From the monthly archives: "4月 2026"

西日本新聞の名物記者だった川上三太郎さん(本名・川上弘文)が亡くなりました。私は「はかた夢松原の会」の活動をつうじて川上さんと知り合いました。川上さんは、この会の創設者の一代記『女の一生 川口ミチコ聞き書き』を出されています。川上さんは、じつに不思議な方で、上からメセンで取材する人ではなく、地に足をつけたユニークな活動をする方々を、興味津々のあたたかく対等な目線で取材される記者でした。こういう新聞記者は、いそうでいて、あんがいいませんね。彼の「なんしようと」という連載記事に私たちも取り上げられたことがあります(2009年の記事です)。ご冥福をお祈りいたします。


檀一雄の能古島の家
先日、福岡市総合図書館シネラで映画「火宅の人」(1986)を観ました。無頼派という原作者の檀一雄の人生──映画ですから脚色があるでしょうが、いまではありえないようなストーリーで唖然としました。昭和という時代を感じます。檀一雄は、晩年、能古島の家に住んでいました。小説「火宅の人」は亡くなる直前、九州大学病院に入院中に口述筆記されたそうです。能古島といえば博多湾にある小島です。春のこの時期、子どもたちが小さいころは毎年、桜と菜の花を見にでかけていました。フェリーでわずか10分ほどですが別天地のような島です。これは22年前(2004年)の写真ですが、能古島の港ちかく、岡の上へちょっと上がると檀一雄が晩年住んだ家が当時は廃屋となって放置されていました。これは忘れ難い風景でした。今は長男の檀太郎さんご夫妻が新築された家に住んでおられるようです。


福岡の「宅老所よりあい」代表の村瀨孝生さんと私との共著『介護のドラマツルギー』ですが、3月21日には読売新聞・夕刊で、大きく紹介していただきました。
介護やケアの本として紹介されるのかと思っていたら、意外にも「アンチ・アンチエイジングの本」として紹介されました。なるほどそういう読み方もあったかとちょっと驚きました。考えてみたら、そのとおりですね。老いやエイジングを否定せずにどう正しく受容するかをエピソードから考えている本ですからね。以前から「宅老所よりあい」に関心をよせていた高橋源一郎さんの本と並べて紹介されたのも嬉しいことでした。こういう化学反応のような読まれ方もいいですね。

【読売新聞オンライン】先日の読売新聞・夕刊の記事です。読売新聞オンラインでも紹介されています。
「アンチエイジングに抗う新刊 作家の高橋源一郎さんや福岡の特養老人ホーム代表らが『老い』を考察」
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/interviews/20260323-GYT1T00139/


「ツィゴイネルワイゼン」を観る
2026年4月、福岡市総合図書館シネラで久しぶりに鈴木清順の映画「ツィゴイネルワイゼン」を観ました(フィルム上映で)。
1980年の映画ですから46年前の映画になります。この映画が公開された当時の自分史と重ね合わせると、駒場から本郷へ進学したころです。本郷の社会学研究室には不思議な先達として橋爪大三郎さんがいました。当時、無所属。しかし先生以上の先生として尊敬を集めていました。地下室では橋爪さんを中心に秘密めいた研究会が開かれていました。そこで橋爪さんのガリ版刷りの原稿「ツィゴイネルワイゼン: 知の擬態」を読みました。これには大きな衝撃を受けました。なんと、この映画は日本の近代的な知識人の本質的な「弱さ」が描かれているというのです。一見、近代的なインテリ知識人にみえるが、それは「本物への擬態」ではないか。
レコードの中でサラサーテが演奏中に何か呟いている。それを必死に聴き取ろうとする主人公の二人。これこそ近代化日本の知識人の似姿そのものだというのです。当時の橋爪大三郎さんは「無所属」。どこにも職をもたず、小室ゼミや自主研究会などで若い院生を指導しながら、膨大な手稿を書き溜めていました。それらはのちに出版されていきますが、当時はまだ知る人ぞ知る、といった存在でした。橋爪さんは、当時の学会やアカデミズムは、まさに「知の擬態」だと批判的に見ていたにちがいありません。だから、この映画を、大学や学会やアカデミズムへの批判として、さらに自分自身への鞭撻として真摯に受け止めたのではないかと思うのです。
この論考は衝撃的でした。映画の中に社会学を見つける。こういうことが可能なのか。それを教えられたように思ったのです。
社会学に進学したばかりの時でした。