エイゼンシュテイン「戦艦ポチョムキン」を観る
エイゼンシュテインの有名な映画「戦艦ポチョムキン」(1925)(1976再編集のショスタコーヴィチの音楽つきの版)を初めて観ました。なかなか興味深い映画です。たいへんに有名な映画なので内容について言及する必要はないでしょう。観て思った感想だけを短く述べます。この映画の成功は、戦艦の内部という「閉空間」ゆえのドラマの密度と、オデッサという外の「開空間」での悲劇との対照が理由でしょう。この映画のドラマツルギーの構造はここです。戦艦内部の階級対立と葛藤と革命へのエネルギーの奔流。そして連帯や共同性の成就と勝利、というシンプルなドラマ。オデッサでは、市民の革命への自然な連帯(というにはあまりに過剰に演出された革命への連帯)と悲劇の殺戮という対比。これらが、この映画のシンプルなドラマ構造を作りだしているのですね。オデッサで、ひとりの水兵の死にこれほど多数の市民が連帯するか⁉という過剰すぎる演出もありました。たしかに「革命讃歌」というソ連のプロパガンダ映画のひとつでしょう。ですが、今からみるとじつに興味深いですね。専制国家にたいして立ち上がった人たちが、のちには専制国家を作っていったという歴史の皮肉をわれわれは知っているわけです。当時のエイゼンシュテインは、後世に自分がどう見られるかなど、考えていなかったでしょうね。それにしても、「ひとりはみんなのため、みんなはひとりのため」という前半で繰りかえされる、なんだか道徳の教科書を見ているようで、しかしメッセージ性ある挿話。いろんなことを考えさせてくれますね。
ジガ・ヴェルトフ「レーニンの3つの歌」を観る
ソ連の監督ジガ・ヴェルトフの「レーニンの3つの歌」(1934→1970再編集版)を観た。1930年代のソ連、のちにスターリンによって抑圧されることになるジガ・ヴェルトフ監督による「すごく興味深い」プロパガンダ映画だった。レーニン没後10周年記念に作られたらしい。たしかに革命の祖レーニンをひたすら賛美し神話化することを目的とした「単純な」プロパガンダ映画なのだが、であるがゆえに非常に興味深いのだ。そもそもレーニンの後継者スターリンの姿がどこにも見えない。レーニンは晩年に、スターリンとの確執で、すでに実権を失っていたらしい。その死後10年してスターリンの権力基盤は盤石だったからだろう。何の心配もなくレーニンを神話化したのではないか。そして、この映画を撮ったジガ・ヴェルトフも、やがてスターリンの反ユダヤ主義で映画を撮れなくなっていたという。
映画の冒頭、ロシア時代の中央アジアの「遅れて封建的な宗教に支配された」ムスリム信徒たちが、レーニンと革命によって「解放される」姿を嬉々として撮影しているのも、のちの冬の時代(たとえばアンドレイ・タルコフスキーの「鏡」などに出てくる恐怖政治)を思うと胸が突かれる思いがする。
それにしても、これでもかと、レーニンのデスマスクをたった60分の映画の中に、これほど何度も映し出すというのも、私たちの感覚から並外れている。レーニンの遺体をいまだに保存しているというのも、ロシアならではのメンタリティなのだろうか。
「旅愁」(1950 )を観る
往年の名画「旅愁」を観ました。70年近く前の映画です。シネラでみたフィルムはかなり劣化していて音も割れ、字幕もほとんど読めないほど。でも、いい。ジョーン・フォンテインがじつに美しく撮られています。終わったあと、後の席のおばあちゃんたちが一斉に「ほーっ」とため息をつきました。「きれいだったわねー、あの頃の映画はいいわねー」としきりに感嘆していました。たしかに、映画らしい映画を観たという満足感を味わえる「名画」ですね。
でも、内容を見るといろいろと考えさせられます。この映画「September Affair」という原題が示すとおり、言ってみれば豊かなアメリカ人たちの不倫と情事の夢物語です。逃避行先のイタリアでも豪華な邸宅を借りて何不自由なく暮らしているが……やがて男性は「大きな仕事」がしたくなる、女性はピアニストとしての芸術家の夢を実現したくなる。そう、これ、一昨年ヒットした「ララランド」の筋書きにそっくり。ララランドでは貧しい二人が愛し合い、やがてそれぞれの夢を実現するために別れていく、というストーリーでした。「旅愁」では、富裕だがそれに満足しきれず旅先で出会って愛し合った二人が夢のような暮らしを送るが、やっぱり二人だけの世界には収まりきれず、大きな仕事や芸術家としての夢のために再び別れていく、というストーリーです。そっくりですね。昨年、社会学入門の授業で「ララランド」を題材にして、なぜ、二人だけでは満足できないのか、なぜ<社会>が必要とされるのか……社会学からそのメカニズムを説明してみたのですが、この「旅愁」にも、このテーマが響いていますね。
「犯罪都市」(1931)を観る
ハワード・ヒューズが制作した映画「犯罪都市(The Front Page)」(1931)を福岡市総合図書館シネラで観た。これ題名などから一見ギャング映画に思えるが、中身は全然ちがった。これは新聞の第一面のスクープを取ろうとする1930年代の新聞記者たちと新聞経営者のどたばた喜劇だ。ストーリーは荒唐無稽だが、当時のアメリカのジャーナリズムのひとつの姿を描いていて、とんでもなくてあっけにとられる。とくに主人公の敏腕記者を、はるか上手にあやつり翻弄する上司の新聞経営者のバーンズがすごい。これはまさにメディア王ハワード・ヒューズその人ではないだろうか。破廉恥なまでに自己中のどぎつい経営者。彼の牛耳るセンセーショナリズム時代の新聞を描いている。そもそもこの映画の原題は「The Front Page」新聞の第一面のことをさしている。90年程前のアメリカの新聞業界は、まさに、この第一面のセンセーションで、巨大な産業になっていたのだなぁ。今日、新聞の第一面が、これほどの巨大な影響力をもっているとはとても思えないだけに、時代の移り変わりを思う。
(写真は制作者のハワード・ヒューズ。オーソン・ウェルズの名作「市民ケーン」のモデルとして有名だ。毀誉褒貶というより褒貶のほうが多いようだが怪物的な人物だったのだろう。)
「銀河鉄道の夜」と「千と千尋の神隠し」
文学部学生向けのオムニバス講義として話す機会があったので「銀河鉄道の夜」と「千と千尋の神隠し」との類似と相違についてのお話しをしました。思いっきり縮めていえば、宮澤賢治の銀河鉄道を、宮崎駿は相当意識して、あえて宇宙に飛び出さない、逆方向である地の中に入っていく、水の中に潜っていくという水中鉄道を設定したのではないか。この鉄道に乗ることの意味は何か。銀河鉄道でも水中鉄道でも、その乗客たちは死者なのはなぜか。その乗客の中に混じって旅する中で、ジョバンニも千尋も、何かをつかんだのではないか。何をつかんだのか。それは……という話をしました。
講義が終わったあと、話にくる学生がいて、「じつは、私、宮澤賢治の銀河鉄道、読んだことないんです」というのです。ええっ、まさか。しかも、その学生だけでなく、けっこうたくさんの学生が「千と千尋の神隠し」は見たことがあるが「銀河鉄道の夜」は知らない、ということが分かって、ちょっとショックでした。
「上海特急」(マレーネ・ディートリッヒ主演)を観る
マレーネ・ディートリッヒ主演で有名な「上海特急」(1932)を観ました。なるほどこれがディートリッヒか。ディートリッヒと言えばヒッチコックの「舞台恐怖症」(1950)しか観たことはなかった。この映画でもたいした貫禄ではあったけれど最盛期はすぎていた(そこがいいとも言える)。「上海特急」はまさにディートリッヒらしさのひとつの頂点を極めた映画なのかもしれない(ただし相手役が弱い。とても平凡な男にしか見えない)。ストーリーはいわばアガサ・クリスティの「オリエント急行」そっくりですね(上海特急のほうが早いみたいだけど)。北京から上海に向かう列車が中国の政府軍と反政府軍との間でスパイや捕虜の交換のために何度も止められる。人質交換の間に挟まって「上海リリー」なる良くない噂の立っている女性がじつは……といいささか浅いハッピーエンドで終わる映画。内容的にはアガサ・クリスティには到底およびませんね。
さて真っ先にくる感想。これはなんという「嫌中国映画」なのかということ。中国にたいする敵対的な蔑視が色濃い。中国からあれほど搾取したのにさらにこの態度だ。アジアにたいする無理解というか、何という「上から目線」の映画なのか。今日からみるとあまりにその「西欧中心主義」が鼻につく。「オリエンタリズム」ふんぷんの映画なのですね。でも、人のことは言えない。このあと、日本がまさに、こうしたオリエンタリズムの視線をそのまんま受け継いで上海を占領したのだ。なんだか苦い感想になってしまいますね。
「深夜特急」を観る
年末年始に沢木耕太郎の新著『銀河を渡る』と『作家との遭遇』を読んでいて、そうだビデオで出ている「深夜特急」も観てみようかと思い立った。ところが第一巻の「劇的紀行 深夜特急’96〜熱風アジア編」からして「なんだこれ、全然違うんじゃないの」と疑問符連発。第二巻「深夜特急’97〜西へ!ユーラシア編」や第三巻「深夜特急’98〜飛光よ!ヨーロッパ編」では少し持ち直したものの、結局、これは沢木耕太郎の原作とは似ても似つかない別物と考えたほうが良いようだ。そういえば年末に村上春樹の「納屋を焼く」が韓国で「バーニング」としてドラマ化されたのをNHKが放映していたが、いきなり全然違うテイストで、途中で観るのをやめてしまった。評判をみると韓国版をNHKがだいぶ切り縮めてしまったとあるようだが…いずれ原作と映画とは全然違うものになるのですね。最初に観たものの「刷り込み」効果が大きいから、あとで原作や映画化されたものを観ると「ええっ」となる。ブレードランナーもそうだった。フィリップ・K・ディックの原作を読み始めたら、あまりに違う世界観なので読み続けられなかった……
新年のご挨拶
認定NPO法人・市民福祉団体全国協議会の研修会
インフォメーション
安立清史(「超高齢社会研究所」代表、九州大学名誉教授)のホームページとブログです──新著『福祉の起原』(弦書房)が出版されました。これまで『超高齢社会の乗り越え方』、『21世紀の《想像の共同体》─ボランティアの原理 非営利の可能性』、『ボランティアと有償ボランティア』(弦書房)、『福祉NPOの社会学』(東京大学出版会)などの著書があります。「超高齢社会研究所」代表をつとめています。https://aging-society.jp/ 参照
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