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渋谷毅の訃報が流れた。享年86という。渋谷毅といえば浅川マキの本『幻の男たち』(講談社、1985)を思い出す。この本のハイライトは「デュオ」という章の渋谷毅だろう。マキがライブを聴きに行くと「しぶやん、ウェイク・アップ」──ライブ途中で歌手が大声をだす。ピアニストが眠ってしまったのだ。このインパクトあるシーンとともに渋谷毅の名前が脳裏に刻まれた。やがて浅川マキのライブで渋谷毅の演奏には何度も出会うことになるのだが、この「しぶやん、ウェイク・アップ」が忘れられない。そして晩年の浅川マキのライブにはかならず渋谷さんがピアノを弾いていた。

書庫をさがすと浅川マキ『幻の男たち』があった。なんと浅川マキのサイン入り。85年の12月、池袋文芸坐地下「ル・ピリエ」でのコンサート会場で購入している。この本には柄谷行人と浅川マキの不思議な対談が付録としてついている。これも1980年代を蜃気楼のように思い出させる。


 

ポルトガルの映画監督マノエル・ド・オリヴェイラの「アブラハム渓谷 (完全版)」を、福岡市総合図書館シネラで見ました。なんと休憩なしの203分(3時間23分)です。こんな長尺映画をいっきに見たのは久しぶりです。「ニッポン国古屋敷村」以来かもしれません。YouTubeやDVDなどでは、ぜったいにこんなに長時間ひとりで見続けることはできないでしょう。映画館ならではの魔力ですね。フローベールの「ボヴァリー夫人」を翻案したそうですが、ふしぎな映画で、いまの時代、「ボヴァリー夫人は私だ」というように物語そのものに引き込まれる感じではありません。むしろ主演女優のレオノール・シルヴェイラが、3時間の中でしだいにふしぎな妖艶さに変容していくさまに魅入られる。ファム・ファタルというのとはちょっと違う。悪女タイプともちがう。フローベールの時代に新しかったことと、20世紀のポルトガルの地方の村の出来事が、とてもそうは見えないが不思議な共振をしている。このアイキャッチ画像は、3時間超の映画のほとんど最後の部分にでてくる映像です。


福岡ユネスコ文化セミナーで大澤真幸さんと石川健治さんが現代日本のポピュリズムをめぐって講演と対論。大澤さんは朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』という小説から、ポピュリズムと「推し活」の闇を読み解く。石川さんは「主権」という概念を中心にしながら政権と軍権の葛藤、そして立憲主義と民主主義との相容れない闇をこれまた興味深く解読。こんなにスリリングな議論が展開されているのに若者はほんの数名……新聞社も1社しかこないし、大学院生や留学生の姿もみえず、せっかくの機会なのに残念ですね。セミナーの中でも触れられていたように、若いうちからAIを使っているとIQが劣化していくらしい。レポートは書けるけれど面接では答えられない、そんな若者の未来への警鐘もあったのに。
 
 
 
 

9月19日に愛知県知多市で開かれる「認定NPO法人ゆいの会35周年記念」の会で、村瀨孝生さんと安立清史が『介護のドラマツルギー』について講演することになりました。その打ち合わせも兼ねて、「認定NPO法人市民福祉団体全国協議会」の元共同代表・村居多美子さんや、「認定NPO法人ゆいの会」の元代表・松下典子さんら4名の方々が、福岡の「宅老所よりあい」に見学に来られました。村瀨さんも熱をいれて「よりあい」の歴史や介護の現状を語ってくれました。9月に知多にいくのが楽しみですね。



 

7月4日に、社会学者・大澤真幸さんと憲法学者・石川健治さんの講演(福岡ユネスコ協会)

福岡ユネスコ協会では、7月4日に福岡・天神の電気ビル共創館で、社会学者・大澤真幸さんと憲法学者・石川健治さんによる「日本のポピュリズム─〈いま〉と〈これから〉」と題した文化セミナー講演会を開催します。

雑誌「群像」での17年におよぶ「〈世界史〉の哲学」の連載をおえて、いま大澤真幸さんが日本や世界のポピュリズムについて何を語るか。憲法学者のホープ石川健治さんが、いまの日本の政治状況について、何をどう語るか。楽しみですね。


藤野知明『どうすればよかったか?』(文藝春秋、2026)を読みました。どうすればよかったか?──この「問い」には普遍性があると思います。たとえば谷川俊太郎の『おばあちゃん』という絵本詩を思いださせます。自分の母親が「宇宙人」に変容していくさまを子どもの視点で描いているのですが、この詩は「どうすればよかったか?」という問いにつかまれていたから書かれたのではないでしょうか。ゆえに、いちはやく福岡の「宅老所よりあい」に注目し、支援していたのではないかと想像します。



 

いよいよ今日(2026/06/27)で新宿のジャズ喫茶DUGが閉店になったそうです。私たちはひさしぶりに東京にいった機会(先月5月下旬)に訪れてみました。ピットインなら浅川マキのライブを聴きにずいぶん通ったけれど、ジャズ喫茶DUGのほうは、行ったことがありませんでした。閉店のニュースですでに階段にまでならぶ満員でした。しかも着席してからも長かった。注文をとりにくるのに30分、ウォッカトニックやサンドイッチがくるまで、さらに40分という具合でした。でも、いろんなことが反時代的だったんでしょうね。店内の雰囲気は良かったし置いてあるオブジェや絵画もよかった。閉店まえに行けてよかった。



アンドリュー・ワイエス展が話題ですね。山田五郎さんの解説などを聴くと、絵だけでなく彼の人生も謎めいていますね。さて、いまから20年ほどまえ、半年ほどボストンに滞在していた頃、思い立って夏の終わりにメイン州までレンタカーで旅したことがあります。北になるほど風景は美しいのですが、ちょっと荒涼としたかんじになっていきます。まさに「クリスチーナの世界」ですね。道沿いにあるロブスターの屋台で食べたり、小さなコテージのような美しいモーテルを見つけてふらっと泊まったり、良い思い出です。安くてコンフォタブルで、まるで童話の世界のようでした。


(この緑色のコテージに泊まりました)

(名物のロブスター)



 

福岡市図書館シネラで元RKBのディレクター木村栄文のドキュメンタリー番組「むかし男ありけり(1984)」を見た。

檀一雄が晩年をすごしたポルトガル・サンタクルスと福岡の能古島での足どりを俳優・高倉健が追ったドキュメンタリーとある。深作欣二監督の映画「火宅の人」が檀一雄と不倫相手との凄絶な道行きを描いていたのにたいして、こちらはうってかわって、檀一雄が異国のサンタクルスで街の人たちに好意的に受け入れられ、幸せな晩年を過ごしました、というまったく別の姿が描かれる(居酒屋の人々や、貸別荘の管理人おばちゃんオデッセとの交流(買い物にでかけて、オデテかえらず、犬かえる)。病をえてかえってきた博多や能古島で、やはり人びとから慕われていた檀一雄を、肯定的すぎるほど肯定的な姿に描いていて、これは「火宅の人」への反歌のようにして作られたドキュメンタリー・ドラマだったのだ。これは、檀一雄に共感をおぼえつつ、まったく逆のタイプの人だった高倉健がリポーターや朗読者として登場したことも大きかったろう。

しかし、さすがに木村栄文だ。90歳で存命だった檀一雄の実母を登場させたり、壇ふみやヨソ子(沢木孝太郎の『檀』の主人公)らが、そろって檀を肯定的に語るのは、驚きであり、なるほどみんなが見たいものを見せ、みんながそう考えたい檀一雄像をみごとに描きだしたのはすごい手腕だ。



福岡出身の夢野久作の『少女地獄』の中の一編「殺人リレー」を福岡出身の石井聰亙監督が「ユメノ銀河」(1997)というモノクロ映画にしました。福岡市文学館が中心となって福岡市総合図書館シネラで上映されたので見ました。殺人鬼の運転手役を演じる若き浅野忠信がいいですね。バスの車掌役の少女とだまって見つめ合う時間がじっくりと長い。あぁ小説と映画は、ここが決定的に違うのだ、と思いました。映像と時間に語らせている。そしてホラーではなくてサスペンスですね。それにしても夢野の原作とこの映画はかなり結末がちがっています。なんだか夢野の夢というより、映画人のみた悪夢「反ユメノ映画」のようです。