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利賀村のSCOTサマーシーズンで毎週末上演される野外劇+花火の競演「世界の果てからこんにちは」。悲劇と笑劇、花火と戦火とが渾然一体となって観客を引き込みます。いよいよ、明日で今シーズンの花火も終わりですね。先々週、利賀村にいたときに見た花火師さんたち、そして消防団が花火にそなえていました。合掌造りの古い家屋がいたるところにあるので、消防団が事前に放水して、火をもらわないようにしていました。はじめて見た準備風景でした。


利賀村からの帰り道、草むらで、間近にオニヤンマに出会いました。ほんの数十センチのところに止まりました。オニヤンマって、深い、青い眼をしていたんですね。しかも、羽音がはんぱない。ぶんぶんと命の鼓動を響かせて舞っています。この元気なトンボの羽音が、夏の終わりを感じさせました。


利賀村では、フェスティバルの最中、野外劇場が祝祭的な花火演劇「世界の果てからこんにちは」が上演されます。これは、他のどこでも見られないもので、まさに、利賀村に来た者だけの特権的な経験ですね。野外演劇の真上に、花火がつぎつぎに炸裂するのです。舞台では「海ゆかば」が流れ、大東亜戦争の経験が語られているのです。このときほど、花火と戦火とが近似して見えてくることはありませんね。
さて、舞台では、「女たちがさわいでいる」、何なんだ、「おとう、ニッポンがお亡くなりに……」という有名なセリフが語られることになります。これは、シェイクスピアの「マクベス」で、マクベス夫人が亡くなったという報を聴いたマクベスのセリフのパロディなのですが、毎年毎年、ほんとうだなぁ、ニッポンがお亡くなりになりつつあるなぁ、と観客に深く思い至らせるところでしょう。
今年は、それに加えて、「EUがお亡くなりに……」などというセリフもよぎりました。


今年も、夏の利賀村で「SCOTサマーシーズン」が始まりました。
九州からだと、途方もなく遠い(行きにくい)富山の山中にある「利賀芸術公園」ですが、今年も数千人の観客であふれています。
鈴木忠志とSCOT(Suzuki Company of Toga)は、もう30年以上にわたって過疎地の合掌集落に拠点をかまえて演劇に打ち込んできました。夏のサマーシーズンには世界中から人びとが集まります。いわば過疎地における村おこしの原型のひとつです。
ところで、鈴木忠志さんのトークで驚かされたことがありました。このサマーシーズンが始まった当初、利賀村の村民は1700人、そこに日本や世界から1万人以上がやってきていたそうです。現在も、集客力に変わりはありませんが(むしろ国際化が進んでいて海外からの客がふえている)、村民は500人にまで減少しました。数年内には170人ほどになるということです。たしかに利賀村には民宿も少なくなって、宿泊には苦労します。これを聞くと、日本における都市と地方との格差や「限界集落」問題の深刻さに、あらためて胸ふさがれる思いです。「地方」からみると、人口減少で「ニッポンがお亡くなりに」なりはじめているのです。


ブレイディみかこさんの講演会で質問者の役割を果たすことになったため、ブレイディみかこさんの著作を何冊か読みました。『ヨーロッパ・コーリング』(2016)『This is Japan』(2016)『子どもたちの階級闘争』(2017)などです。どれも勢いがあってぐぐっと読ませます。すごいですね。どこから、このチカラがやって来るのか、考えてみました。
まず前提として感じるのが、英国の「地べた」、最底辺の世界と、日本の現状とが、おそろしいほど類似しているということです。ブレイディみかこさんが描く英国の最底辺の保育は、日本とかけ離れているどころではない。まさにシンクロしている、ということです。福祉を切り捨て、緊縮財政のもとで社会サービスを切り下げている英国の最底辺部はひどいことになっているけれど、それは、現在の日本とそっくりなのだ、そう感じます。しかしそこから先が違う。英国が、その貧困や問題や最底辺を直視している(とりわけブレイディみかこさんは)のにたいし、日本は、それを直視することができない、いわば、見て見ぬふりをしてきた、いまだにしている、ということです。

たとえば、是枝裕和の映画「誰も知らない」は、まさに、日本の最底辺の児童の貧困、家族の崩壊を取り上げていました。実話にもとづくとされているこの映画では、最底辺の子どもたちの生活を、まさに「誰もしらない」、つまり、誰も知ろうとしない、見ようとしない、誰も助けようとしない、そういう残酷な「現実」を描いていました。
ブレイディみかこさんの著作を読みながら、この映画のことをしきりと思いだしていました。
日本だと、このような現実は、あったとしても、なかったことにする。つまり「誰も知らない」。ところが、ブレイディみかこさんは、まさに、この現実を具体的に描いて、そこにコトバを与えようとする。コトバを与えるということは、残酷な現実を伝えるということ以上のことです。現実を現実として放り投げるのではなく、むしろ、そのような最底辺の、皆が見たくない現実の中にこそ、救いがある、希望がある、という導きを見つけ出す、ということです。そのようなことが果たして可能なのか。可能なのだ、ということを、まさにブレイディみかこさんの著作は、伝えているのだと思います。


ブレイディみかこさんの講演「英国の今、そして日本は」(福岡ユネスコ協会主催、エルガーラ)が開催されました。会場は120名以上の参加者で満員でした。講演はEUからの英国のブレグジットがいかにして起こったのか、今後の英国の政治経済はどうなるか、といった硬派の内容でした。地元、修猷館のご出身とあって、同窓生もたくさん来られていたようです。講演の後半は、私が質問者になって、英国の保育のどこが良いのか、保育の日英比較、そしてEUの将来などについて、うかがいました。


学生たちもたくさん参加してくれました。懇親会はイタリア会館で行われ、これも盛況でした

このところ、ブレイディみかこさんの著作を何冊か読みました。『This is Japan』『ヨーロッパ・コーリング』『子どもたちの階級闘争』など。すごいですね。日本ではなかなか書けないことに、コトバを与えています。ブレイディみかこさん、福岡は修猷館の出身とも聞きました。中洲で働いてイギリスに渡ったとも。すごいですね。ぜひ学生たちにも聴かせたいのですが、肝心の学生たちが、夏休みで、来てくれそうもないです。


福岡ユネスコ講演会が開催されます。講師は、いま注目のブレイディみかこ氏(保育士、ライター、英国在住)、演題は「英国のいま、そして日本は?」、会場は、エルガーラホール7F・多目的ホール、2017年8月19日(土) 14:00からです。
私も、質問担当として、参加します。詳しくはここ



 

今年最高気温38度超という中で実施された九州大学オープンキャンパス。満員御礼の盛況でした。文学部の説明会など、3回にわけないと、大教室に入りきれなかったほどです。私は入試委員として、午後の模擬授業の司会進行などを担当しました。教室の外にでると生命の危険すら感じるような、すさまじい暑さ。熱中症なでは起こらなかったでしょうか。この異常高温、毎年のこととも思えません。昔はこんなではなかった。年を追うごとに熱くなってきているように思います。そんな中、たくさんの高校生に来ていただきました。冷房がきいている教室の中も熱くなるような感じでした。
研究室訪問では、学生たちが高校生に応対しています。こちらのほうでも、たくさんの高校生が来てくれました。


 

今学期の授業がすべて終わりました。社会学研究室では、大学構内で研究室主催の恒例のBBQパーティを行いました。2,3年生中心に、教員やOBやOGの参加もあって、盛況でした。4月に進学してきた2年生は、前期の授業への意見や感想など、思うところがたくさんあるようで、熱々の議論をふっかけてきたりするので、あまりゆっくりと焼き肉を食べることもできませんでしたが、楽しい夏の一晩でした。


東京の全労済協会の会議室にて開催された、NPO法人・市民福祉団体全国協議会の「社会政策問題研究会」にて、メンバーの方々を前に「グローバル資本主義の中の「非営利」─その意外な可能性」と題した講演を行いました。主として、ウェブマガジン「シノドス」に発表した2つの論文「グローバル資本主義の中の非営利─バーチャル政府の意外な可能性」と「介護保険のパラドクス─成功なのに失敗?」をベースにした報告です。そして、日本のNPO法人や非営利セクターの課題を、私なりに考えて、ひとつの提案を行ったものです。報告が2時間、質疑応答が2時間という濃密な会議でした。多くの質問をいただき、質疑応答も充実したものになった思います。



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研究会のメンバーや学生とともに、熊本学園大学を訪問し、昨年の熊本地震のさいに特筆されるべき「熊本学園モデルの避難所」を運営された花田昌宣先生や黒木邦弘先生に、その運営方針や理念などについてお話をうかがいました。その後、ボランティアで活躍している学生さんやボランティアセンターの方々にも、じっくりとお話しをうかがうことができました。熊本学園大学、がんばっていますね。


昨日は、九州南部の大雨の直後でしたのでちょっと心配でしたが、学生11名とともにゼミのフィールドワークで熊本県水俣市社会福祉協議会を訪問し、地域福祉活動コーディネーターの田代久子さんから、熊本地震での社会福祉協議会間の支援活動についてお話しをうかがいました。午後には、水俣市の地域福祉・ふれあいサロン、地域リビングなどの活動に参加させていただき、90歳を超える方々のお話しをうかがいました。さらに水俣病資料館でも副館長さんから濃密なレクチャーをうけました。大学からバスの乗車時間だけでも往復7時間の長旅でしたが、充実した一日でした。


ウェブマガジン「シノドス」に拙稿が掲載されました。
「グローバル資本主義の中の「非営利」――「バーチャル政府」の意外な可能性」です。
ご覧いただければ幸いです。
http://synodos.jp/welfare/19863


昨年の熊本地震や水害で大きな災害を受けた西原村へ、九州大学社会学の21名のゼミ生たちとともに、行って参りました。前々から、何かお手伝いをしながら、お話しをうかがえたらな、と思っていたのです。ちょうど、NPO法人宮崎文化本舗の石田さん井上さんたちから「熊本福幸祭「おもちゃ広場inにしはら」」のお手伝いに行きましょう、というお話しをいただいたので、参加することができました。ゼミ生を2班に分けて「おもちゃ広場inにしはら」のお手伝いをしながら、もうひとつのグループがあいた時間に、被災地NGO 恊働センターの鈴木隆太さんに、西原村をくわしくご案内いただき、復興支援の過程のご苦労をうかがうこともできました。鈴木隆太さん、石田達也さん、井上優さん、その他、西原村の関係者の方々、宮崎文化本舗の方々、たいへんお世話になりました。


あっというまにしばらく前のことになってしまいましたが、5月25日、九州大学文学部社会学研究室では、4月から進学してきた14名の新2年生の歓迎会をしました。社会学研究室は、3,4年生もそれぞれ16名、それに留学生や大学院生をいれると、50名以上の大所帯なので、生協の食堂を借り切って新歓コンパを行いました。みんな元気ではりきっています。


正確には20年と半年ぶりでしょうか。この日本社会事業大学(清瀬キャンパス)を離れて、九州大学に赴任したのが、1996年10月でしたから。
それ以来となります。なんだか懐かしいなぁ。でも、ほとんど変わっていないなぁ。しかし、やっぱり20年の年月が経っているのだなぁ。木々が一段と大きく野性味を帯びています。珍しいゴマダラチョウなどが輪舞しています。真夏にはもっと野生の世界になるのでしょうね。そして、日曜の午後など、ほとんど学生も人影もなくなって、しーんと静かになるところも、20年前と変わりません。隣接する土地に、巨大な新しい国立東京病院が建っているのにも、びっくりしました。このあたりは病院地区ということで、救世軍の病院など、たくさんの病院群があります。かつての結核療養所の跡地だからでしょうか。20年前までは、花小金井の官舎からクルマで通っていたから、清瀬駅にはほとんど縁が無かったのですが、今回、関西学院大学の白波瀬達也さんから、清瀬にはディープな時計屋さんがあるとか、いろいろと教えられました。また来る機会があったら、この清瀬界隈を探検したい。ジブリの宮崎駿さんが、もののけ姫でテーマにした「国立療養所多磨全生園」もこの近くのはずです。


先週、福祉社会学会大会が開かれた「日本社会事業大学」は、現在は清瀬の土地にありますが、20数年前までは都心の原宿にありました。そして、私が初めて勤めた大学、20年前まで勤めていた大学です。大学院をおえて初めて就職したこの大学は、当時、原宿の竹下通りを下ったところにある不思議な大学でした。それは「日本一小さな」(何しろ一学年百数十人のみ)「国設民営」(国の土地建物だが運営は私学法人)の「ソーシャルワークの単科大学」という不思議な存在でした。そもそも原宿のキャンパス建物じたいが「海軍の博物館」だったものを大学にしたのです。GHQが接収して、二度とファシズムが勃興しないよう、日本政府に社会福祉を教える大学の設立を命じたものだと言われています。文部省はそれを断わったので、旧厚労省がやむなく引き受けたといわれています。当時から、社会福祉と文科省とは、そりがあわなかったのですね。私の研究室は、中二階にあり、古地図をみると「東郷元帥遺品室」とありました。遺品の陳列室だったのです。入り口の空間には、零戦が展示されてあったともいいます。魚雷の模型も、くちはててすみにおしやられていました。極めつけは、いざというとき、この博物館の地下から、秘密の通路が明治神宮までほられている、というものでした。ほかにも、旧海軍の宝物が隠されているはずだとか、いろいろな噂(というか都市伝説?)がありました。(余談ながら、この秘密通路は、後にじっさいにあったことが証明されました)。なつかしいなぁ。その後、中曽根民活で、都心の一等地ということで売却され、この原宿キャンパスは、いまや跡形も無く、セコムかなにかの巨大なビルに建て変わってしまいました。隣接していた「東郷女子学生会館」も消滅してしまいました。猫がたくさんいる、都会のオアシスだったのですが。いまは昔となりました。


九州大学安立ゼミにゲスト・ティーチャーとして、NPO法人・宮崎文化本舗の石田達也さんに来ていただきました。テーマは、熊本地震におけるNPOの支援についてお話しいただきました。その後、ランチタイムの時間には、学生も弁当持参で、様々な質疑応答に答えていただきました。このあと、石田さんはクルマを運転して、はるばる宮崎までお帰りになりました。夜には歓送会があるそうです。タフですね、超エネルギッシュですね。