From the monthly archives: "4月 2014"

毎年、この時期になると気になるのが唐津城の大藤です。休日にはすごい人出になるようですが、ピークは先週の土曜日あたりだったようで、やや出遅れました。それだけでなく、今年は、ちょっと花の房の長さも例年よりも短いように思います。藤は、難しいのですね。わが家のベランダの盆栽の藤も、ここ数年間、まったく咲かず、家人も諦めていたところ、今年は咲きました。不思議なものですね。


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箕面市での研究会の帰り道、池田というところで下車して、小林一三記念館に立ち寄ってきました。小林一三は阪急電鉄や宝塚劇場を創設・少女歌劇をつくった人。彼の旧宅が「小林一三記念館」となっていてなかなか面白かったですね。彼が最初に入社した銀行では左遷につぐ左遷で「だめサラリーマン」の烙印を押されていたとか。さて近くにある「逸翁美術館」にも行ったのですが、これははずれ。宝塚のスターの描いた絵とか衣装とか・・・え、美術館じゃなかったのか。


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今回の科研費の研究会は大阪・箕面市での「合宿」でした。みのお山荘という小高い山の中腹にある絶景の隠れ家のような宿泊施設です。研究会というのは、一種の共同体による作業なので、ときどき、こうやって、身も心も共同する必要がありますね。風のようにやってきて短時間報告してまた去っていく、というのでは、機能としての「情報」にふれるだけですからね。フィールドワークをしたり、懇親会をしたり、合宿をしたりして、研究目的や理念の共有が行われていって、研究共同体が生まれてくるのではないでしょうか。さて、今年は、足下の大学生とのゼミ合宿も行うべく準備中です。


みのお山荘からの夜景

みのお山荘からの夜景

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科研のメンバーとともに研究会とフィールドワークで大阪・北芝にあるNPO法人「暮らしづくりネットワーク北芝」を訪問してきました。ここは、被差別部落で活動するまちづくりNPOとして、とても有名なところです。午後1時から夜9時まで、懇親会をふくめて、みっちりじっくりお話しをうかがい、活動場所を見せていただきました。ディープでした、いろいろなことを思い考えさせられました。
http://www.kitashiba.org/


北芝NPO

これもオックスフォードで有名なパブだそうです。「まさかこんな路地裏に」というような細い道を入っていくと「Turf Tavern」というパブがあります。奥深いところにあって大人気店です。お昼時には満席です。ここではじめて、パブでは、席に座っていてもオーダーを取りにきてはくれない、ということを知りました。(ここにもクリントンの名前が・・・いろんなパブに出入りしていたんですね)


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オックスフォードにも有名パブがいろいろありますね。ここは、これまた有名な書店「Blackwell」の近くにある「White Horse」というパブです。アメリカの元大統領クリントンが学生時代よく来たところとか(クリントンはオックスフォードに留学したんですね)。


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イギリスは食事がまずいとか、いや、じつはおいしいとか、いろんなことが言われていますね。
今回イギリスでおいしいなと思ったのはパブですね。パブのエール(Ale)、これは文句なくうまいと思いました。
ビールは下面発酵だがエールは上面発酵なんだそうです。いろんな違いがあるようですが、よく分かりません。しかし味は確実に違いますね。私はふだんビールはほとんど飲みませんが(日本にいるときは日本酒です)、イギリスでは毎日エールをいただいておりました。それに加えて、パブの雰囲気が素晴らしい。伝統的なイギリスらしいインテリアなので敷居が高そうに思えるのですが、入ってみるとカウンターで支払って受け取り、あとはかってにテーブルに持って行けばいいのでした。みんなチップも置いてないし、これならマックと同じだ。1パイントのエールが、田舎で3,都会で4から5くらいでしょうか(もちろんポンド)。ここはケンブリッジで一番有名なパブの「Eagle」。DNAの発見者、ワトソンとクリックが最初にその発見の報告をしたという伝説のパブです。なんとそのプレートのある席でエールをいただきました。


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これが1パイントのエールです。

これが1パイントのエールです。

大学そっくりさん
ケンブリッジの街でカレッジめぐりをしていると、いたるところで「あれ、これ、見たことあるな」という建物に出会います。たとえばハーバード大学やジョンズ・ホプキンス大学の建物のそっくりさんに出会うのです。正確にはハーバード大学やジョンズ・ホプキンス大学が、ケンブリッジのカレッジを真似たのだと思いますが。アメリカの大学は、ほんとうに、オックスフォードやケンブリッジをルーツにしているんですね。そしてオックスフォードやケンブリッジは、中世からのヨーロッパの僧院やら教会やらを受け継いでいるんですね。原型は、ゴシックの教会ですね。ホグワーツの魔法学校の原型は、ゴシックの教会ですからね。僧院だという意味は、そこで寝食をともにして、いっしょに祈る(いっしょに聖書を読む)空間、ということでしょうか。およそ日本の大学とはかけはなれたものですね。日本の大学は、僧や神職の伝統、鎌倉仏教とか伊勢神宮の伝統とはまったく無関係ですからね。むしろ近代になってから建築された「工場」が原型なのではないでしょうか。とくに工学部なんか、その典型ですね。群馬県の富岡市に富岡製糸工場があって、いま、世界遺産登録に熱心です。ここは女工哀史とはちょっと違って、良家の子女が近代的な工場で働くぴかぴかの近代施設だったようです(もっとも労働条件は今からみると女工哀史的だったのかもしれませんが)。日本の官立大学は、西欧(の工学技術)に追いつけ追い越せの機関として始まったところが多いので(もうひとつのミッションは国家官僚の養成でした)、今のような時代には、おのずと先祖返りして「工学的な発想によって運営される学生生産工場」になりつつあるのでは・・・?


ジョンズ・ホプキンス大学にそっくり(ケンブリッジのクィーンズ・カレッジ)
ジョンズ・ホプキンス大学のそっくりさん(ケンブリッジのクィーンズ・カレッジ)
これはハーバード大学のそっくりさん(ケンブリッジ)
これはハーバード大学のそっくりさん(ケンブリッジ)
これは教会か大学か(オックスフォード・クライストチャーチ)

これは教会か大学か(オックスフォード・クライストチャーチ)

中世の城か、薔薇の名前の僧院か(オックスフォードのボードリアン図書館)

中世の城か、薔薇の名前の僧院か(オックスフォードのボードリアン図書館)

私たちの世代なら誰しも中学生時代に梅棹忠夫の『知的生産の技術』(岩波新書)を読んでいるのではないか。この本でいきなり少年の心をわしづかみにするエピソードが「レオナルドの手帳」である。レオナルド・ダ・ヴィンチの万能の天才の秘密(の一端)は、何でも記録するその手帳にあるという印象的なものだった。その「レオナルドの手帳」(正確には手稿)は、現在、様々に分割されてフランスやイタリア、英国などにあるのだ。『知的生産の技術』を読んで40年くらいたって、ようやく今回、大英図書館が所蔵するその「アランデル(Arundel)手稿」の一部を見ることができた・・・ええっ、こんなに小さいのか、こんなに細かな字だったのか。レオナルドがレフティーで逆文字で書くことは、昔NHKで放映した「レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯」で印象深く描かれていたから知っていたが、こんなに小さく、こんなに細く、こんなに細かな字を書いていたとは・・・。それにしても大英図書館もすごい。レオナルドの手稿だけでなく、バッハやモオツァルトなどの楽譜、マグナカルタやニュートン発狂の書簡!まで間近で(しかも無料で)見せているぞ。


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 春休みにオックスフォード大学を訪ねました。ハリー・ポッターに出てくる魔法学校のモデルとなったところです。新学期の始まる日本の大学とつい比較してしまいますね。見学しているうちに、なるほど、と気づいたことがありました。
 ホグワーツの魔法学校は全寮制です。そしていきなり圧倒されるのがこの荘厳な空間でのディナーでした。全校生徒が一堂に会して夕食をともにします。もちろん校長以下教師全員もです。そう、ポイントは「全寮制」と「非日常的な劇的空間」でした。
 じっさい、ケンブリッジ大学もオックスフォード大学も全寮制です。ハーバード大学も1年生は全員構内の寮に入ることになっています。その寮内が非日常的な劇的空間になっているところが映画の見所でしたね。つまり入寮することが自由を束縛されるネガティヴ体験ではなく、そこでこれまでに見たこともない劇的空間の中に暮らしてドラマを味わうというポジティヴ体験として経験されるのです。
 仲間や教師と寝食をともにして、その非日常的な劇的空間のなかでわくわくする経験を積み重ねて学び、成長していく・・・。もちろこれは映画のおとぎ話でありますが、じっさいの英国や米国のエリート校でも、基本構造はそうなっているのだろうと思います。大学生活が、高校までと違って、劇的体験なのですね。
 ひるがえって日本ではどうか。受験までの生活こそ非日常なドラマです。モーレツな受験勉強や予備校でのカリスマ教師の授業(いつやるの、いまでしょ)、そして受験・合格(あるいは不合格)という人生の一大イベントを経験します。受験前後こそ「劇的な非日常的体験」ですが、大学に入ったとたんに、平凡な「日常」がだらだらと始まってしまうのですね。よく言われる五月病などというのは、まさに劇的な興奮のあとの平凡な日常の連続に心が憂鬱になる心理のことをいっているのではないでしょうか。
 学生は入学時にモチベーションが最高潮で、あとは4年間下がりっぱなし、などと言われます。そこで、サークル活動やアルバイト等に熱心になってしまって、授業にはほとんど身を入れなくなってしまう学生たちを、ずいぶん見てきましたが、それには理由があったのですね。学生だってドキドキするドラマの中で学び、これまでと違う自分へと成長していきたいはずなのです。でも日本の現実の中ではそれがかなわない。そこでサークルやアルバイトという外の世界の中に違う「何か」を求めていってしまうのでしょう。
 かつては日本の旧制高校も全寮制でした。きっとホグワーツの魔法学校のようだったのだろうと思います。


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ロンドンでは、Dean街28番地を訪ねました。カール・マルクスが住んでいたところです。マルクスはここから大英博物館に通って『資本論』を執筆していたはずです。
宮本百合子の「カール・マルクスとその夫人」にはこうあります。
「カールは朝九時から夕方七時まで大英博物館の図書館で仕事をした。エンゲルスの援助と、ニューヨーク・トリビューン紙から送られる一回僅か五ドルの原稿料が生活の資であった。」
「ロンドンの生活でパンと馬鈴薯の食事は家族の健康を衰えさせるばかりであった。イエニーは病気になった。カールは図書館へ新聞をよみに行く金のない時さえあった。その時は、トリビューン紙への論文も、書けない。「どうしよう?……」。
「カールは物価の安いジェネバへ引越そうかと思った。しかし彼のとりかかっている「資本論」は大英博物館の図書館なしには完成しない。或る時はイギリスの鉄道局書記になろうとした。これはカールの字体が分りにくいために採用されなかった。」
「ロンドンのディーン街の庭もない二間暮しの生活は、このように困難だった。が、マルクス夫妻の不屈な生活力と機智とは、この生活のなかから汲みとられるだけのよろこびをくみあげた。」


・・・ここがまさにマルクス一家の暮らした「ロンドンのディーン街の庭もない二間暮しの生活」の家です。いまは一階は「Quo Vadis Restaurant」というこじゃれた食堂になっていますが、そのすぐとなりはいかがわしい(?)キャバレーで、ロンドンの場末という雰囲気が濃厚に漂っています。あまり安全そうなところではない感じでした。
このレストランの2階、ブルー・プレートのあるところが、マルクスが住んだ部屋です。


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きょうは小学校や幼稚園の入学式の日だったようです。大学は授業はじめの日でしたね。今、福岡はソメイヨシノが散り終わり、八重桜が爆発するように咲き誇っています。大濠公園や大学の八重桜の写真をアップしました。


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卒業式と入学式の合間をぬって10日間ほどイギリスに滞在しておりました。
桜満開の福岡をたった時には、イギリスはまだ冬なのかと思っていたら・・・春が爆発するように押し寄せていました。
長い冬のあとの爆発的な春の乱舞です。


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