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8月15日が近づき「日本のいちばん長い日」(岡本喜八、1967版)をみました。2時間半以上の大作です。驚いたことにシネラでこんなに多くの観客をみたことがない、というくらいに多数の観客がつめかけていました。長いけど長くない。行き詰まる緊張。三船敏郎の阿南陸軍大臣が抜群にいい。ついで笠智衆の鈴木貫太郎首相。そして反乱軍の中心人物を演じた中谷一郎。
2015年版も話題のようですが、この岡本喜八版もすごいですね。1945年8月14日から15日にかけて、こんな226事件のようなことが起こっていたのか。知らなかったことばかりで驚きの連続でした。
ところで、この映画、全編「国体護持」を巡っての議論と攻防戦なのですが、まったく出てこないのが、戦争責任や苦しみに苦しみぬいた国民への謝罪の意識。最後の最後まで「天皇の戦争」で、国民なんか意識の中にはなかったということでしょうか。国民への謝罪もないのだから、当然、アジア諸国への謝罪もない。それが戦後70数年たっても、アジア諸国との軋轢として尾を引いていますね。
ところで、この映画、昭和天皇も見たそうです。どんな気持ちで見たのでしょうか。



映画の中では、ポツダム宣言を受け入れるかどうか、つまり「敗戦」を受け入れるかが問題なのに、陸軍は「本土決戦」をちらつかせながら、どう敗戦でなく「終戦」と言いかえるかを真剣に議論しています。その結果、客観的にみれば「敗戦」なのに、主観的には「終戦」になっています。このねじれが、現在にいたるまで、日本の戦後処理の問題になりつづけている気がします。

沖縄の粟国島を舞台にした、じつに沖縄らしい映画「ナビィの恋」(1999)を観た。もう20年も前の映画だ。主役の二人、平良とみと登川誠仁も、すでに亡くなっておられる。この映画、観てみようと思わせたのは、沢木耕太郎の映画評である。『シネマと書店とスタジアム』と『銀の森へ』の両方に収録されている。
沢木耕太郎が書いていたな、くらいであまり考えずに見始めたところ、これは深く、面白い映画だということがすぐに分かった。見終わったあとで、あらためて沢木耕太郎の映画評を読むと、これがじつに正鵠を得ている。「この映画は、ナビィ(平良とみ)の恋のように見えて、じつは、恵達(登川誠仁)の恋の物語である」と述べているのだ。まさにそのとおりだった。表面的にはこの映画は、79歳のおばあ(ナビィ)の初恋のおじいとの逃避行、という筋立てなのだが、それでは受け狙いの底の浅いストーリーだ。とても説得的な脚本とは思えない。そうではなくて、この映画が、恵達のナビィへの想いの深さを描いた映画だとすれば、これはじつに深くて沖縄的な説得性をもった映画と見えてくる。
沢木耕太郎も書いていたが、役者の平良とみ(「ちゅらさん」の有名なおばあ役)を上回っているのが、唄者の登川誠仁なのだ。登川誠仁ぬきには、この映画は成り立たなかっただろう。その点でも沢木耕太郎の映画評は慧眼だった。
付け加えれば、「ちゅらさん」は波照間島の話だった。粟国島はさらにそれよりも話題になりにくい離島である。こうした離島にこそ、楽園がある、というメッセージでもあるだろうか。おそらくそうとばかりも言えないのだろうが、しかし、この映画を観たあとでは、そう信じたい、そう信じてあげたい、という気持ちにつき動かされる映画なのだ。


中村哲さん(ペシャワール会、PMS、九州大学特別主幹教授)の講演会が、九州大学伊都キャンパスの椎木講堂でありました(2019年8月5日)。中村さんの講演を直にきくのは初めてでした(EテレやYouTubeでは何度も聞いたことがありますが)。その人柄そのもののように、てらいや誇張のない、しかし深いお話しだったと思います。残念なのは、学生の参加が少なかったこと。ちょうど学期末の試験週間で、学生たちは試験の最中か、もしくはすでに夏休みに入って伊都を離れてしまったのでしょうか。学部生や院生こそ、聞くべき内容だったのに、と思います。


シネラで手塚治虫と虫プロの初期作品を観ました。印象は……微妙ですね。
まず「記念すべき虫プロの第一作」という「ある街角の物語」(1962)。わずか39分の作品ですが、この39分が、途方もなく長く感じられました。いろいろと実験的な試みをしているのでしょうが、音楽とアニメーションだけのこの映画、いったい手塚治虫が何をしたかったのか、分からない。相当な意気込みと費用と時間をかけて作ったのでしょうが、そこまでして作りたかったものが……分からない。なぜ、この作品を作ったのか、アニメーション制作のための会社まで作って……その意図が分からない、そういう作品でした、私にとって。39分がとても長く感じられたのです。
ついで「展覧会の絵」(1966)。これも言わずと知れたムソルグスキーのオーケストラ作品にアニメーションを乗せたものです。ディズニーの「ファンタジア」の向こうを張ったものと解説されているのですが……これも、分からない。手塚の才気は見えるし、面白い場面もあるのですが、全体として、なぜこの作品が作られなければならなかったのか、なぜ手塚はこの作品を作ったのか、それが分からない。
音楽だけなら、こんなことはない。音楽にアニメーションが乗ったとたん、しかも音声やセリフ抜きのアニメーションだった場合には、1+1が2になるのでなく、なぜか、マイナス2になったような気分です。これ、不思議ですね。じつに不思議な気がしました。


「ある街角の物語」(1962)

「展覧会の絵」(1966)

夏休みの親子むけ映画特集ということで、シネラでは、なかなか渋いアニメ映画のラインアップです。
まずは、高畑勲監督の「太陽の王子、ホルスの大冒険」(1968年、東映動画)。これ、じつに興味深い映画です。子ども映画だが子ども向け映画ではない。ジブリ以前の高畑勲さんや宮崎駿さんの姿がくっきりと浮かび上がってきます。制作された時代背景がなにしろ1968年。悪魔に村を滅ぼされた村人たちが、ホルスという外来の貴種(太陽の王子!)の活躍によって立ち直っていく。しかしホルスは途中で何度も村人に裏切られたりしながら、村人を信じ続けて悪魔を倒す。重要な脇役として、悪魔の妹が、悪であることに懐疑をいだき、悪になりきれず、兄を裏切ることで、善玉王子たちが勝利する。その勝利の仕方は労働者たち(村人)の団結と連帯である……なるほどねぇ。高畑勲さんや宮崎駿さんは、こういう世界観の中から生まれ育ち、やがてジブリ的な世界観をもった映画監督になったんだなということが分かります。この映画って「千と千尋の神隠し」の世界観とは真逆ですからね。
宮崎駿さんは40年かけて「ホルス的世界観」(それはハリウッド的な世界観でもある)をひっくり返して「千と千尋の神隠し」へと到達したんだなぁ、ということを深く考えさせられました。


参院選に向けていろいろな議論がなされています。大きな話題のひとつは、今回もまた投票率の最低を更新するのではないか、とくに若者の投票率がどこまで落ちるか、ということだと思います。選挙のたびに、ゼミや授業でもこの話題を、学生とディスカッションするのですが、意想外の答えが出てきたりして、なかなか面白いのです。大学1,2年生からは「感心がないわけではないが、何も知らない私たちが投票していいものか、責任感が重くて投票できない」など。これは意想外でしたね。
さて、その後「思考実験」をしてみたのです。「このまま順調に投票率が下がり続けると、最終的に、どこまで落ちるだろうか」「国政選挙なのだが、投票者ゼロということはありうるだろうか」「投票者がたった一人の場合でも、選挙というのは成立するだろうか」「投票率がどこまで下がると選挙の正統性が失われるだろうか」などなど。
かつて柄谷行人は「選挙などやめて、くじ引きにしたら良い」という大胆な提案をしていました。現状をみていると「選挙よりもくじ引きのほうが民意を反映する」という皮肉なパラドクスが、にわかに現実味を帯びてきたように思います。


日本病院ボランティア協会から「病院ボランティアだより」№245(2019年6月号)が送られてきました。この5月に私が福岡国際会議場で行った福岡研修会での講演が報じられています。なんと7ページにもわたって私の講演内容が詳細に掲載されています。当日のことが思い出されます。みなさん熱心に聞いて下さいました。詳細については、日本病院ボランティア協会のホームページからお問い合わせ下さい。
https://www.nhva.com/


この秋に香川の丸亀市にいくことになりました。そこで録画してあったNHK・BSプレミアムの「新日本風土記」の「うどん」という番組を観ました。中でも一番こころに残ったのが、多度津町の小さな小さなうどん店のこと(画面からは多奈加という店名が見えます)。だいぶ高齢のおじいさんとおばあさんが朝4時に仕込みをはじめて、地元の人むけに一日わずか30食ぶんしか作らないといううどん店です。お客さんは平均10人くらい、1食280円といいますから、これで生活できるのか心配になります。しかも高齢の常連さんは一杯を食べきれない。それを自宅まで届けています。これが香川うどんの心なんでしょうね。香川うどんのディープさを教えられました。
でも、こういうお店、いったい、どうやって見つけて取材したんでしょうか。「新日本風土記」は、地方局に配属された新人ディレクターの「卒論」みたいなものなのだと、制作統括の方がおっしゃっていました。数年間の赴任の間にあたためた企画や素材を、最後に「卒業制作」のようにして作り上げる。もちろ渋谷のNHKの地下に一週間くらい滞在して徹底して編集し、それを多くの関係者がコメントして作り込んでいく……なるほど、NHK地方局の底力すごいです。


福岡市図書館シネラで黒澤明の『羅生門』を観ました。学生時代に一度観ているはずですから約40年ぶりの再見です。驚きました。あまりにも覚えていないことばかりだったので。なるほどこうだったのか。

事件の関係者3人が3様の「事実」をしゃべる──つまり3人の異なった殺人者が現れる、とくに3人目は巫女が出てきて死者を代弁する。これは夢幻能だ。そういえば竜安寺の石庭のようなところに関係者が並べられていて、あぁこの映画は能舞台なのだ、能仕立てだったのだ。
さらに多襄丸の三船は「七人の侍」の菊千代にそっくり、志村喬や千秋実、加東大介とともに「七人の侍」はもうここから始まっていたのだ。
結論。映画は一度観ただけでは分からない。本と同じように二度、三度と観るたびに違って見えてくる、違ったものが見えてくる。これって「羅生門」のメイン・メッセージだったんだな。



じつは芥川龍之介の原作にはない第4の視点として、最後に杣(そま)売りの志村喬も語るのです。でもこれで殺人者が4人になるわけではなく、また、この杣売りが、最後にどんでん返しのような形で、黒澤明的なヒューマニズムのオチをつけるところが、ちょっといまいちな気がします。

 「大阪市宅老所・グループハウス連絡会」から勉強会に呼んでいただき「介護保険と非営利組織はどこへ向かうか─福祉系NPOのこれから」というお話しをしました。G20大阪サミットと梅雨入りの大雨で交通の影響がありましたが、熱心な皆さんにお集まりいただきました。
 当日の課題は、介護保険20年でなぜNPO法人がこんなにも苦境に立つようになってしまったのか、という疑問を解くことでした。
 認定NPO法人・市民福祉団体全国協議会のホームページに掲載された私の論文「介護保険と非営利はどこへ向かうか」を踏まえてお話ししました。その原因のひとつは当初の制度設計にあるのではないか。営利と非営利の事業者を区別せずに混ぜてしまった疑似市場の仕組みの結果、行動経済学のいう「市場が道徳を締め出す」現象が起きているし、「ビッグデータ」を活用して超複雑怪奇なシミュレーションを駆使して介護報酬を微調整していく仕組み、その結果、巨大な中央管理システムが、営利でも非営利でもない「半営利」の仕組みを生み出していることなどを論じました。この結果、制度(というか財政)の持続可能性は高まるかもしれないが、介護保険が一種のブラックボックスのようになった結果、当初の目的だった「市民による福祉」、住民参加や市民参加による「市民福祉」や当事者のエンパワメントなどは、蜃気楼のように見えなくなってしまったのではないでしょうか。
 このような現状にたいして、小竹雅子の『総介護社会』は、障がい者の自立生活運動をモデルに、上からの押しつけパターナリズムになりやすいサービスの現物給付だけでなく「現金給付」にこそ、利用者を当事者にしていくエンパワメントの可能性があると論じているのではないか。介護保険の「改正」につぐ改正で、住民参加・市民参加型らしさを脱色されてきた中で、行政や事業者の上からのパターナリズムを克服していくこと、利用者や消費者を当事者へと転換していくエンパワメント機能にこそ、NPOらしさがあるのではないか、などと論じました。
 最後に、レスターM.サラモンの『NPOと公共サービス―政府と民間のパートナーシップ』を解読しながら、現状では、行政とNPOとが「二者関係」の中で、いつのまにか上下関係や支配・被支配関係になりがちだと説明しました。サラモンによれば、NPOが行政と対等になり得るのは「三者関係」の中においてのみだといいます。アメリカの福祉システムの特徴は、行政とNPOの関係が「二者関係」ではなく、両者の上に「第三者」が存在することです。それこそ「第三者による政府」です。これは行政とNPOとが、ともに立場をこえて、互いが一種のバーチャルな存在となって「第三者による政府」を作るということです。つまり現実の上に「バーチャルな福祉システム」をつくるところにポイントがあります。バーチャルな関係ですから不安定ですが「二者関係」を超えた「三者関係」が生み出せないと、かならず行政によるNPO支配が始まることになると言います。対決や対立でなく、協力・協働するということは、このバーチャルな新しい関係を作ることだと言います。コトバの上だけではなく、半実体となった協力関係が作れるかどうか、それこそが非営利組織がこの世界に根づいて、社会を変えていくことなのではないか。そういうことをお話ししました。


先日のこと、用事のついでに中州を通りました。ちょうど山笠のはじまりの季節でした。自転車だったので、ついふらふらと面白そうな「人形小路」なる脇道へ入りました。昼間の中州は探検するとじつに面白いですね。まるで新宿のゴールデン街のような摩訶不思議な非日常の世界が広がります。
そこで「イエスの方舟の店・シオンの娘」という不思議な店に遭遇しました。昼間だったので営業はしていませんでしたが、その店がいまだに存在することに心底驚きました。「イエスの方舟」事件は、調べてみると1979年から80年のことですから、オウム事件のはるか前、すでに40年も前のことです。メディアでスキャンダラスに報道された後、今度は一転して千石イエスとその活動は、思想家たちから高く評価されたりしました。喧喧囂囂、こういう話題は評価が難しい、その後のオウム事件の報道にも影響を与えたとも言われています。「おっちゃん」と呼ばれた千石イエスは亡くなったようですが、その「娘」たちの「お店」がこうして中州の中に存在し続けていることに、心底驚いたのです。

(詳しくは朝日新聞の記事にもあります)


ここがイエスの方舟の店、シオンの娘

  人形小路という小さな通りに面していました

中州流の山があります


だいぶ前の記事ですが、朝日新聞の記事によれば、中はこんな感じのようです。いまでも、こんな雰囲気なんでしょうか。

宮沢賢治に「圖書館幻想」という短いが奇妙な、幻想的なというべきか、一読しただけでは何のことやらわけの分からない作品があります。
上野の図書館に、「ダルゲ」という奇妙な人に会いにいく話です。
これが、宮沢賢治にとってきわめて重要な、ある親友との再会と訣別のもようを描いた作品だということを、最近みたNHK・Eテレの「宮沢賢治─銀河への旅」で教えられました。
そこで、東京に出かけたさいに、この図書館に行ってみました。(上野に実在します。国際子ども図書館─もとの帝国図書館です)
館内で調べてもらって、宮沢賢治がダルゲと会った部屋(一般閲覧室)を確認しました。いま、ちょうど、イランの子どもの絵本展をやっていました。ここは撮影できなかったので、ここに似た部屋をご覧下さい。


*以下、宮沢賢治の圖書館幻想の一部
 そこの天井は途方もなく高かった。全體その天井や壁が灰色の陰影だけで出來てゐるのか、つめたい漆喰で固めあげられてゐるのかわからなかった。
 (さうだ。この巨きな室にダルゲが居るんだ。今度こそ會へるんだ。)とおれは考へて一寸胸のどこかが熱くなったか熔けたかのやうな氣がした。
 高さ二丈ばかりの大きな扉が半分開いてゐた。おれはするりとはいって行った。
 室の中はガランとしてつめたく、せいの低いダルゲが手を額にかざしてそこの巨きな窓から西のそらをじっと眺めてゐた。
 ダルゲは灰色で腰には硝子の蓑を厚くまとってゐた。そしてじっと動かなかった。


今月は「シネラ」で「近年話題となった注目のアジア映画の特集」をやっていたので「バーフバリ 伝説誕生」と「バーフバリ 王の凱旋」(ともに完全版)を2週にわけて観てしまいました。それぞれ3時間近くの「大作」です。世界的に大ヒットしたらしいです。でも、この見おわったあとの虚脱感というか虚無感は何でしょう。こんな映画を見ていていいのだろうかとか、お気楽・脳天気な世界観だなぁとか、まるでプロレスを映画にしたような、いやプロレスラーによるプロレス映画なんだな等々。見始めて1時間を超えるころから、退屈して頭をよぎりはじめるネガティヴなコトバたち。「何度観ても面白いね」という声も聞こえましたが、ほんとですか? 私はもう二度と見ないと思うけど。
でも、後半には「国母」なる人物がちょっとシェイクスピアの「マクベス夫人」を思わせる狂乱の様相になったり、主人公がリア王的になってきたり、面白いといえば面白いとも言える。
最後の最後に主人公が敵を討ったあと国王となって鎮座するシーンなどは「ああ、これこそ、宮崎駿監督が、ぜったいにこういう終わり方にしたくないと、「千と千尋の神隠し」で苦労に苦労を重ねた、もっとも避けたかった最悪の典型パターンだ」と痛感させられたり、けっこう見所はあったというべきかもしれません。
でも、この贅をこらした、おカネをかけた、こってりした映像美。単純明快すぎて「ストーリーなんかいらないじゃん」と言うほどのストーリー。これがインド映画なんでしょうか。いや、世界中の映画がこうなってきているのでしょうか。

(今月みたアジア映画の中では「ラサへの歩き方─祈りの2400キロ」のほうが比較を絶して優れた映画だと思いましたけれど……)


6月のシネラは近年話題となったアジア映画特集です。今日は「ラサへの歩き方 祈りの2400km」という映画をみました。ほとんど事前知識ゼロで観ましたが、これは凄い。これは、映画として傑作だ。
セミ・ドキュメンタリー的に作られた映画のようですが、チベットの端の小さな村から、村民11名が「五体投地」しながら1200キロはなれたラサへ巡礼にでるというのです。その後、さらに冬の高山カイラス山へこれまた五体投地しながら巡礼するという途方もないストーリーなのです。途中で、陣痛が始まって赤ちゃんが生まれたり、自動車事故にあったり、トラクターを人力で押して峠を超えたり、さらには長老がカイラス山ふもとで亡くなったり。この波瀾万丈の物語が、全然ドラマチックにではなく、じつに淡々と、じつに平穏に、じつに静かに平和に描かれている。女性たちが5人も巡礼に参加していて、最年少の女の子は小学生だ。この子が、じつにステキですね。ふつうは「千と千尋」のごとく、この年齢の女の子はこのセカイへの不平・不満でいっぱいで、本格的な反抗期ではないのですが、ぶうたれているのが普通なのに。この子は、その対極です。じつに素直、じつに平和、じつに楽しそうにのびのびと五体投地している。おそらく映画的なフィクションなんでしょうが、この子が登場したことが、この映画の成功の半ば以上をにぎっていると言って過言ではありますまい。この子には、魅了されてしまいますね。
あとで調べたら、全世界的にヒットした映画のようですが、これは素直にすごい。「ロード・ムービーの傑作」だそうです。言われてみれば、これこそ「ロード・ムービー」ですね。

*この映画のホームページはこちらhttp://www.moviola.jp/lhasa/


6月30日に大阪府社会福祉会館にて「介護保険と非営利組織はどこへ向かうか」と題してお話しします。
これは認定NPO法人・市民福祉団体全国協議会のホームページに掲載された私の論文「介護保険と非営利はどこへ向かうか─小竹雅子『総介護社会』を読む」を読まれた方々が、もっと詳しく聞きたいとのことで、勉強会にお呼ばれしたのでお話しするものです。
「介護保険と非営利はどこへ向かうか─小竹雅子『総介護社会』を読む」は、介護保険が「成功なのに失敗」と位置づけられ、制度の持続可能性のみ追求されるようになり、当事者やNPO法人など民間非営利組織の意見など聞かれることなく制度改正が続けられていく現状にたいして、障害者福祉の立場からみると「現金給付」の意外な可能性があること、営利と非営利とをいちど混ぜてしまうと、元には戻りにくいこと、NPO法人は介護保険という疑似「市場」の外の可能性をもういちど考えるべきではないか、という問いかけの論文になっています。


私たちが定年退職後に「居場所」を求め、「生きがい」や「やりがい」を求めるとすれば、それは「シーク&ファインド」の試みにほかなりません。退職後のセカンドステージの「居場所」は、たんなる「居心地のよい場所」ではありえません。それはコール&レスポンスやシーク&ファインドが起こる場所、まさに、社会からの「呼びかけ」に耳を傾ける場所、つまり生きる意味を「シーク&ファインド」する場所に他ならないのではないでしょうか。ボランティア活動や様々な社会活動、それはたんに退職後の「生きがい」や「やりがい」を模索するだけではない。私たちの生きる意味そのもののシーク&ファインドではないのか。そういう暫定的な結論を申し上げて、講演をとりあえず閉じさせていただきました。


では「呼びかけ」を聴くということ、それはどういう経験なのか。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」がそのエッセンスを伝えています。ジョバンニは「銀河鉄道」に乗って宇宙の果てまで行こうとしたのですが、宇宙の果てまでいくことが目的だったのでしょうか。そうではないと思います。
「銀河鉄道」の中で、死者の語る「声」に耳を澄ませていたのではないでしょうか。つまり「銀河鉄道」は死者からの「呼びかけ」を聴く場所、まさにコール&レスポンスの起こる場所だったのではないか。宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」も、宮沢賢治を非常に意識しつつ、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を現代社会の中で乗り越えたいという強い想いから作られた映画と言えます。「千と千尋の神隠し」では「神隠し」のこのセカイの中で、カミは天空にいるのではない、宇宙の果てにいるのではない、むしろこのセカイの中に、このセカイの奥深くにこそいるのだ、そういう世界観を描いているのではないでしょうか。湯屋という現代の歪んだセカイから脱出した千尋が「水中鉄道」に乗るのは、そのためではないでしょうか。千尋もまた、水中鉄道の中で死者からの「呼びかけ」に耳を澄ませているのではないでしょうか。


続いて「定年とは何か、定年をどう乗り越えるか」を考えると……「コール&レスポンス」と「シーク&ファインド」(村上春樹)が重要になる。ジャズ音楽のエッセンスであるアドリブ演奏は、コール&レスポンスが基本。前奏者にコールされることによってレスポンスが生まれて続いていく。音楽の神様に「呼びかけ」られることによってクリエイティブなレスポンスが生まれる。これって「ボランティア活動」が生まれる基本メカニズムではないのか。誰かに「呼びかけ」られること、もっと言えば「社会」や神からの「呼びかけ」を聴くこと、聴けること、これこそ退職後の「生きがい」や「やりがい」を持てることの基本的なメカニズムなのではないか……そう論じました。


宮崎県立西都原考古博物館で「定年と諦念を超えて─セカンドステージと居場所づくり」というお話しをさせていただきました。私たちは「定年」をあたかも年齢による自然現象のように諦めとともに受け入れてしまうけれども、宗教的な国アメリカではそうではない。人種差別や性差別と同じく「年齢」による「年齢差別」であるとされる。ここはなかなか考えどころ満載のポイントなのですね。宗教的な次元にたって考えれば、神から与えられた人権を、人間がかってに奪おうとしているということになる。つまり「(神の)法による支配)」でなく「(企業という)人の支配」そのものだ。そこで「人間による人間の支配」に対抗するNPOという社会運動が起こる。それは世俗的なだけでなく宗教的な次元からも正当化される「教会のような協会」ということになる…「高齢者による高齢者のための高齢者NPO」は宗教的にも正当化される……。こういうイントロダクション、ちょっとあまりにもいきなりなので理解されるかなぁと思いながら話し始めました。つづきはまた。


先週は宮崎に講演をかねてNPO法人の見学に行ってきました。2日間にわたってとてもパワフルな宮崎のNPOを見学させていただきました。まず「みやざき子ども文化センター」では、その事業内容にも驚きましたが、最近では「子ども食堂」を支援。代表の片野坂千鶴子さんのお話しをうかがったあと、当日はちょうど来ていた「子ども食堂」のコーディネーターの黒木淳子さんにもお話しをうかがいました。さらにちょうど事業者の方が「子ども食堂」に支援物資を寄附されにきて、すこしお話しをうかがうことができました。なるほど「子ども食堂」にはまだまだ様々な可能性があることが分かりました。その後は障害者の自立生活を支援するNPO法人「ヤッドみやざき・PAみやざき」を訪問。ここではまず建物に度肝を抜かれました。事業高もさることながら、その事務所オフィスがただものではない。貧しく小さいNPOではなくて、むしろこれからの非営利組織の「夢」というか、NPOもここまで行けるのだ、NPO法人こそこういう夢を目指さねばいけないのだ、というビジョンを体現している団体だと感じました。さらに翌日は「ホームホスピス宮崎」と「かあさんの家」を訪問。理事長の市原美穂さんに、お話しをうかがったあとじっさいに「かあさんの家・霧島」を訪問して利用者家族やスタッフの方々にお話しをうかがいました……どれも他に類を見ないパワフルなNPOばかり。二日間、ほかではなかなか味わえない濃厚な時間でした。