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福祉の仕事の魅力発信を掲げて「オープンケアエリア」という新しい取り組みが始まりました。熊本のリデルライトホームを中心として熊本で始まった試みが、今回は福岡の中村学園大学でもありました。私もさっそく行ってみました。
福祉職員によるスーパープレゼンテーション、学生たちによる質疑応答、その後、社会福祉法人の方々と学生たちとのブースでの対話という3部構成でした。今回は福岡から4つの社会福祉法人が参加し、若手職員によるプレゼンテーションがとても評判でした。また参加者も、中村学園大学,西南学院大学、筑紫女学園大学、熊本学園大学などから多くの参加者がありました。


北九州・小倉に行ったら旦過市場は外せないですね。昨日はNPO法人抱樸で遅くなったので旦過市場に着いたときにはすでに午後6時、ほとんどのお店が閉まっていましたが、なんとか「ぬかだき」ゲットしました。これ、旦過市場に来たらぜったいはずせないですね。おいしいです。



小倉に行くたびにランチするお店があります。鳥町食堂街という駅からのアーケード街をちょっと歩いたディープな路地にある中華料理店です。ここは松本清張ゆかりのお店らしいですし、北大路魯山人の書も掲げられていて、何かこちらもゆかりがあるのでしょうか。もともとは浅草のお店の息子さんがこちらで開業したらしく、創業当時は「東京風支那そば」を売りにしていたとか。なるほど、博多ラーメンとは、全然ちがいます。現在はラーメンとシューマイの二枚看板らしく、ランチセットだとさらにいろいろ盛りだくさんで、これはお値打ちですね。


鳥町食堂街の入り口


昨日は科研のプロジェクトの一環で、大阪府立大学の関川芳孝教授とその大学院生さんたちとともに、北九州のNPO法人「抱樸」を訪問しました。「抱樸館北九州」を見学し、そのあと専務理事の森松さんに3時間にわたる濃厚なレクチャーを受けてきました。あらためて「抱樸」は凄いと思いました。かつては「北九州ホームレス支援機構」でした。こうした団体の尽力によって現在はホームレスの野宿者は激減したそうです。そこで「ホームレス」の支援でなく、生活困窮者や孤立者の住宅確保と生活支援のためのNPO法人に拡大発展しています。ホームレスの一時支援のシェルター運営だけでなく、自前の「生活支援付き共同居住施設」の「抱樸館北九州」を建てて運営しています。さらに協力する不動産業者も多数でてきたという話にもびっくりでした(空き家を埋めて家賃保証をするという意味で、抱樸と不動産業者にはWin-Win関係が成り立つそうです)。さらにびっくりなのは、抱樸が保証人バンク会社とも連携して「借り上げ型支援付き」として100室あるマンションの中の42室を一括して借り上げ(プラザ抱樸)して、そこを「就労支援付き共生型住宅」として運営していることです。このモデルは、さらに発展展開しそうですね。このように次々に繰り出されてくるアイデアあふれる事業展開に圧倒されました。なるほど、行政の措置施設「救護院」よりもはるかに低コストではるかに多彩かつダイナミックな支援が出来ているのだなぁと参加者全員感心しきりでした。これこそ民間主導の「地域包括ケア」かもしれません。でも、このような抱樸でも、かかえている課題や直面している問題が山積だそうです。その一端を聞くだけでも、大変さが実感できました。


久留米市美術館で開催されている「サンダーソンアーカイブ──ウィリアム・モリスと英国の壁紙」展に行ってみた。リバティー柄のようなものとしてモリスの作品を知っている人は多いだろう。今回は壁紙に焦点を当てたものだが、これはなかなかの展覧会だった。ウィリアム・モリスという人の伝記をみるときわめて興味深い人物だったようだ。芸術家でありながらモリス商会をおこして高級壁紙を制作販売したり、マルクスを読み、アーツ&クラフト運動を起こしてマルクスの娘と行動をともにしたともいう。今回の展覧会ではモリス商会の壁紙を中心に展示されているのだが、たかが壁紙、されど壁紙である。じっくり観ていくとじつに興味深い。そこに芸術の発展や起承転結がうかがえるのだ。モリスの作品は、ほかのデザイナーの作品と比べるとやはり違うものがある。やや暗くて難解なのだ。そしてその壁紙の制作は19歳で店員見習いとして入社したヘンリー・ダールに見事に受け継がれていく。時代的には、やや暗くて難解なモリスよりも、はるかに明瞭で明るいダールの作品のほうが、おそらく世に受け入れられていっただろう。そういうドラマまで見えてきて、じつに面白い。壁紙の世界に、これほどのドラマを読み取ることが出来るとは。


先日、天神のスカイホールで、NPO法人「はかた夢松原の会」名誉理事長だった「川口道子さんとお別れする会」がありました。今年9月に、97歳で亡くなられた川口道子さんですが、平日の昼間にもかかわらず100名を超える参加者がありました。皆さん30年を超えるお付き合いのあった方々ばかりで、様々な思い出話に花が咲いておりました。その長寿だけでなく、そのアイデアや発想力、そして強引でもあったその実行力や突破力、多くの人びとを引きつけて仲間にしていったその包容力、多くの方々が、驚きと尊敬をもって、川口道子さんの思い出を語っておられました。私も福岡にきて、すぐにひっぱりこまれたくちですが、以来、すごいなぁ、まねできないなぁ、といつも賛嘆しておりました。
特定非営利活動促進法(NPO法)が出来て20年、そろそろ第1世代の方々が、一線を退いていかれて、NPO法人も、曲がり角に来ている現在、川口道子さんの足跡から、改めて学び直すことがありそうですね。


福岡市総合図書館・シネラで「インド映画特集」が始まりました。インド映画といえば「踊るマハラジャ」くらいしか観たことのない私ですが、その名も高きサタジット・レイの「大地のうた」が上映されるので観にいきました。2時間あまりの映画なのですが、暗く・寒い映画です。じっさい館内の暖房に不具合があったのでしょうか。上映中ずっと寒かった。でも、なかなかに力のある映画でした。貧困が生み出す様々な悲劇が主題なのでしょうが、それだけではないようです。身分的に最上位のバラモンの家族なのに極貧にあえいでいる。父親はその状況を客観的に認識できない。それが悲劇の原因だというストーリーですが、それだけ観てもつまらない。むしろインドの圧倒的な異世界ぶりが、この映画のエッセンスにあると思います。子どもたちの世界と大人たちの世界との乖離、生き生きとした子どもの眼光。なかでも心に残ったのは「銀河鉄道」のシーンです。正確には「銀河鉄道」ではなくて、近代化の象徴として貧困地帯を駆け抜けていく蒸気機関車を、子どもたちが見に行くシーンですが。しかしこれは、貧困という「現実」を脱出していく夢が託された「銀河鉄道」そのものに見えました。先日、京都で話しをした時に、「千と千尋の神隠し」を題材にして、現在の閉塞感からの脱出を象徴するものとして、沼の底の銭婆に会いに行くために「水中鉄道」に乗るシーンを解説してきたばかりだったので、よけいにこの映画の「蒸気機関車」の象徴的シーンに関心をひかれました。(映画では、さいご、村を出て行くのに牛車に乗っていくので、鉄道にのって脱出していくわけではありません。が、亡くなった姉が最後に弟に、またあの鉄道を見に行こうね、という美しいシーンがあるのです)。


今日は三島由紀夫事件のあった命日です。48年前のあの事件は、いまだにそのインパクトと謎が残存しています。つい先日に出版された、大澤真幸『三島由紀夫 ふたつの謎』(集英社新書)は、この二つの謎(三島由紀夫は、なぜあのような事件を起こして死んでいったのか、なぜ最後の小説『豊饒の海』はまるで小説世界を自己否定するような大破綻の結末となって終わったのか)を解明すべく挑んだ、これまでにない三島由紀夫論であり、傑作だと思います。雑誌『すばる』に連載されたころに一度読んでいるのですが、新書となって再読し、あらためてこの徹底的な究明ぶりに感服しました。これまでにない画期的な三島由紀夫論だと思います。読後感として感じること。それは、このように徹底的に解明されてしまうと……あとは、もう、三島由紀夫を読み返したいという気持ちが起こらなくなってしまうということです。


伊都キャンパスに引っ越してから初めての文学部社会学科4年生の「卒論題目検討会」がありました。いよいよ各自の卒論題目も決定し、1月10日の卒論提出に向けて4年生はラストスパートですね。題目について皆さんいろいろと迷っているところもありました。教員もそれぞれに意見をだして、この時期の「卒論題目検討会」は、毎回、盛り上がります。
さて、今度の新キャンパス、敷地や建物は広大になったのですが、どうも教室の使い勝手がよろしくないです。すぐに気づくのは、黒板と教壇との間がとても狭いこと。なんだかとても圧迫感があって授業しにくい。今回、「卒論題目検討会」があった「コミュニティ・ラーニング・スペース」は、なんとガラス張り。開放的でいいんですが、ブラインドが整備されてないので夕方になると西陽が直射してきてまぶしくていられない。


つげ義春という漫画家がいる(いた)。寡作で貧乏、孤立して鬱屈した精神世界を描いたり、田舎の温泉の最底辺にいる人たちを描いたり、とにかく不思議な人だ。今の若い人からすると、何なんだ、この真っ暗なマンガは、ということだろう。ひどく暗い、ひどくマイナー、おまけに不条理、とも評される。しかし、だからこそ、コアで熱烈なファンも多いようなのだ。この映画、そういうつげ義春ファンが大挙して出演している。つげ義春本人や奥さん(藤原マキ)が出てくるのも見所だが、井上陽水、原田芳雄、神代辰巳、井上陽水、蛭子能収、周防正行、鈴木清順……等など盛大に出てくる。友情出演した人たちにとって、自分はこういうマイナーな世界に共振する人であると自覚することが、密かな楽しみなのだろう。マニアの間の目配せみたいなものか。
さて、映画のほうは、もうちょっとかなぁ。仕事はしたくない、でも家族を食べさせなくてはならない、そこで河原で石をひろって河原の掘っ立て小屋で売ろう、という常人にはちょっと発想できない方法で生活しようとする「無能の人」の淡々とした孤絶感が原作の魅力のひとつだが、そのあたりの不気味さや不思議さが、この映画では、ホームドラマの中にはめ込まれて薄まっているように思える。でも、それも仕方ないことだろう。映画は、あくまで見物としてドラマとして成立しなければならないのだから。
つげ義春の絵は、内面世界の暗さ、不気味さ、不条理さへとどんどん導かれていくところに特質がある。映画で描けるのは、こうした不気味さではなくて、無能の人たちの、外面上は淡々としている、不思議なおかしさ、だったのだから。


大江健三郎原作の障害をもった子どもの話、福祉とボランティアの話かな等と思って観ると、とんでもないのである。予想は大きく裏切られる。
これは「静かな生活」というタイトルとは対極の「静かであることを侵犯された生活」だ。むしろ「邪悪なものに満ちている世界」を描こうとしているのだ。静かであろうと願う二人が、侵入され、暴力的におかされていく世界こそ、描こうとしている。成功しているかどうかはべつとして。
前半は、障害をもつイーヨーと不思議な妹まーちゃんの静かな生活そのもの。脳に障害をもったイーヨーを抱えて大変だ、というのではなく、むしろ、障害があるけれど音楽に才能をもつイーヨーを深く理解する妹のまーちゃんというのではなく、ユニークな世界を描いていて成功している。なるほど、こういう受け入れ方があるのだ。
ところが後半は、この静かな世界の中に、ボランティアの外見をもってちん入してくる者たちが描かれる。家の門に水のボトルを置いていく宗教がかかった人たち。イーヨーに水泳を教えるボランティアを装いながら暴力的に乱入してくる「アライ」なる怪人物。まさに健康な身体に狂気がやどる恐ろしさを描いて秀逸。後半全体が、邪悪な意図にみちたこの世界のゆがみが、ゆがみを超えて暴力に拡大して静かな世界を破壊していくさまが描かれる。常に死と破壊とを意識していた伊丹十三の潜在意識の現れだとも言いうるのだろうか。



フランス文学者野崎歓さんの編著で、フランス文学を旅する60のエピソードが紹介されています。じつに楽しい本です(ちょっと専門的なところもありますが)。じつは私の撮影した写真も小さいですがカバー裏にカラーで使われています。パリ大学のすぐ近くにあるレストラン「メディテラネ」の店内写真です。ここはジャン・コクトーとジャン・ジュネのゆかりのレストランだそうです。ジャン・ルイ・バロー劇団などが活躍した「オデオン座」前の広場に面しています。カルチェ・ラタンの中心部ですね。
このレストラン、数年前に、パリ大学に滞在していたおりに野崎歓さんに紹介されて行きました。その時に撮影した写真が今回、表紙裏と、ジャン・ジュネの章に使われています。ここは地中海料理の店。値段は高くなくリーゾナブルなうえ、内装がじつにすばらしい。本物かどうか分かりませんがジャン・コクトーが描いたのではないかと思わせるみごとな絵が壁一面に描かれているのです。夏のランチにいったせいでしょうか、客はすべて店外のテラスか、もしくは店内でも窓際に席をとるのでした。日本人にとって、パリジャンのこのテラス好きは不思議なものです。だってこのレストラン、みごとな店内こそ味わうべきなのですから。広い店内の夢のように美しい空間を、われわれだけで占有できたのは、すばらしい経験でした。トイレが2階にあり、その階段ぞいには、この店に来店したセレブたちの写真が飾ってありました。退位した英国王エドワード8世とシンプソン夫人、ジャン・マレーやコクトー、シャーロット・ランプリング、チャールズ・チャプリンなど。ミシュランの星があるわけでないし、有名な高級店でもないですが、じつにパリのレストランだと感じさせるものがあります。ちなみに9ユーロのグラスワインは、わざわざ新しいボトルを抜いて注いでくれました。香り高い赤とすっきりした白のシャブリ。これも堪能できました。



これが、レストラン「メディテラネ」の店内

 

 樹木希林さん追悼という棚に、意外なことに鈴木清順の「ピストルオペラ」(2001)のDVDが並べられていた。さっそく借りてきて観ると、たしかに、江角マキコと山口小夜子の映画なのだが、2001年当時にはまだ10歳だった韓英恵(「菊とギロチン」の十勝川)とともに樹木希林も出演していたのだ。
 さて鈴木清順にとっては遺作となる「オペレッタ狸御殿」のひとつ前の作品がこれなのだ。清順オペラからオペレッタへ。しかしオペラやオペレッタとは清順にとって何か、洋風の歌舞伎のことだろう。初期から清順の映画は「歌舞伎じたて」をひとつの特徴にしていた。その極みが「陽炎座」である。もうひとつが「ピストル」で、これも任侠やノワール映画(白黒時代のギャング映画)からキャリアを始めた鈴木清順の一貫したテーマだった。おまけに主人公が男を超える女、男を操る女以上の女というスーパーヒロイン、つまり「ピストルオペラ」は鈴木清順の特徴の集約された映画なのだ。
 この映画は「殺しの烙印」の続編として構想されたという。なるほど「殺しの烙印」とはすべてが裏返っている。殺し屋ナンバーワンをめぐる物語というところは共通だが、そのほかはすべて逆転している。殺し屋もエージェントも中心はかっこいい女性である。男の影はきわめて薄い。はっきりいって殺しの世界でも徹底して男の影が薄いところに特徴がある。これを観ると村上春樹の「1Q84」を想い出すだろう。男以上の殺人者「青豆」。あのイメージを先取りしているのである。
 主人公の江角マキコは、これがピークの作品だったのではないか。その後、いろいろあって、メディアからは消えてしまった。しかしこの映画をみると、それは惜しい。この映画は江角マキコ、山口小夜子、韓英恵という3人の女性によって組み立てられているノワール歌舞伎なのである。ノワール(白黒)だけど極彩色、オペラだけど歌舞伎、女だけど男(女らしい役はあまりない)、すべてを反転させて面白がる趣向、これまた清順の歌舞伎趣味なんだろう。
 で、この映画、傑作とは言えないが、意外に成功している。一般的な評価はあまり高くないようだが面白い。メーキングを見ると、スタッフも口を揃えて「監督は何を考えているか分からない」と言っている。だからこそ成功したのだ。分かりやすいストーリーを脱臼させて、山口小夜子も言うように「まるで写真を並べたような」、つながりの切断されたシークエンス。これは、歌舞伎役者を見せる映画なのだ。男が女を演じる歌舞伎でなく、女が男を演じるオペラ歌舞伎。リアルであることをあざ笑うかのような美術や背景。派手なアクションと桜吹雪。思いっきり歌舞伎オペラで遊んだ様子だ。ああこれが鈴木清順であり、こういうことをずっとやってきた人なんだなぁと納得する。

(平幹二朗がこの作品と遺作となった「オペレッタ狸御殿」に出演しているのだが、この役を原田芳雄がやったら、みごとにフィニッシュしたろうに、惜しいことである。)


「菊とギロチン」─夢以上の夢、そして、現実以下の現実


「頭でっかち」なアナーキスト革命家たちと「体でっかち」の女相撲力士たちの奇妙な連帯が時代の閉塞状況の中で「革命」の可能性。
 この両極端の意外な連帯が奇跡的に成就する(したかに見える)夢のような軽快な楽しさに満ちた前半部と、革命や連帯の夢が「現実」に翻弄されて崩れ去っていく過程をリアル以上にリアルに描いたしんどい後半部。観ることの楽しさと、見続けることが拷問のようになる後半との落差がすごい。
 前半は、「ギロチン社」と女相撲という「現実」に存在した両極端の邂逅を、構想30年という監督の着想がみごとに展開していって、なるほどこういう連帯がありえたか、という空想上の驚きと楽しさに満ちて成功している。ところが一転して後半は30年間考え続けた結果が、何でこういう終わり方になるのか、という釈然としない結末になる。なぜ、こういう終わり方になってしまうのか。そこを考えたい。
 そもそも、この映画の急所は、どこだろうか。
 女力士・十勝川が、その朝鮮人という出自のため農民や在郷軍人から理不尽なリンチを受ける場面だろう。助けにいったアナーキスト革命家と女相撲力士十勝川と農民・在郷軍人との鋭く対立する三角形があらわれ、戦いがあって、そしてすわ殺人かという寸前で農民の側から奇妙な共感が出現する。すると3者の奇跡的な連帯が、一瞬成立したかに見える。ここが前半と後半を分ける分岐点なのだ。
 問題はここからだ。「ギロチン社」のメンバーと「女相撲力士」と「農民・在郷軍人」との三者の「連帯」が、一時的な感情的な連帯に終わるのか、それとも実のあるリアルな連帯に変わるかどうか。そこがこの物語の前後を分岐させる分かれ道で、もっとも重要な場面だ。異なる属性や階級間の連帯が可能か、という社会学的な課題といってもいい。

 ところが、この重大な問いにたいして、この映画は答えない。アナーキスト革命家と女相撲力士十勝川は船で外部に逃れ、「農民・在郷軍人」たちは警察に連行されていく。このシークエンスからは、三者の奇跡的な融合と連帯が、あっけなく崩れ、夢が再び虚構の言葉の上だけのものに帰していった……というストーリー展開になったことが読みとれる。
 なんでこうなるのだろう。わざわざ虚実入り交じった「映画」として撮影されながら、どうして後半部にやりきれない「現実」をこれでもかというほど偽悪的に映し出すのだろうか。前半の夢の世界と、後半の現実の世界とを、対比したつもりなのだろうか。
 しかしこれは「現実」ではないだろう。むしろ「現実以下の現実」を描き出したのだ。前半部では、夢というか「夢以上の夢」を描きだしながら、後半部では「現実以下の現実」を描き出す。この対比が生み出す効果は大きい。しかし見終わったあと、とても陰惨な、やるせない疑問だけが残る。このように夢を持ち上げておいて、落として破壊するような映画に、いったいどんな「意図」があるのだろうか、と。意図せざる意図、なのか。それともたんなる失敗なのか。30年もかけたというからにはたんなる失敗ではない。考え抜いたあげくの夢の放棄、そして「現実以下の現実」の描写に新たな何かを賭けたのか。成功なのに失敗という、何か逆説的な思いをいだかせる問題作である。


「世界社会科学フォーラム」(WSSF)の初日、福岡国際会議場は入場する時から異様な雰囲気でした。厳重なセキュリティチェックがあり、事前登録以外は入場禁止、IDで身分確認。厳戒態勢のせいか、入ったとたん大きな会場は閑散。午後のセッションをなんとか無事に終えると参加者・報告者全員が3階のメインホールに集められました。「皇太子ご夫妻がご臨席されます」「これからセレモニーが終わるまでホールに入ることも出ることはできません」。国際会議場じたいがロックされ、SPが要所要所をかためてこちらを睨みつける。「動画や写真撮影は禁止です」。こういうメッセージがすべて英語。セレモニーが始まるとすべての挨拶が「ロイヤル・ハイネス云々」から始まる英国王室調。皇太子の挨拶もふくめてすべて英語でした。ふう。初めての経験でした。


シンガポールのタン・レンレン教授、タイやオーストラリアの参加者とともに

 

1995─セカイ系の始まりと崩壊

福岡市総合図書館シネラで石井聰亙監督の「水の中の八月」を観る。じつに不思議な映画であった。前半は高校生の青春恋愛映画、ちょっと「桐島、部活やめるんだってよ」的な展開なのかと思わせるが、中盤からおかしなオカルト的な要素が侵入してきて、やがてセカイ系へ変質していく。若者の恋愛がセカイを救うというセカイ系だ。まるで「君の名は。」だ。いまでは珍しくないかもしれないが当時は仰天ものだったのではないか。主人公は明らかに精神の異常をきたしているのだが、ボーイフレンドや周囲も彼女に共振してくる。物語のセカイ系的変質とともに映画がみるみる破綻していくのは鈴木清順の「悲愁物語」にそっくりでもある。主人公が悲愁物語の白木葉子そっくりになってくる。不思議な失敗作なのであるが、最後まで観てしまった。福岡市でロケされていて「あそこだ」的なご当地映画なことも一因だが、いろいろと考えさせられるのだ。破綻しているがゆえに、かえっていろいろなことを考えさせる映画になっているのだ。
まず、1995年という製作年に留意すべきである。「オウム事件の直前」である。そういう時代が刻印されている。そもそもオカルト的になっていくのも「ムー」という雑誌の影響なのだ。これ、オウム事件のあとだったら、けっして制作できなかっただろうし、公開されることもなかっただろう。オウムの前後で、オカルト、精神世界、世界を救う、というテーマ系がはっきり断絶するのである。
今となっては1995年前後の、オウム的な世界観の若者世代への跋扈が、想像しずらい。でも、当時はこんな映画にまで影響を及ぼしていたのか。驚きである。
その他、いくつか印象的なこと。草刈正雄、荒戸源次郎、天本英世などが出演している。荒戸源次郎は福岡高校の理科の先生役で不思議な味をだしている。福岡つながりなのか、なんと楢崎弥之助まで出演している。「国会の爆弾男」との異名をもつ福岡の元国会議員・楢崎弥之助(すでに故人)だ。私は彼の生前、いちど、飲み会でお会いしたことがある。どこかで見た顔だと思いながら、なかなか思い出せなかった。なぜ彼まで……。じつに不思議な映画である。


先週末、日本社会学会大会が甲南大学であり、ひさしぶりに神戸・三ノ宮に泊まりました。ここは、そうです。村上春樹の初期の3部作の舞台でもあります。おぼろげな記憶で、JR三ノ宮駅の北、たしかこのあたりに映画「風の歌を聴け」のジェイズ・バーのロケ地になったバーがあったはずだが・・・と探してみましたが、みつかりませんでした。あのバーどうなったのかなと、帰福後、ハードディスクを検索して昔の写真を探し当てました。この写真、いまから11年前です。当時、CS神戸さんを訪問したときに事務局長だった国枝さんといっしょに探し当てた時の写真です。ちゃんとピンボールもありました。映画のポスターもそのままでした。先日探し当てられなかったのは残念だったなぁ。あとで調べると、ほんの一筋、間違ってしまったのでした。

(なお、村上春樹の小説の中のジェイズ・バーは三ノ宮ではなく芦屋周辺の設定でした)。


ちゃんとピンポールもありました。

証拠となる映画のポスター

今も同じでしょうか?

 

東京に出かけたおりに上野の都美術館の「没後50年 藤田嗣治展」に行ってみました。フジタといえば昨年滞在したパリ国際大学都市の日本館にはフジタの大作がふたつありました。バロン薩摩治郎八が依頼したものだと思います。藤田嗣治展はNHKの「日曜美術館」でも紹介されていたので知りました。TVでは戦争画に協力したとされるフジタのなかなかに複雑な内面も紹介されていました。軍医の子として生まれ、パリで初めて認められた日本人画家として、狂乱の時代を過ごし、戦争に翻弄されながらも思いっきり転変していったフジタは興味深い人物だったと思います。精神的には不安定な人だったかもしれません。展覧会を見ると、初期からかなりの達筆だったことが分かります。それよりも展覧会を実際に見ていくとTVやWebで紹介されていた作品よりも他に、はるかに引き込まれる作品が多くあることが印象的でした。TVなどでは感じなかったことですが、輪郭線を墨でほそく描く技法は、じつはマンガの先駆者のようにも思われました。じつにポップです。裸婦が必ず傍らに猫をはべらせる構図も、何というか、俗っぽくて分かりやすい。下地に工夫をこらした乳白色も、あえて不思議に調和をゆがめた構図を浮かび上がらせています。裸婦で評判をとったあと世界放浪、戦争画のあとは日本と決別してフランスで宗教画を制作して死ぬという人生も、映画的ですね。フジタにはこのようなポップな特徴があったので人気を博し時代の寵児になったのでしょうか。TVやWebで紹介されていたのとは違う印象をうることのできた展覧会でした。会場は満員の混雑でしたね。http://foujita2018.jp/
(写真は数年前、パリ国際大学都市・日本館に滞在していた時に撮影したフジタ)


パリ国際大学都市・日本館がほこるフジタ

日本館の入り口にあるフジタ。名だたる仏文学者たちの多くがここで留学生活を送った。

訃報
NPO法人はかた夢松原の会・名誉理事長で元NPOふくおか理事長でもあった川口道子さんが老衰のため、9月15日午前10時半ころ、亡くなられました。享年97。大往生ですが、代わりになる人のいない、偉大な方でした。


2014年の新春の集い。川口道子さんが公式の会にお見えになった最後の会だったと思います。

2015年に老人ホームに入居中の川口道子さんをお見舞いした時の写真です