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たいへん達筆なお葉書をいただきました。お送りした拙著『21世紀の《想像の共同体》』を褒めて下さっています。達筆のうえ省略文字なので、すぐにはどなたからか分かりませんでした・・・・が、あ、これは上野千鶴子先生からだ、とようやく分かりました。ありがとうございます。うれしいです。


地方小出版流通センターの「出版ダイジェスト」欄に、拙著(『21世紀の《想像の共同体》』)が紹介されています。短い字数ですが、ポイントを押さえて、内容を好意的に紹介してくれているように思います。


大阪府立大学の関川芳孝先生の科研チームの成果が、関川芳孝編『社会福祉法人はどこに向かうのか』(大阪公立大学共同出版会)となって出版されました。私もその一員なので、「社会福祉法人制度改革──その後の改革、その先の改革」という論文を執筆しています。日本独自の社会福祉法人という制度は、とても大切なものなのに、制度改革のたびに、二重拘束だったものがさらに三重拘束のように縛り上げられ、自由な活動が制限されていくばかりに見えます。「非営利」であることの本来の可能性を活かすような改革(それを、その先の改革と表現しています)ができないものでしょうか。


私の新著『21世紀の《想像の共同体》─ボランティアの原理 非営利の可能性』(弦書房)が出版されました。amazonや紀伊國屋書店Webストアなどでも注文可能になりました。コロナ禍の状況を考える糸口として映画「アラビアのロレンス」のワンシーンから考え始め、「有償ボランティア」は矛盾しているのか、ボランティアにとってNPOとは何か──それらを、ジョニ・ミッチェルの「ウッドストック」の歌詞を読み解き、「風の谷のナウシカ」の「キツネリス」のメタファーへと至る、というかなり飛び跳ねた展開の本になりました。いやいや、けっこう真面目な本なのですが。


先日の老健事業報告会をオンラインで聴いていただいた方から、たいへん、うれしいご感想をいただきました。


  • ──この報告会に参加しましたが、大変興味ある報告に出会いました。九州大学の安立清史教授の有償ボランテイアに関する研究です。ハンナ・アーレントの「人間の条件」──人間には「労働・仕事・活動」の3レベルがある。「仕事」には自己実現や「生きがい」がある。ところが現代のグローバル資本主義の世界ではすべてが「労働」になっていく。「労働」だけになっていく世界に対して「仕事」(生きがい、やりがい、たすけあい)を回復していくには、どうしたらよいか?「労働」だけでなく、「仕事」や「活動」を回復していくためのひとつの方法が「有償ボランテイア」の中にあるのではないか。というものでした。
    いかがでしょうか、私はこの報告を聞いて救いのようなものを感じました。助け合い活動への参加をお願いして多くの説明会をしてきましたが、みなさまの心に届くものが見つかりませんでした。これからは、これをたよりに有償ボランテイアをお勧めしていきたいと思っています。──

3月25日には福岡会場での厚労省老健事業(認定NPO法人・市民協主催)の報告会でした。アンケート調査によるNPOとボランティアの因子分析(6因子)と「有償ボランティア」の新しい意味づけについて報告しました。後者は、ハンナ・アーレントの「労働・仕事・活動」という3分類を「有償ボランティア」の意味づけに大胆に応用するという私独自の解釈なので、初めて聴いた人には分かってもらえたでしょうか。


3月24日は九州大学の卒業式でした。4年生とはずっとオンラインの卒論指導だったので一年ぶり(以上)のご対面でした。誰にとっても長くつらい一年だったと思います。卒業できて良かった。これからの飛躍を記念します。


開花宣言からちょうど十日。福岡のソメイヨシノは22日に満開になりました。晴れた日の夕方、ちょうど良い光がさす時間帯に福岡城の桜を撮影にいきました。


ソメイヨシノと山桜の饗宴

これは福岡城の枝垂れ桜です

認定NPO法人・市民協とともに昨年一年かけて取り組んだ厚労省・老健事業の報告書ができあがりました。このほかに15人のトップリーダーにオンライン・インタビューした記録集も来週には出来上がる予定です。私は、NPOボランティアの因子分析と「有償ボランティア」をどう位置づけるか、意味づけるか、というパートを担当しています。


先日、認定NPO法人・市民福祉団体全国協議会による令和2年度・厚労省老健事業報告会が、虎ノ門法経ホールの会場と全国の市民協の会員の皆さんへのオンライン会議で開催されました。研究委員長をつとめた私も、福岡からオンラインで参加・報告しました。質疑応答では、なかなか熱のこもったやりとりもありました。充実した報告会だったと思います。3月25日に、福岡でも開催されます。


津野海太郎さんの「読書の黄金時代は終わった」という宣告もションキングでしたが、最近でも友人から「電子書籍の時代です、大島弓子の本も紙媒体では入手できないです」と知らされました。あの大島弓子でさえか。もうすぐ紙媒体の書籍を上梓する私としては、大きなショックです。事態はそこまで来ているのか──でも思うのは、アナログ・レコードのことです。CDが出て、あっというまにレコードは消え去りました。ですが、どっこい生きています。むしろ再ブームと言ってもいい。最近の人気ラジオ番組「村上Radio」でかかるのは、もっぱらアナログレコードですね。むしろCDのほうが音楽配信に押されて消え去りそうです。さて紙の本は、どうなるでしょうか。


考えてみると高校生の頃から、自宅で勉強した記憶があまりない。高校、大学、大学院、留学中や在外研究でも、ほとんど居場所は図書館だった。ボストンにいた頃はバックベイに小さなアパートを借りていたので、毎日、ボストン公共図書館に通っていた。こういう公共図書館は、まず日本にはない。そもそも公共図書館と公立図書館とは違うのだ。
さて、昨年の本も、今年出す本も、ほとんど福岡市の図書館で執筆した。どうしてなのだろう、自分でも不思議だ。自宅や研究室のような個室では原稿が書きにくい。思うに、広い空間(とくに天井が高いことがのぞましい)、見知った人がいないこと、匿名の第三者がいること、などの条件が必要なのだろう。それらが執筆に必要な、緊張感と集中力と持続力、を与えてくれるからではないか。個室に一人でいると、ぐだっとなってしまう怠けものなのだ。


夜のボストン公共図書館─幻想的です

私たちが昨年一年間かけて取り組んできた厚生労働省・老健事業の報告会があります。これはコロナ禍の影響で、委員会などの会議はすべてオンライン。識者やNPO団体へのインタビューもすべてオンライン・インタビュー。専門委員会で調査票をつくるのもオンライン会議。さらに報告書作成もオンライン。おまけに報告会も半分はオンラインになりそう……というオンラインづくしになりました。やむを得ませんね。でも、オンラインだと時間と場所の制約なく、多くの方々にインタビュー協力していただけて、それなりの成果を出せたのではないかと思います。


最新の「村上ラジオ/怒涛のセルフカバー」を聴いていたら、思わずのけぞってしまうような超弩級のセルフカバーが出現しました。なんと、アストラッド・ジルベルトが、来日した時に自ら望んで「日本語で吹き込んだイパネマの娘」です。こ、これは……。思うに、この超弩級のセルフカバーを聞かせたくて村上春樹は今回のプログラムを組んだに違いない!


映画「紅色娘子軍」(1961)は、海南島で中国国民党につながる反動地主の横暴に対して立ち上がった女性農民が紅色娘子軍を組織して、反動地主を打倒する姿を描いた映画、とある。文化大革命の最中にも上映が許された「共産主義模範作品」で、中国共産党のプロパガンダ映画である……それはそうなのだが、今観るとじつに面白い。単純で明快すぎて、正反対の意味でいろいろ考えさせられて興味深いのだ。純粋すぎる若者たちが、革命軍の担い手になっていくストーリーなのだが、革命の青春期と若者の青春期とが見事にシンクロしていて、当時の若者たちは普通の二倍の熱量の恋愛をしていたのだろうなと思ったりする。しかも制作者が意図しなかったにも関わらず、すでに後の「文化大革命」の負の予兆もしっかりと映し出されているのだ。


no art,no life──これはNHK・Eテレの、週に一度、わずか5分間の番組である。でも、その5分間が濃密だ。毎回、ひっくり返るほど驚かされる。
たとえば最近の回では「勝山直斗」くんの紹介。番組紹介には「中学生の勝山直斗は、唾液を指につけ壁に絵を描き、壁紙を剥がして壁画を浮かび上がらせる。日本各地の“表現せずにいられない”アーティストを紹介する。既存の美術や流行・教育などに左右されない、その独創的な美術作品」とある。まさにそのとおり。障がい者を見るようなパターナリズムがまったくない。「障がい」とか「福祉」というような概念をまったく必要としない。そんな次元をはるかに超えている。純粋に、ひとりの驚くべきアーティストとして紹介している。
しかもこの人(勝山くん)は、変わった人をのぞき込むような目線をちょっとでも示したカメラに向かって激しく攻撃してくる。彼は壁紙を口にいれる。最後には、それを天上に向かって投げあげる。これは凄い。

追伸
さらにさかのぼって「no art, no life」をいくつも観ました。驚きはさらに深まります。はじめのころは「障害者アート」「エイブル・アート」、フランス語で「アール・ブリュット」などと様々な説明がなされていました。作者が福祉施設や障害者作業所でこうした作品を作っていることを紹介していました。福祉番組という枠での紹介だったのかもしれません。そうした説明が、回を追うごとに消えていきます。いまは「no art, no life」だけになりました。これは、びっくりするくらい番組が成長したからだと言えるでしょう。


昨日、「社会学入門」の授業が終わりました。今学期は初めてのオンライン授業ということもあって、私としても全力投球。これまでにない授業内容を準備して臨んできたのですが、力を入れすぎのところもあったようです。先日、客観的に見るとどうなのかなと、オンラインで授業しているところを、妻と息子にも聴いてもらいました。すると反応は、これはやりすぎ、つめこみすぎ、言い過ぎ、などとコテンパンでした。うーん。なやみましたが、それでも最終回は、これまで話し残したことをまとめて「ナウシカ、千尋、ジョバンニの社会学」とこれまで以上の詰め込み。さて、どうだったか。185人から長文の感想文が届きました。その中に、短いながら、おっ、これは、という感想がありました。
 「対照的な千尋とナウシカの物語が根底では類似していて、千尋のラストシーンでナザレのイエスを想起する……私のこれまでの想像力では到底たどり着け得ないというか、今まで何度も千尋を視聴してきた私もまったく思い至らないことに社会学の視点から切り込む授業は非常に新鮮でした。」
やった、という感じですね。


学期末です。1年生200人対象の「社会学入門」も残すところあと2回となりました。あすは「ロック音楽の社会学」と題して、ジョニ・ミッチェルの「ウッドストック」の話をします。けっこうディープな話にする組み立てを考えていて、前置きを30分くらいしてから本論にいく予定なのです。そして「ウッドストック」の歌詞の解読をしながら、日本とアメリカの若者の対抗文化の比較社会学にいく……という構成なのですが、どうも最後の詰めの一手をどこにしようか迷っていました。ところが、昨日と今日と二日かけて、アメリカのドキュメンタリー映画「RBG」を観て、これだ、と思いました。これで最後の一手が決まりました。あすの講義が楽しみです。どんな反応が来るだろう。
(追伸、「RBG-最強の85歳」とは、昨年、亡くなったルース・ベイダー・ギンズバーグ米国最高裁判事のことです。このドキュメンタリー映画、すごいです。必見です)


佐藤真監督の「Self and Others」(2000年)を観ました(福岡市総合図書館シネラにて)。1時間たらずの映画ですが、これは凄く深いドキュメンタリー映画でした。幼い頃、脊髄カリエスを患ってわずか36歳で亡くなった牛腸茂雄という写真家の足跡を、とくに「Self and Others」という写真集を一枚一枚丁寧に紹介し、関係者の声を聞き、そこから浮かびあがってくるものをとらえた、佐藤真監督の声にならない声が聞こえてくるような映画でした。「阿賀に生きる」も力のある映画でしたが、この作品のほうは、こう言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、死にゆく人が死んでしまった人の声に共鳴しながら、その視線や思いを追体験する、そういうトーンを感じました。
この映画のもっとも基調となる写真が、双子(だと思いますが)のポートレイトです。モデルとなった女の子が写真をふりかえって、いちばん嫌いな写真、と語っていたのが心に残ります。どの写真も、たくさん撮影した中で、本人たちからは選んでほしくなかったショットなのですね。しかし心に残る。この双子の写真をみて、だれしも「あっ」と声を上げるのではないでしょうか。そう、スタンリー・キューブリック監督の「シャイニング」に出てくる双子が、この写真にそっくりなのです。調べてみると、牛腸茂雄の写真集が1977年、シャイニングが1980年公開ですから、シャイニングを真似したわけではない!おそらくキューブリックも牛腸のアイデアを盗んだわけではない。ふたつの作品が独立に、しかも独特の不気味な感じになっているのは、実に興味深いことですね。