熱中小学校の翌日、熊野古道のディープなご案内をしていただきました。修験道の先達によって拓かれた古道は、その後、国道などの生活道路になると、その痕跡が見えなくなると言います。その意味で、厳しい、不便な道だけが、古道、として残ったのかもしれません。先月の四国の「お遍路道」でも感じたことですが、お寺や札所が「目的地」ではないのだと思います。点と点をつなぐ「道」こそが大切なのだと思います。お遍路さんは「同行二人」だと言います。熊野古道も、この大自然と道こそが「霊場」であることを体感する場なのではないかと思います。


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