From the monthly archives: "4月 2022"

西日本社会学会年報2022に、拙著『超高齢社会の乗り越え方』の書評が掲載されました。評者は山口県立大学の坂本俊彦さんでした。著者が介護保険に「現金給付」を新設する必要があると述べている、とありますが、ここはそう読まれてしまったでしょうか。もしそうだとしたら、私の意図が縮小されて伝わってしまったのだと反省させられました。改訂する機会があれば、ここは書き直したいと思いました。


見田宗介先生がお亡くなりになりました。新著『ボランティアと有償ボランティア』をお送りしたところ、見田先生から年賀状をいただき、「おもしろそうな本ですね」とありました。「おもしろい本ですね」と言っていただけるようになりたかった・・・心残りです。


社会学者の見田宗介先生が亡くなられました。享年84、まだそれほどのお年ではなかったのですね。ご冥福をお祈りいたします。
見田先生は、実質的に戦後日本の社会学を作ってこられた方だと思います。社会学は明治時代から日本に入りましたが、戦前のそれは海外の社会学を翻訳紹介するか、農村調査や統計調査が主流だったと思います。考えてみると、いまでも主流の社会学とは、社会の現実や実態を客観的に社会調査し、それを分析して改善や改革を提言するというスタイルです。この客観的な社会調査という方法で分析するのは、たとえてみれば医者(社会学者)が患者(社会や学生)を検査したうえで診察・治療するようなものです。どこか「上からメセン」で偉そうです。こういうオーソドックス(だが古風な)スタイルを打ち破ったのが見田先生だったと思います。佐藤健二さんの『真木悠介の誕生』に詳しいですが、見田宗介が真木悠介という「もうひとり」を必要としたのは、まさにこの転換があったからだと思います。『気流の鳴る音、時間の比較社会学、自我の起源、宮沢賢治』……どれもこうした大転換を示しています。どんな種類の本なのか名付けようもない本、とご自分でも書かれています。だからでしょうか、好き嫌いが分かれて批判する人も少なくありませんでした。でも現在活躍している社会学者のほとんどは見田先生の影響を陰に陽に受けていると思います。十数年たって、ある日突然、読み返したくなるような本、といったらいいでしょうか。私も昨年から執筆している本のコア部分の論理を考える上で、見田先生の『現代社会の存立構造』を何度も参照しているところでした。なかなか応用することは難しいのですが……何度も読み返す価値があると思っています。


「no art, no life」のディレクター伊勢朋矢さんが作られたという、NHK/IPC 国際共同制作「映像記録 東京2020パラリンピック」──録画してあったのを先日、一気に見ました。従来のオリンピックの公式記録映像とは違って、これはヒューマン・ドキュメントです。しかもコアなところで人間の「生きる」を描いていると思いました。国際的なイベントの記録ですから一人を深く掘り下げるディープなところまで行けないのは当然でしょう。でも、それにもかかわらず、こうきたか、という作り方でした。感心しました。「no art, no life」に通じるものを色濃く感じました。