんピーター・フォークも。


九州への玄関口だった門司港駅───その門司港レトロ地区の中心にある門司港駅が改修なって3月10日にグランドオープンだそうです。昨年訪れた時は改修中で外見はさっぱり見えませんでした。つい先日、門司港にいった時に見学したところ、すでにかなりできあがっていました。レストランその他の二階部分はまだオープンしていませんでしたが駅はすっかり変貌していました。なんだかいいですね。


こちらは門司港ホテル──ここもなかなか良いホテルです

門司港ホテルのロビー──最近は中国からのお客さんが多くなりました

門司港ホテルのエントランス──もうすぐ春節

アインシュタインも宿泊したという旧三井倶楽部

門司港のお薦め──三宜楼。門司港駅を降りると山が迫っています。その小高い麓あたりに、かつての門司港の繁栄の名残をとどめる大料亭「三宜楼」があります。しばらく荒れ果てていましたが、改修成って一階部分では下関のふぐ料亭の春帆楼が営業しています。また館内や二階の大宴会場などはボランティアの人が案内してくれます。 ここは良いです。門司港に行かれたることがあったら、ぜひどうぞ。


堂々たる店構えの料亭建築

ふぐ料理・春帆楼が一階で営業しています。ここはお薦め。

食事後、観光ボランティアの方の案内で、二階と三階の見学へ

80畳とかいう宴会用の大広間

ここは三宜楼から少し下ったところにある中華・萬龍。藤原新也のエッセイにはここの「ちゃんぽん」の話が出てきます。でも、ここもいまはもう営業していないようです。

中国や韓国からの留学生たちも修士論文の口頭試問を受けて合格しました。中国へ戻る学生もいますし、日本で就職する学生もいます。大学院には、日本人より外国人のほうが多くなりました。これも時代の流れでしょうか。


建築における人間工学ははたして「進歩」しているのか?むしろ退歩しているのではないか。そういう根源的な疑問をいだかせる新キャンパスです。移転してはや半年。いまだに迷子になります。いや、これからも迷子になりつづけるでしょう。なにしろでかいうえに窓がない。東西南北の見当識が失われる。どちらに行ったらどこにたどり着くのか。なんでこういう「シャイニング」の迷路的なものを作ってしまったのか。腹立たしいかぎりですが、もう直らないでしょう。なんでこんなことになってしまったのか。


箱崎の旧キャンパスの建物も前後左右見分けのつかない、初めて来た人たちにとっては迷路のような建物でした。でもあれは50年も前の戦後復興期のもの。今度のものは時代のせいにできませんね。なぜ同じ過ちを繰り返すのだろう。


私たちの周囲には建築学科の先生方など優秀な建築の専門家が多いのですが、皆さん、意見は言ったかもしれませんが、関わっていません。国立大学法人のさだめなのでしょうか。競争入札になるので、無個性で、全国共通仕様の、コスト重視の方向へとひっぱられるのですね。どこにでもあるような病院のようで無個性な、そこで学ぶ学生や仕事をする当事者たちの意見を聞くことなく、使い勝手にも無頓着な、「公共」建築物が、またひとつ、できちゃった、ということでしょうか。

「桂離宮」を教えられたのは日本に亡命していた建築家のブルーノ・タウトからである。タウトは私の故郷・高崎のお寺に仮寓していた。タウトは桂離宮を来日の直後に訪ねたという。そして日本の美の極致として激賞した。私もいつか訪ねたいと思っていたが思いのほか敷居が高く、なかなか予約が取れない。昨年秋にも申し込んだがだめだった。近年はネット上から申し込みできるので、日にちや時間をかえて何十回も申し込んだが、だめだった。先日、関西で科研のミーティングがあるので、再び申し込んでみたら、とれた。厳寒の平日だったからだろうか。寒気がやってきて各地で大雪の予報が出ていた。京都の桂も寒かった。20人のツアーで1時間ほど、離宮内の庭園と茶室をめぐる。なるほど、こういうものだったのか。残念ながらタウトの激賞した書院のほうは外見だけなのたが、茶室にも、凝りに凝った意匠が満載。この細部への注力というのはどういうことなのだろう。日本のバロックなのだろうか。バロック的なごてごてならざる、簡素だが、しかし細部に極度に凝っていくという日本的なバロックなのだろうか。これをつくった八条宮は、かなりというか相当に変わった人だったのに違いない。でも、こういうものが作れる時代もあったのだな。


例年のように、4年生の卒論発表会のあと「追いコン(追い出しコンパ)」がありました。移転したあと、初めての追いコンです。姪浜駅近くの居酒屋を借り切って40人くらい集まっての大コンパ、ほとんどの学生とは、話すこともできませんでした。それくらい大盛況でした。


今年は、例年(これまでは3月でした)よりもずっとはやく1月29日に卒論発表会を行いました。新キャンパス初の卒論発表会です。私の指導した4人の卒論は、どれも高水準だと思いますが、「半構造化インタビュー」という言葉の実質があるかどうか、インタビュー対象者をただ自動的にAさん、Bさん、Cさん方式で仮名にする意味はあるのか(想田和弘の問題提起のように、仮名にするのは作り手・書き手を守るだけ、おまけにインタビュー内容に緊張感を失わせる、読む方も具体性を感じられず、誰でもいいようなインタビューに思える)、これまでにない新しい現象や動きを見つけたとして、それを「~でない」という否定型的にいうだけでは、発見した「やった感」がないので、もっと独自のネーミングなど工夫したらよかったのに、などというアドバイスをいたしました。次に続く3年生にも、ぜひ、頑張ってほしいと思います。


認定NPO法人・市民協の九州ブロック研修会で「現代社会とNPOはどこへ向かうか」というお話しをしました。参加者は大分や熊本、鹿児島などのNPO法人の方々でした。人数は必ずしも多くなかったのですが、その後のディスカッションでは、介護保険だけでなく、むしろ居住支援法人となって、コミュニティ・カフェを通じて地域の空き家問題や居住支援活動に取り組んでいるNPO法人が多いことなど、様々なことを、私も学ぶことができました。


北九州・小倉駅近くの「秘密基地」という謎めいた場所で、北九州市主催による福岡ユネスコ講演会「沼野恭子さん講演─19世紀ロシア文学とその翻訳」がありました。日本初のロシア文学翻訳がどんなものだったか、同化翻訳と異化翻訳、二葉亭四迷の「あひびき」によるブレイクスルー、そしてロシア文学特有の「タスカー」と「ふさぎの虫」。ロシア人の「タスカー」が、タルコフスキーの映画のキャラクターの中にも様々な形で表れていることを、懇親会であらためて教えていただきました……いやあ、面白かったですね。


 

福岡都心部から20キロくらい離れた半島(のような丘陵地帯)にあります。クルマ通勤の人たちが増えたせいでしょうか。建物近くの駐車場は、朝7時前には満杯になってしまうようです。しかたなく、一山越えたところにある駐車場へ。博多湾の向こう側に福岡タワーやドームが見えるような絶景です。しかし、駐車場に入れてから大学の教室まで歩いて10分以上かかるというあのハワイ大学の駐車場を思い出します。福岡もアメリカに近づいてきているのか⁉


 

エイゼンシュテインの有名な映画「戦艦ポチョムキン」(1925)(1976再編集のショスタコーヴィチの音楽つきの版)を初めて観ました。なかなか興味深い映画です。たいへんに有名な映画なので内容について言及する必要はないでしょう。観て思った感想だけを短く述べます。この映画の成功は、戦艦の内部という「閉空間」ゆえのドラマの密度と、オデッサという外の「開空間」での悲劇との対照が理由でしょう。この映画のドラマツルギーの構造はここです。戦艦内部の階級対立と葛藤と革命へのエネルギーの奔流。そして連帯や共同性の成就と勝利、というシンプルなドラマ。オデッサでは、市民の革命への自然な連帯(というにはあまりに過剰に演出された革命への連帯)と悲劇の殺戮という対比。これらが、この映画のシンプルなドラマ構造を作りだしているのですね。オデッサで、ひとりの水兵の死にこれほど多数の市民が連帯するか⁉という過剰すぎる演出もありました。たしかに「革命讃歌」というソ連のプロパガンダ映画のひとつでしょう。ですが、今からみるとじつに興味深いですね。専制国家にたいして立ち上がった人たちが、のちには専制国家を作っていったという歴史の皮肉をわれわれは知っているわけです。当時のエイゼンシュテインは、後世に自分がどう見られるかなど、考えていなかったでしょうね。それにしても、「ひとりはみんなのため、みんなはひとりのため」という前半で繰りかえされる、なんだか道徳の教科書を見ているようで、しかしメッセージ性ある挿話。いろんなことを考えさせてくれますね。


ソ連の監督ジガ・ヴェルトフの「レーニンの3つの歌」(1934→1970再編集版)を観た。1930年代のソ連、のちにスターリンによって抑圧されることになるジガ・ヴェルトフ監督による「すごく興味深い」プロパガンダ映画だった。レーニン没後10周年記念に作られたらしい。たしかに革命の祖レーニンをひたすら賛美し神話化することを目的とした「単純な」プロパガンダ映画なのだが、であるがゆえに非常に興味深いのだ。そもそもレーニンの後継者スターリンの姿がどこにも見えない。レーニンは晩年に、スターリンとの確執で、すでに実権を失っていたらしい。その死後10年してスターリンの権力基盤は盤石だったからだろう。何の心配もなくレーニンを神話化したのではないか。そして、この映画を撮ったジガ・ヴェルトフも、やがてスターリンの反ユダヤ主義で映画を撮れなくなっていたという。
映画の冒頭、ロシア時代の中央アジアの「遅れて封建的な宗教に支配された」ムスリム信徒たちが、レーニンと革命によって「解放される」姿を嬉々として撮影しているのも、のちの冬の時代(たとえばアンドレイ・タルコフスキーの「鏡」などに出てくる恐怖政治)を思うと胸が突かれる思いがする。

それにしても、これでもかと、レーニンのデスマスクをたった60分の映画の中に、これほど何度も映し出すというのも、私たちの感覚から並外れている。レーニンの遺体をいまだに保存しているというのも、ロシアならではのメンタリティなのだろうか。


レーニンの3つの歌

往年の名画「旅愁」を観ました。70年近く前の映画です。シネラでみたフィルムはかなり劣化していて音も割れ、字幕もほとんど読めないほど。でも、いい。ジョーン・フォンテインがじつに美しく撮られています。終わったあと、後の席のおばあちゃんたちが一斉に「ほーっ」とため息をつきました。「きれいだったわねー、あの頃の映画はいいわねー」としきりに感嘆していました。たしかに、映画らしい映画を観たという満足感を味わえる「名画」ですね。
でも、内容を見るといろいろと考えさせられます。この映画「September Affair」という原題が示すとおり、言ってみれば豊かなアメリカ人たちの不倫と情事の夢物語です。逃避行先のイタリアでも豪華な邸宅を借りて何不自由なく暮らしているが……やがて男性は「大きな仕事」がしたくなる、女性はピアニストとしての芸術家の夢を実現したくなる。そう、これ、一昨年ヒットした「ララランド」の筋書きにそっくり。ララランドでは貧しい二人が愛し合い、やがてそれぞれの夢を実現するために別れていく、というストーリーでした。「旅愁」では、富裕だがそれに満足しきれず旅先で出会って愛し合った二人が夢のような暮らしを送るが、やっぱり二人だけの世界には収まりきれず、大きな仕事や芸術家としての夢のために再び別れていく、というストーリーです。そっくりですね。昨年、社会学入門の授業で「ララランド」を題材にして、なぜ、二人だけでは満足できないのか、なぜ<社会>が必要とされるのか……社会学からそのメカニズムを説明してみたのですが、この「旅愁」にも、このテーマが響いていますね。


ジョーン・フォンテイン、東京で生まれたそうです。4度の結婚・離婚。96歳での大往生。波瀾万丈の人生だったんですね。

ローマ、ナポリ、カプリ、フィレンツェと敗戦後のイタリア観光映画でもありますね。


 

ハワード・ヒューズが制作した映画「犯罪都市(The Front Page)」(1931)を福岡市総合図書館シネラで観た。これ題名などから一見ギャング映画に思えるが、中身は全然ちがった。これは新聞の第一面のスクープを取ろうとする1930年代の新聞記者たちと新聞経営者のどたばた喜劇だ。ストーリーは荒唐無稽だが、当時のアメリカのジャーナリズムのひとつの姿を描いていて、とんでもなくてあっけにとられる。とくに主人公の敏腕記者を、はるか上手にあやつり翻弄する上司の新聞経営者のバーンズがすごい。これはまさにメディア王ハワード・ヒューズその人ではないだろうか。破廉恥なまでに自己中のどぎつい経営者。彼の牛耳るセンセーショナリズム時代の新聞を描いている。そもそもこの映画の原題は「The Front Page」新聞の第一面のことをさしている。90年程前のアメリカの新聞業界は、まさに、この第一面のセンセーションで、巨大な産業になっていたのだなぁ。今日、新聞の第一面が、これほどの巨大な影響力をもっているとはとても思えないだけに、時代の移り変わりを思う。


(写真は制作者のハワード・ヒューズ。オーソン・ウェルズの名作「市民ケーン」のモデルとして有名だ。毀誉褒貶というより褒貶のほうが多いようだが怪物的な人物だったのだろう。)


ハワード・ヒューズ

文学部学生向けのオムニバス講義として話す機会があったので「銀河鉄道の夜」と「千と千尋の神隠し」との類似と相違についてのお話しをしました。思いっきり縮めていえば、宮澤賢治の銀河鉄道を、宮崎駿は相当意識して、あえて宇宙に飛び出さない、逆方向である地の中に入っていく、水の中に潜っていくという水中鉄道を設定したのではないか。この鉄道に乗ることの意味は何か。銀河鉄道でも水中鉄道でも、その乗客たちは死者なのはなぜか。その乗客の中に混じって旅する中で、ジョバンニも千尋も、何かをつかんだのではないか。何をつかんだのか。それは……という話をしました。
講義が終わったあと、話にくる学生がいて、「じつは、私、宮澤賢治の銀河鉄道、読んだことないんです」というのです。ええっ、まさか。しかも、その学生だけでなく、けっこうたくさんの学生が「千と千尋の神隠し」は見たことがあるが「銀河鉄道の夜」は知らない、ということが分かって、ちょっとショックでした。


マレーネ・ディートリッヒ主演で有名な「上海特急」(1932)を観ました。なるほどこれがディートリッヒか。ディートリッヒと言えばヒッチコックの「舞台恐怖症」(1950)しか観たことはなかった。この映画でもたいした貫禄ではあったけれど最盛期はすぎていた(そこがいいとも言える)。「上海特急」はまさにディートリッヒらしさのひとつの頂点を極めた映画なのかもしれない(ただし相手役が弱い。とても平凡な男にしか見えない)。ストーリーはいわばアガサ・クリスティの「オリエント急行」そっくりですね(上海特急のほうが早いみたいだけど)。北京から上海に向かう列車が中国の政府軍と反政府軍との間でスパイや捕虜の交換のために何度も止められる。人質交換の間に挟まって「上海リリー」なる良くない噂の立っている女性がじつは……といいささか浅いハッピーエンドで終わる映画。内容的にはアガサ・クリスティには到底およびませんね。
さて真っ先にくる感想。これはなんという「嫌中国映画」なのかということ。中国にたいする敵対的な蔑視が色濃い。中国からあれほど搾取したのにさらにこの態度だ。アジアにたいする無理解というか、何という「上から目線」の映画なのか。今日からみるとあまりにその「西欧中心主義」が鼻につく。「オリエンタリズム」ふんぷんの映画なのですね。でも、人のことは言えない。このあと、日本がまさに、こうしたオリエンタリズムの視線をそのまんま受け継いで上海を占領したのだ。なんだか苦い感想になってしまいますね。


年末年始に沢木耕太郎の新著『銀河を渡る』と『作家との遭遇』を読んでいて、そうだビデオで出ている「深夜特急」も観てみようかと思い立った。ところが第一巻の「劇的紀行 深夜特急’96〜熱風アジア編」からして「なんだこれ、全然違うんじゃないの」と疑問符連発。第二巻「深夜特急’97〜西へ!ユーラシア編」や第三巻「深夜特急’98〜飛光よ!ヨーロッパ編」では少し持ち直したものの、結局、これは沢木耕太郎の原作とは似ても似つかない別物と考えたほうが良いようだ。そういえば年末に村上春樹の「納屋を焼く」が韓国で「バーニング」としてドラマ化されたのをNHKが放映していたが、いきなり全然違うテイストで、途中で観るのをやめてしまった。評判をみると韓国版をNHKがだいぶ切り縮めてしまったとあるようだが…いずれ原作と映画とは全然違うものになるのですね。最初に観たものの「刷り込み」効果が大きいから、あとで原作や映画化されたものを観ると「ええっ」となる。ブレードランナーもそうだった。フィリップ・K・ディックの原作を読み始めたら、あまりに違う世界観なので読み続けられなかった……