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今日から社会学入門で年内の3回ぶんは「ゴジラ」の社会学の話をすることになります。その前ふりとして、今回は、中村哲さんのご逝去のことに関連してお話しをしました。中村哲さんは、現代にあらわれた「ナウシカ」です。

どういうことでしょうか。

中村哲さんが用水路を作っていた場所は、まるで山脈に囲まれた「砂漠の谷」のようなところでした。この砂漠は「風の谷のナウシカ」  の「腐海」のようです。アフガンの人びとに愛されながらも、アフガンの人によって殺されてしまうところは、まるでキリストのようです。

「風の谷のナウシカ」の最後のシーン、ナウシカが王蟲の触手によって生き返るシーン、それはまるでキリストの復活のようです。中村哲さんの思い出は、その死によって、さらにのちのち意味が深まっていくことでしょう。「ゴジラ」が日本社会に何を問いかけているのか、それとも関連するところです。


大学での「社会調査法講義」──教科書を用いての講義だけでは、なんとも味気なく、底が浅く、つまんないので、今学期からは、新機軸を実験しはじめました。フィールドワークや質的調査の方法論を教えたあとで、その実践篇として、沢木耕太郎のルポルタージュを読むのです。沢木耕太郎?、あれが社会調査?──そういぶかる人もいるでしょう。でも、これは、れっきとした社会調査です。凡百の社会調査よりずっと社会調査らしいものだと思います。おまけにその文章がいい。聞き取ったことを、考え抜いたうえで、どう文章にしていくか。その実に良いレッスンになると思います。


 

丸亀市では「千と千尋の神隠し」から考えるグローバル時代の私たちの行方、というお話しをさせていただきました。皆さん、熱心にお聴き下さり、質問もいろいろと出て、有意義な時間を過ごすことができました。さて、今度の週末には、和歌山県の田辺市で「紀州くちくまの熱中小学校」で授業を行います。演題は『「千と千尋の神隠し」の解読から考える──地域の新しい社会資源──』です。丸亀での経験を生かして、さらにバージョンアップしてお話ししたいと思います。


2019年11月は福岡市総合図書館シネラで「美空ひばり没後30周年記念─ひばり主演映画特集」というのをやっていたので、あまり期待せず、見はじめた。ところが、これが素晴らしい。歌手としての美空ひばりしか知らなかったが、すごい映画俳優なのである。主演第一作の「悲しき口笛」(1949)からしてすでに傑作である。その後、鞍馬天狗、遠山の金さんものなど、どれもいい。続けて10本以上も観てしまった。中でも文芸作品「伊豆の踊子」(1954)と「たけくらべ」(1955)が特に良かった。特徴を一言でいうのは難しいが「若いのに貫禄がある」「無理な演技をしていない」「自分の重心に近いところで無理せずに踊っている」。はじめから全力疾走という感じではない。ゆったりとした達人の気配がある(褒めすぎか)。何しろ12歳で映画主演と主題歌。すでにして堂々たる貫禄なのである。威張った貫禄ではなく、余裕の貫禄。しかも役どころも「主演だが主役ではない」、そんな控えめな渋くてすがすがしい役回りが良かった。


たけくらべ

 

伊豆の踊子

塩飽本島はディープでした。まず、この島の出身者たちが「咸臨丸」の操船を担って、はるばるアメリカまで行ったとは知りませんでした。島のいたるところに「咸臨丸乗組員の○○の生家」というネームプレートがあるのです。おお、すごいな。歴史を切り開いた船員たちの島だったんだな。さらに、自転車で島を半周すると「瀬戸芸」(瀬戸内芸術祭)の制作物がいろいろあります。中でも突出していたのは、島の「埋め墓」に隣接して建てられていた塔。これは、なんというか、すごい眺めです。解説を見ると、これは文化人類学的にも珍しい「両墓制」の姿なのです。死者を葬る「埋め墓」とお参りする「詣で墓」との「両墓制」の姿なのです。これは深い。


丸亀ツアー最終日は、塩飽本島に行ってみました。瀬戸大橋が近くに見えます。塩飽諸島の中心で、古い町並みが残るかつての塩飽水軍の本拠地だった島だそうです。フェリーで丸亀から40分くらい。博多湾に浮かぶ「能古島」のようなところかな、と思っていたら、全然違いますね。思ったよりずっとディープでした。ちょうど「瀬戸内芸術祭」が終わった直後くらいで、いまや閑散。レンタサイクルで回りましたが、島にはランチできる店が営業していませんでした。
さて、ここも猫島ですね。わらわらわらと猫たちが寄ってきます。私たちのあとをついてきます。ゆったり島じかん。いいなぁ。


弘法大師空海の誕生の地と言われるのが、四国八十八箇所霊場の第七十五番「善通寺」です。今回は、善通寺をふくめ、八十八箇所中、3カ所のお寺に詣でさせていただきました。
さて、この善通寺で感あり。丸亀での講演内容と共振するかのように、お遍路さんとは「銀河鉄道」ではないか、とひらめいたのです。お遍路さんは「同行二人」だと言います。巡礼者がいつも弘法大師と一緒に巡礼しているという意味だそうです。これは、まさに「銀河鉄道の夜」でジョバンニがカムパネルラと一緒に旅しながら天の声を聴こうとする姿、「千と千尋の神隠し」で千尋とカオナシが、じっとだまって胸のおくから呼んでいる声にじっと耳をすませている姿……その原型ではないでしょうか。
富士講、熊野詣、四国八十八箇所霊場のお遍路さん等々・・・みんな「銀河鉄道」へとつながる深い共通性があるのかもしれませんね。


さて三日目、丸亀うどんツアーの最後は「岡じま」の朝うどん。今回は「釜玉うどん」です。これは「釜揚げ」のうどんに「生卵」をからめて「釜玉しょうゆ」をかけていただくうどんです。一度きいただけでは「醤油うどん」や「釜揚げうどん」との違いが判別できません。でも違うのです。うどん県ならではの、ガラパゴス的に特殊進化したうどんです。これがまた、うまい。釜揚げうどんに卵がからんで独特のコーティングになり、そこに「釜玉しょうゆ」というこれまた他では見たことも聞いたこともない、ガラパゴス的な進化を極めた醤油があって、「釜玉うどんには、この醤油でないといけない」という法則が成り立っているのです。それが「セルフ」という自分で味付けする世界で行われています。これは奥が深い。先達がいてお手本を見せてくれないと、その良さが分からないディープな世界です。香川のうどん店は、ひとつひとつが、ガラパゴス諸島の島々のように、独自に進化しているんですね。


うどん県の丸亀市うどんツアー、二日目のお昼は「しょうゆうどん」に挑戦。ゆでたて麺をきりりとひやして、独特の醤油で食べる。もちもちしたこしのある食感がたまりません。村上春樹の「ディープうどん紀行」でも「しょうゆうどん」を食べていて(別の店)、「痛快アル・デンテ」「珠玉のひと玉」などと絶賛しています。当時の醤油は「ヤマセ醤油(薄口琴平産)」とありましたが、私はうどんに夢中で確認できませんでした。
今回のお店は「根っこうどん」。田圃(畑?)の中にあって、食べるテーブルがあるのは、なんと、ハウス栽培につかっていたとおぼしきビニールハウスの中です。ディープ。


うどん県香川で驚いたこと。まっとうなうどん屋さんは、お昼までの営業なのだとか。なぜか。うどんをふんでふんで、そして一日ねかして、そして、切ってゆでて……その他の条件をトータルにそろえると、そうなっていくらしいのです。なるほど。
丸亀二日目は、朝うどんから始まりました。朝8時すぎにうどんやさんに到着。すでにお客さん少なからず。この日は、頭や内臓までついたいりこだしで味わいました。濃厚な味わい。しかもえびのすり身の天ぷらをトッピング。村上春樹のエッセイどおり、テーブルには味の素があります。これをぱらぱらかけるのが香川流らしいです。この朝うどん、宮川製麺さんでした。


行ってきました、うどん県香川の丸亀市。市役所のうどん王、年間400回うどんを食べるというMさんとともに、強力お薦めのうどん店を食べ歩きました。まずは「がもううどん」。この店、1990年秋に村上春樹が取材で訪れています。それによると「純粋にロケーションから言うと、僕はこの店がだんぜん気に入っている。このお店は文字通り田圃の真ん中にある。店の外におかれた縁台に腰掛けてうどんを食べると、目の前に稲田がざあっと広がっている。」とあります。さて、30年後の「がもううどん」。店の前は平日の昼ですが行列。かつての「ざあっとひろがっている」田圃は、すべてこの店のための駐車場になっていました。すごい。大発展したんだ。うどんは、もちろん、おいしかった。とくにだし汁は最高で、ずぶずぶごっくんと飲み干して、おかわりしたくなりました。


*村上春樹のエッセイの続きは「季節は秋だから、稲の穂が風にさわさわと揺れている。すぐ前には小さな川が流れている。空はあくまで高く、鳥の声が聞こえる。かけが80円、大は140円。おかずとしてコロッケと卵がテーブルの上に置いてある」とあります。「小さな川」というのはため池からひいた用水のことだと思います。またおかずも、コロッケと卵というようなシンプルなものではなく、多彩な天ぷら類が並ぶようになっています。時の流れを感じますね。


ラグビーW杯で、にわかラグビーファンになった人も多いことと思います。私もたいへん関心を持ちました。とくに日本代表のメンバーが「ナショナル、インターナショナル、グローバル」という3つの段階を絶妙のかたちで含んだ構成になっているところに、とりわけ関心を惹かれました。そこで、昨日の授業では「ナショナリズムを超えるインターナショナリズム、その先にくるグローバリズム。ところが、季節はずれのナショナリズムの台風も来ていて、世界で吹き荒れている。さて、この先、どうなるか」という話をしようと思いました。
ところが……2年生から4年生の約30名が出席している私の講義の中で、ラグビーW杯を見ている学生が、なんと3名しかいませんでした。これには衝撃を受けました。今の若者は、いったい、どういう世界に住んでいるのか、にわかに視界が不透明になってしまいました。


先日、福岡でたった一日だけの上映があったフレデリック・ランズマン監督の「ニューヨーク公共図書館─エクス・リブリス」を観た。びっくりするくらい多くの人が詰めかけていて、開演前から長蛇の列だった。ちょっとびっくり。
この図書館、ニューヨークの観光地にもなっている「世界で最も有名な図書館(のひとつ)」である。私も10年ほど前に訪れたことがある(ブログの「幻想図書館」参照。たくさんの館内写真を載せてあります。 http://adach.lolipop.jp/wp/?p=822)。
この映画、途中休憩もはいる3時間半の大作。しかもノーナレ、ノー解説である。そしていきなり、リチャード・ドーキンスである。その後、エルビス・コステロとか、パティ・スミスも登場する。しかし主役は、ニューヨーク公共図書館のスタッフたち。多様なスタッフが、図書館の運営や議会からの予算獲得、民間からの寄附獲得にどう取り組んでいるか。驚くべく密度とレベルの高い議論がされている。本当なんだろうか。映画の撮影があるから張り切っているのではないか、などと思うまもなく、話題やテーマは多岐にわたっていく。とくに図書館にやってくるホームレスとのつき合い方をどうすべきかの議論が興味深かった。私がボストンに暮らしていたとき、毎日のように、ボストン公共図書館に通っていた。そこには毎日やってくるホームレスもいた。毎日、やってきて、リーディングルームの、ほぼ同じ席に陣取って、一日いる。うとうとしている時もあるし、何か読んでいる時もある。近くをすれ違うと異臭がするのでホームレスと気づくのだが、どこか哲学者の風貌をもったホームレスである。さて、こういう人たちを、公共図書館のスタッフはどう対応しようとしているのだろう。映画では、問題提起だけされて、どう対応するか、どう対処するかまでは描かれていなかったのだが。図書館の公共性とホームレスのような人たちへの対応と、さぞ難しいことだろうなぁ。


10月5~6日、日本社会学会が、東京女子大学で開催され、院生とともに参加し研究報告を行ってきました。この「東京女子大学」ふだんは外部の人は入れないそうですが、美しい。実に美しいキャンパスです。日本でも有数の美しい大学ではないでしょうか。英語名は「Tokyo Woman’s Christian University」ですから日本語とちょっとニュアンスが違いますね。北米のプロテスタント諸教派による援助を受けて開設されたとあります。日本で最初に女子にキリスト教教育を行う大学として設立されたようです。初代学長は新渡戸稲造、設立代表者のライシャワーさんはプロテスタントのプレスビテリアン派の宣教師。彼の子どもが、後の日本大使 エドウィン・ライシャワーさんですね。現在も残る美しいキャンパスの建物群はアントニン・レーモンドの設計とあります。彼は群馬県の高崎市にも音楽センターホールや井上邸などいくつも建物を残していますね。だからなんだ、この美しいキャンパスは。


先週のことです。新しい伊都キャンパスへ向かう途中、川端に見事な彼岸花の見事な群落が。昨年は、この道路を通っていなかったので、気づきませんでした。これは自然に広がったものか、誰かが移植したものか……とにかく見事な見頃でした。きょう、一週間ぶりに通ってみると、すでにほとんど花は終わっていました。


後期の授業が始まりました。今学期は、全学部の1年生むけの「社会学入門」(他の先生もふくめ複数開講されています)を受け持ちます。授業計画に、ジブリの映画などを参考にしながら現代社会の問題や課題を考える、などと書いたものだから、想定外に多くの受講希望者が押し寄せてきて大変なことになりました。その数400名以上で、200人のキャパがある大教室に入りきれず、廊下にあふれています。これは私にとって前代未聞、たいへん困ったことになりました。とにかく聴講カードに「自己紹介とこの授業から何を学びたいかを書いて提出していって下さい。それを読んで受講者を決定します」というしかない。座るところもないから、まず入っている200人に書いて提出してもらって、入れ替え制で次の200人に……。提出してもらうまでに一苦労。書いてもらった受講動機をひととおり読むだけで大作業。そこからセレクションするのが大変な難行苦行で1時間半かかりました。念をいれてTAの大学院生にも読んでもらってダブルチェックして、ようやくのこと200名の受講者を決定しましたが、大汗をかきました。やっぱり授業計画に甘いことを書くものではありませんね。


8月15日が近づき「日本のいちばん長い日」(岡本喜八、1967版)をみました。2時間半以上の大作です。驚いたことにシネラでこんなに多くの観客をみたことがない、というくらいに多数の観客がつめかけていました。長いけど長くない。行き詰まる緊張。三船敏郎の阿南陸軍大臣が抜群にいい。ついで笠智衆の鈴木貫太郎首相。そして反乱軍の中心人物を演じた中谷一郎。
2015年版も話題のようですが、この岡本喜八版もすごいですね。1945年8月14日から15日にかけて、こんな226事件のようなことが起こっていたのか。知らなかったことばかりで驚きの連続でした。
ところで、この映画、全編「国体護持」を巡っての議論と攻防戦なのですが、まったく出てこないのが、戦争責任や苦しみに苦しみぬいた国民への謝罪の意識。最後の最後まで「天皇の戦争」で、国民なんか意識の中にはなかったということでしょうか。国民への謝罪もないのだから、当然、アジア諸国への謝罪もない。それが戦後70数年たっても、アジア諸国との軋轢として尾を引いていますね。
ところで、この映画、昭和天皇も見たそうです。どんな気持ちで見たのでしょうか。



映画の中では、ポツダム宣言を受け入れるかどうか、つまり「敗戦」を受け入れるかが問題なのに、陸軍は「本土決戦」をちらつかせながら、どう敗戦でなく「終戦」と言いかえるかを真剣に議論しています。その結果、客観的にみれば「敗戦」なのに、主観的には「終戦」になっています。このねじれが、現在にいたるまで、日本の戦後処理の問題になりつづけている気がします。

沖縄の粟国島を舞台にした、じつに沖縄らしい映画「ナビィの恋」(1999)を観た。もう20年も前の映画だ。主役の二人、平良とみと登川誠仁も、すでに亡くなっておられる。この映画、観てみようと思わせたのは、沢木耕太郎の映画評である。『シネマと書店とスタジアム』と『銀の森へ』の両方に収録されている。
沢木耕太郎が書いていたな、くらいであまり考えずに見始めたところ、これは深く、面白い映画だということがすぐに分かった。見終わったあとで、あらためて沢木耕太郎の映画評を読むと、これがじつに正鵠を得ている。「この映画は、ナビィ(平良とみ)の恋のように見えて、じつは、恵達(登川誠仁)の恋の物語である」と述べているのだ。まさにそのとおりだった。表面的にはこの映画は、79歳のおばあ(ナビィ)の初恋のおじいとの逃避行、という筋立てなのだが、それでは受け狙いの底の浅いストーリーだ。とても説得的な脚本とは思えない。そうではなくて、この映画が、恵達のナビィへの想いの深さを描いた映画だとすれば、これはじつに深くて沖縄的な説得性をもった映画と見えてくる。
沢木耕太郎も書いていたが、役者の平良とみ(「ちゅらさん」の有名なおばあ役)を上回っているのが、唄者の登川誠仁なのだ。登川誠仁ぬきには、この映画は成り立たなかっただろう。その点でも沢木耕太郎の映画評は慧眼だった。
付け加えれば、「ちゅらさん」は波照間島の話だった。粟国島はさらにそれよりも話題になりにくい離島である。こうした離島にこそ、楽園がある、というメッセージでもあるだろうか。おそらくそうとばかりも言えないのだろうが、しかし、この映画を観たあとでは、そう信じたい、そう信じてあげたい、という気持ちにつき動かされる映画なのだ。


中村哲さん(ペシャワール会、PMS、九州大学特別主幹教授)の講演会が、九州大学伊都キャンパスの椎木講堂でありました(2019年8月5日)。中村さんの講演を直にきくのは初めてでした(EテレやYouTubeでは何度も聞いたことがありますが)。その人柄そのもののように、てらいや誇張のない、しかし深いお話しだったと思います。残念なのは、学生の参加が少なかったこと。ちょうど学期末の試験週間で、学生たちは試験の最中か、もしくはすでに夏休みに入って伊都を離れてしまったのでしょうか。学部生や院生こそ、聞くべき内容だったのに、と思います。