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「チャン・ドンゴンの夢の本屋紀行」第3回は韓国の様々な「独立書店」が紹介されていました。書店は(書店に限らず)、お店も大きくなりすぎると、夢を失ってしまう傾向があるようです。夢は巨大な倉庫や収蔵庫やデータベースなどから来るわけではありません。夢は、それを「夢」として見つけ出す、発見できる人から来るのかもしれません。その「夢」を「お店」の形で定義できる人から、もたらされるものなのかもしれません。紹介されている韓国の独立書店は、どれも魅力的ですが、そこにみんなが「夢」を見ることが可能なストーリーをもっているからでしょう。そして夢を、お店の姿として表現しています。どうやら、大きな書店しかなくなると、小さな本屋に夢が移っていくようです。教育も同じで、大学の大教室で語ることから「夢」を汲み取ることは難しいです。パーソナルな中からこそ「夢」が「共振」のようなかたちで伝えられていくということなのでしょうか。


世界夢の本屋紀行 第2回 フランス篇では、パリの本屋などが紹介されていた。まずはパリの「シェイクスピア&Co」。ああ、ここは何度か行ったことがある。ヘミングウェイの「移動祝祭日」で重要な書店として出てくるし、ノートルダム寺院のすぐ近くにあってとてもツーリスティックなところだから。パリ観光した人なら、この書店と、近くのジャズ・バー「Le Caveau de la Huchette」(映画ララランドのロケ場所)には必ず行っていると思う。この書店の上には「タンブルウィード」という作家志望の居候アルバイトが何人か住んでいるらしい。イーサン・ホークもそうだっという。でも今回のメインは、むしろ最後のほうに出てくる小さな書店「クリュニー書店」だったのではないか。ソルボンヌ大学を訪問した時、ここにも行ったことがある。大学のすぐ目の前にある小さな本屋さんだ。今回のTVで初めて知ったのだが、この書店のコンセプトは「本の相続」だという。ソルボンヌ大学の先生などが亡くなった時、膨大な書籍が放出される。それを「購入」というより「相続」するのだという。購入でなく相続─微妙な言い方だが、なんだかじーんときた。そうなんだな、もう本は売り買いする段階ではなく、相続する段階に近づいているのかもしれないな。でも、フランスではトリュフォーの映画「華氏451度」のように本に対する愛着はとても深いものなのだろう。


「韓流スター、チャン・ドンゴンと行く 世界“夢の本屋”紀行」(NHK・BS4K)なんだ、このチャラチャラした番組名は……でも「世界“夢の本屋”紀行」には惹かれる、と期待しないで見はじめたのだが──意外にこれはいいぞ、いやいや、これはすごいぞ、しっかりとした番組だ……おしまいには、もっとこの書店と店主について知りたい、と思うようになった。本はもう古い媒体だ、時代遅れだ、衰退している、若者の本離れ、などという強い先入観がある。ところがどっこい中国にはこんな書店がブーム的に存在しているらしい。そこを韓国の映画スターが訪問するという意外な組み合わせだ。韓国で制作されたドキュメンタリー的な番組らしいが、先鋒書店の創業者へのしっかりとしたインタビューやスタッフの姿なども収録されている。今、日本で、このような本や書店についての「夢いっぱい」番組が作れるだろうか。


今年の大学一年生は大変だ───せっかく大学に入学したのに、オンライン授業ばかりで、楽しいキャンパスライフも、新しい友人づくりもままならない、前代未聞のたいへんな青春だろうなぁと思っていた。ところがFM東京の「村上Radio プレスペシャル」を聴いていたら、村上春樹がさらりと次のようなことを言っていた。僕らの頃も大学に入学した途端に大学はバリケード封鎖されていて授業なんかなかったと。なるほど大学が封鎖されたり、授業も受けられなかったりという経験が、50年前にもあったのだ。あの頃は大学入試じたいが中止になったり、現在よりもずっと大変な状況だったかもしれない。たんに現在だけが「前代未聞」な時代でない。そう分かると、すこし心が落ち着く。さてコロナ・ウィルス危機の時代に青春を過ごす若者の中から、何十年後かに、第2、第3の村上春樹が現れるだろうか。大いに期待したい。


沢木耕太郎の新刊『旅のつばくろ』を読んでいたら身につまされる話に出会った。「書物の行方」という掌篇である。軽井沢から「しなの鉄道」にのって信濃追分で下車して堀辰雄文学館を訪ねる話である。私も数年前、まったく同じルートで同じところを巡った。そして文学館前にある古書店を訪ねて、むかいの蕎麦屋で食して……というところまで同じだった。違うのはそこからである。沢木は古書店主に尋ねる。こんなところで、どうやって本を仕入れているのか、と。その答えが驚くべきものだった。いまや古書業界が流通過剰になっている、というのだ。「6、70代の男性がいっせいに本を処分なさそうとしているせいです。この方たちが紙の本を大量に買った最後の世代なんだと思います」という。たしかに、その通りなのかもしれない。私もまさに数年前、大学の移転にともなって大量の蔵書を処分したところだ。数年後には、また大量に処分しなければならない……。身につまされるような、悲しいような、何かの時代が終わりつつあることを実感させられるようなエッセイであった。


昨年の8月15日頃にはじめて岡本喜八監督の「日本のいちばん長い日」(1967年版)を観ました。今年は 原田眞人監督の「日本のいちばん長い日」(2015年版)を観ました。いろいろなことを考えさせる映画です。
そして、昨年の8月15日に、TOKYO FMで放送されたラジオ番組「ねじれちまった悲しみに」の再放送があったのでRadikoで聴きました。加藤典洋さんの『アメリカの影』は、40年くらい前、大学院生だった頃に読んで深く魅了されました。以来、ずっと読み続けてきました。5年程前には、福岡ユネスコ協会のシンポジウムで、黒川創さんとの対談の司会もさせていただきました(福岡ユネスコ協会のブックレットになっています)。あらためて加藤典洋さんを思い起こしました。


日刊・工業新聞の「著者紹介」で拙著『超高齢社会の乗り越え方』(弦書房)が紹介されたのですが、その掲載紙が送られてきました。紙面には大きく顔写真なども載っていて、びっくりしたり赤面したり。まずは顔写真なしのほうで紹介したいと思います。


昨日は九州大学の卒業式でした。でも「卒業式」というのは正確ではありません。大学としての卒業式は中止だったからです。学位記授与だけが研究室単位で小規模かつ短時間にありました。せっかくの晴れの時が残念なことでしたが、今回のコロナ・ウィルスによる世界的なパニックは、社会学の学生にとっては、「社会」のあり方や「世界」とのつき合い方などを考える良いきっかけになったかもしれません。何十年かあとになって、この異常事態の中での卒業を、懐かしく思い出すこともあるでしょうか。


これまで各地で行ってきた講演や大学での講義をふまえて、昨年一年間かけて執筆してきたものが、著書『超高齢社会の乗り越え方──日本の介護福祉は成功か失敗か』(弦書房)となって出版されます。
「銀河鉄道の夜」と「千と千尋の神隠し」に導かれて超高齢社会の悲観論を超えていこう、そういうコンセプトの本です。
あいにく新型インフル騒動で、書店は閑散としているそうですが、こういう時こそ、じっくり本を読んでいただくのに良い機会ではないでしょうか。アマゾンでは注文を受け付けはじめています。ご関心をもっていただければと思います。


昨年秋にNHK・BSで放映された「深読み音楽会・井上陽水」を観ました。
これは抜群に面白かった。読解がとてもスリリングだ。出演者みんなが突出した見解を披露。
まずは、小説家の朝吹真理子が「帰れない二人」や「リバーサイド・ホテル」の歌詞を「これは、心中しようとしている二人の歌ではないか」と「深読み」。ええーっ、あのほのぼのとリリカルな「帰れない二人」が? しかし、言われると、なるほど、ひとつひとつ符号してしまうところが面白い。リバーサイドホテルの、あの変な「ドアは金属のメタルで」という歌詞も、こっちの世界では金属だが、あっちの世界ではメタルなのだ、とへんなところで納得。
さらに高橋源一郎が「氷の世界」を、この世からあの世に渡る三途の川の途中にいる歌詞だ、などとこれまた「氷の世界」を「死の世界」への道行きと解釈したりして──うーん。なるほど、陽水のシュールなところは、この世とあの世とが混じり合った汽水域のようなところに発するものだったのか、と妙に納得した。


夕方、羽田空港を飛び立つと、すぐに富士山が間近に迫ってきます。冬の晴れた日はことにきれいです。昨日は、雪をかぶった富士山が見事でした。


シネラでリーフェンシュタールの「美の祭典」(1936年のベルリン五輪)を観ました。びっくりでした。女性が出てこない「美」の祭典なのです。(マスゲーム等には出てくるけれど競技シーンには出てきません)。調べてみると、近代五輪をつくったクーベルタン男爵は、女性が五輪に参加することに否定的だったんですね。そしてこれを女性のレニ・リーフェンシュタールが撮ったというのも不思議です。
そうだ、沢木耕太郎の『オリンピア』を読み返してみよう。あれには、たしか、ギリシアの第1回オリンピアが開かれたオリンピアの競技場あとを訪問していると、おなじく訪れていた観光客にレースを挑まれて、沢木耕太郎が全力疾走する話が出てきたはずだ。


先週末は、長い映画を2本観ました。土曜日には「ヘヴンズ・ストーリー」(休憩をはさんで、なんと4時間38分)。日曜日には「菊とギロチン」(3時間9分)。ともに瀬々敬久監督のもの。上映のあと監督との座談会もありました。ヘヴンズ・ストーリーを観ていて、あっ、この廃墟は、観たことがある、と思いました。あとで写真を探してみると、8年前に、東北を旅したとき、たしかにこの松尾鉱山の近くをレンタカーで走っていたのです(5月の連休だったのに、まだこんなにも雪が残っていました)。
この時には、宮沢賢治ゆかりの盛岡や小岩井農場や花巻などをめぐったのでした。
(この時期にだけ見られる小岩井農場の中の一本桜──背景に雪におおわれた岩手山)


これが、ヘヴンズ・ストーリーのロケ地となった、松尾鉱山。

宮沢賢治ゆかりの小岩井農場の中にある一本桜と岩手山

今学期の大教室での「社会学入門」の授業も残すところあと残り2回。楽しみながら大切にやってきた授業です。毎回、新しく内容を作り直してパワーポイント50枚(すこし多すぎるかな)を作り込んでいます。明日は、いよいよ、「風の谷のナウシカ」を解読する、と題した講義をします。テーマは3つ。第1が「戦いと戦う」というパラドクス。第2が、ナウシカの「救済感」はどこから来るのか。第3が、ナウシカから千尋へ、主人公の下降。1と2は、これまでにも話してきたことですが、3つめは全く新規に、ここ数日で練り上げました。さて、明日は、どういう反応が来るか。ドキドキですね。


新年、あけましておめでとうございます。
昨年は、宮崎、東京、丸亀、上富田町など、様々な場所でお話しをする機会をいただきました。それらの内容をバージョンアップして、もうすぐ本になって出版の予定です。この年末年始も返上して最終校正に汗を流しています。
本年も、よろしくお願いいたします。