From the monthly archives: "9月 2013"

宮崎駿監督の引退記者会見
宮崎駿監督の引退記者会見のノーカット版をみました。おくればせながら。
あああぁ、なんという、マスコミの質問の質の低さでしょう。
日本のTVも、新聞も、雑誌も、宮崎駿監督に、こんな程度の質問しかできないんだなぁ。
メディアの質の低下が言われているが、こういう記者会見をみると、まったくその通りなんでしょうか。困ったもんですね。
というか、学生時代から含めて、「質問」するということを、日本人は真剣には、学んできていないのではないか。
学校の授業では、ただひたすら受け身で聴講するだけで、質問したりすることもなく、その後の社会でも、相手の話を、お聞きする、拝聴する、承る、・・・というひたすら受け身で「聞く」ことばかり教え込まれてきたせいなのではないか。


宮崎駿監督の引退記者会見

宮崎駿監督の引退記者会見ノーカット10(13_09_06)_-_YouTube

ニセコの有島武郎と農場解放記念碑
ニセコというと蝦夷富士と呼ばれる羊蹄山と温泉とスキー場が有名ですが、ここは、歴史的には、有島武郎の北海道開拓農場と、その農場解放の場面となった歴史的な地でもありますね。
ニセコの町には、有島記念館があって、近くには「共生農団」の碑とか、「第一農場解放記念碑」とかあって、ああ、ここは明治から大正、昭和にかけての、白樺派と社会主義とのせめぎあいの場所でもあったのだと気づかされます。


羊蹄山

羊蹄山

有島農場解放記念碑

有島農場解放記念碑

ニセコにて

ニセコにて

先週、学会と研究会で訪れた北海道で、半日かけて、ニセコをぐるっと回ってきました。
ニセコは広大な山岳地帯ですが、すごい温泉王国ですね。
その中を、ニセコ昆布温泉、五色温泉、大湯沼(雪秩父)などを入っては出て、はあぁーと深呼吸して、また運転して次に入って出て運転してと弾丸ツアーをしてきました。これは、けっしてお薦めできない温泉の入り方ですね。何しろ湯力ある温泉は、入るだけでどっと疲れますからね。ゆあたりしてしまう。でも、それくらい、どこもかしこも、入ってみたい、と思わせる風情ある温泉なんですね。心のこりは、ニセコで最も歴史あるという「鯉川温泉」が、露天風呂の清掃中とかで入れなかったことと、帰福便がせまっていて時間切れで、せっかく支笏湖までいったのに「丸駒温泉」に入れなかったことでしょうか。あと、時間が限られていたので無理だったんですが、新見温泉にいけなかったことかなぁ。さて、その中で、おすすめというと、ニセコ・アンヌプリが間近にみえる絶景の五色温泉、それと地獄がすぐ近くにぶくぶくいってる大湯沼(雪秩父)かなぁ。


ニセコ昆布温泉

ニセコ昆布温泉

雪秩父

雪秩父

五色温泉

五色温泉

大湯沼

大湯沼

軽井沢の猫カフェ
堀辰雄で有名な、信濃追分。そこにあった旅館「油屋」がリニューアルオープンして、多目的アートスペース「油や」になっていました。入ってみるといきなり「猫カフェ」で、こんな具合で良い感じです。猫カフェのほか、ギャラリー、古本屋、古レコード屋など、様々なアート空間になっていて楽しいですね。2階は、旅館だった油屋が復活して、素泊まりができるようになっているらしいです。堀辰雄の書斎も、再現されているとか。


油屋

油屋

カフェ

カフェ

アート

アート

猫カフェ

猫カフェ

古書店

古書店

20年ぶりの軽井沢
軽井沢とは峠をこえてすぐ近くの群馬の田舎町で生まれ育ったので、これまで軽井沢には何十回となく来ていると思います。
昔は国道18号線しかなかったから、夏になると群馬のほうから、ずっと渋滞ができていました。峠をこえて長野にはいり軽井沢町になると、空気ががらりとかわってひんやりとした高原の風、まるでハイカラな異国にきたような感じになったのを覚えています。
でも、九州・福岡に引っ越してからは、遠くなりました。かれこれもう20年くらい来ていませんでした。
今回「風立ちぬ」に触発されて、じつに久しぶりの軽井沢。
ずいぶん変わったなぁ、という実感。なにしろ、新幹線がきてる、信越線は終焉してる、ローカル線では来られない。高速道路も来ているから隔世の感あり。
でも、表通りからちょっと入ると、昔ながらの風景もあって、やっぱり軽井沢は良いですね。ちょっと混みすぎですが。
思うに、軽井沢は、日本人の西欧へのあこがれが作り出したテーマパークのようなもの。堀辰雄をみれば、それがよく分かる。
ここは日本であって日本でない。明治の頃、一種の「租界」としてはじまりました。その雰囲気は、いまも濃厚に残っていますね。
日本の中のコロニアルな世界。だから、ここには、アジアの風情は、極力消し去られている。植生も、カラマツを大規模に植林したりして、がらっと変えたのですね。昔ながらの日本の森林ではない。だから、まるでボストンのような、ニューヨーク郊外のような、ロングアイランドのような雰囲気です。
軽井沢はショー牧師がやってきて127年とか言うことです。日本の近代化の120年がタイムカプセルのように残されているんですね。


堀辰雄ゆかりの油屋

堀辰雄ゆかりの油屋

信濃追分にきました。
ここは「風立ちぬ」の堀辰雄ゆかりの地。
だけでなく、私にとっては、中学高校時代から愛読してきた加藤周一が別荘をもっていた地でもありますね。
生前の加藤周一さんには、なんどかおめにかかる機会がありましたが、その神話的軽井沢・追分の山荘がどこにあるのかは、知りませんでしたし、探すこともなかったわけです。
加藤周一さんが亡くなって数年。加藤さんの追悼の書も何冊かでました。
そして今年は「風立ちぬ」の年。
堀辰雄(は、あんまり愛読したことはなかったのですが)、加藤周一が「はじめて会った文学者は堀さんだった」(高原好日)と書いていたし、今回は堀辰雄をめぐってみようと信濃追分にきたんです。「堀辰雄を歩く」というページをつくっている人が「油や」近くの「追分コロニー」という古本やさんでだいぶ資料収集したとあったので、訪ねてみました。そこで、加藤周一の山荘のありかを(漠然とではありますが)教えてもらって、探しにでかけました。ここだ、という確実な発見ではないですが、ほぼここだろう、というところは確認しました。
いま、軽井沢なので、帰福したら、また、写真をいれて、紹介することにいたしましょう。


加藤周一の山荘(推定)

加藤周一の山荘(推定)

iPhoneがiOS7になった。こういうアップデートは初期はしないほうが安全なのだが・・・ウィンドウズ8の時は「さっそくやって、さっそく失敗した、こんなの、やらないほうがよかった」だった。さて、アップルはどうなのか・・・さっそく、やってみた。ちょっと時間がかかったけど、いまのところ、なかなか、良いみたいだ。


iPhone OS7

「スケッチ・オブ・ミャーク」の感想その2
昨年のちょうどこの時期、友人たちといっしょに奄美大島にわたって、奄美大島の神事(平瀬マンカイ)をみました。
「スケッチ・オブ・ミャーク」を観ながら、昨年の奄美大島を思い出していました。
ともに薩摩藩の支配と圧政にあえぎ、沖縄本島からも支配され、神事が豊富に残っており、祭りや島唄が盛んな島。
似ているけれど、微妙に、いろいろと違いますね。
驚いたのは、女性の神司が、くじ引きで選ばれるということ。しかも、50歳代の女性の中から、ご主人の名前をかいたくじを踊らせて落ちてきたくじから決めるということ。6人揃わないと、神事が行えないということ。
島によって、それぞれ違うのでしょうが、ユタやノロがいる奄美大島とも違うようですね


平瀬マンカイ

平瀬マンカイ

奄美大島

奄美大島

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マンカイの後の盆踊り

マンカイの後の盆踊り

平瀬マンカイ

平瀬マンカイ

藤原新也『たとえ明日世界が滅びようとも』
藤原新也の近著を読みました。
後半は、東北大震災被災地をめぐってのブログや報告ですが、前半に、いくつか心に残るエッセーがありました。
「白い道を旅するもの」に出てくるMさんは、九州大学社会学を卒業された人だと思います。『花音女』という藤原新也の写真集の表紙を飾ったのはもう何年前になるでしょうか。ちょうど私が留学にでる時期で、Mさんのことは知っていましたが、それ以上の接触はありませんでした。たしかO先生のもとで卒論を書いて卒業していったはずですが、どんな卒論を書いたのかも知りませんでした。それがこの藤原新也のエッセーによって、その後の消息を知ることになりました。どんな卒論を書いたのか、どんなところに就職して、どんな人と結婚して、どんな出産をしたのか・・・。なかなかの人生なんですね。いろいろと教えられました。
(ちなみに、この藤原新也のエッセー集の表紙は、Mさんとそのお子さんです)


藤原新也の新刊

昨晩は、福岡ユネスコ協会の石橋さんや、九州大学同僚の高野先生ご夫妻ともども、KBCシネマで映画「スケッチ・オブ・ミャーク」(大西功一監督)の上映会&トークショーに行きました。「スケッチ・オブ・ミャーク」、おばあたちや、演奏途中で泣いちゃった男の子、それに突如あらわれた宮古馬・・・良かったですね。
少し感想を付け加えれば、二点が気になりました。第1は、冒頭と末尾で、語り手の久保田麻琴が、熊野の神社で日本の失われつつある神事やその担い手について語るのですが、これが、唐突な感じですね。なぜ、熊野とミャークがつながるのか・・・。第2は、映画の構成として、なんで東京・赤坂での演奏会で終わるのだろうということ。東京の高層ビルから東京タワーを眺めて感激しているミャークのおばあで話が終わるのは、ちょっと、違和感がありましたね。
ドキュメンタリー映画ということで、いろいろと考えられたんでしょうが、むしろ、もういちど切り返して、東京から帰ってきたあと、宮古の神事で、関わる人たちがだんだんへって寂しくなっていくが、黙々と祈っている、というシーンで終わるべきだったのではないかと思いました。

 


ミャーク2


筥崎宮の放生会が盛況ですね。NPO「筥崎まちづくり放談会」の斎藤さんに誘われて関連企画として「ハコフェス」にきました。ダンス振り付けの近藤良平さんによる「ハコのわダンス」盆踊りが良かったですね。子どもたちに大受け。


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湯布院の魚たち
湯布院の金鱗湖は、温泉の湯が流れ込んでいて水温が高いからだろうか、熱帯魚のテラピアが生息している。周囲も水がゆたかで、魚影が濃い。池には飼育された金魚や鯉が群れていた。そこにはなんと、1メートルもあるチョウザメも泳いでいました。これは、けっこう、見ものですね。


テラピア

金鱗湖のテラピア

チョウザメ

チョウザメ

金魚と鯉

金魚と鯉

日中は暑くても朝晩はだいぶ涼しくなってきました。湯布院は秋の気配。ヒガンバナが満開でしたし、キンモクセイ、ギンモクセイも秋の香りを放っています。田んぼも色づいて、そろそろ刈り入れどきでしょうか。


湯布院は秋の気配

湯布院は秋の気配

ギンモクセイ

ギンモクセイ

彼岸花

彼岸花

彼岸花

彼岸花

金木犀

金木犀

長女が「クルマの運転練習をしたい」というので、娘の運転で、家内と私を乗せて日帰りで湯布院まで行ってきました。朝10時半にたって12時半には湯布院で昼食をしていたのですから、まずまず順調でした。夢想園という広大な露天風呂で有名なお風呂につかったあと、金鱗湖に向かったところ、超狭い道に入り込み、折悪しく連休の土曜で、前からも後ろかもクルマが詰まってきて、行くことも引き返すことも出来ないという、最悪の状況に追い込まれ、娘は大汗をかいて疲弊しつくしていました(初心者はこういう時は動いてはいけません、相手に動いてもらうにかぎりますね・・・)


湯布院は秋の気配

湯布院は秋の気配

夢想園

夢想園

由布岳

由布岳

夢想園

夢想園

「はかた夢松原の会」名誉理事長の川口道子さんの聞き書き「女の一生」の出版記念パーティが昨晩、開かれました。昨晩は予想を上回る200人以上の方々においでいただき盛会でした。その後、二次会では、著者の川上三太郎さんいきつけの中州のディープなお店になだれこみましたね。

 


川口道子さん

川口道子さん

あろは

あろは

なかす

なかす

川上さん

川上さん


きょうは夕方から、NPO法人「はかた夢松原の会」名誉会長の川口道子さん(92歳)の聞き書き『女の一生』(川上弘文著・西日本新聞社)の出版記念パーティです。今夜の出版記念会のあと、売り出す予定ですが、すでに、アマゾンその他で「予約受付中」になっていますね。


川口ミチコ

きょうは台湾の大学から来られた荘秀美先生の、台湾の高齢化と介護保険に関するお話を、私たち科研費のメンバー4名でうかがいました。
「大温暖社会福祉政策」というのが、なんとも、ほのぼのとして、いいですね。「温暖」というのは日本ではとっても限定的な気候の話(地球温暖化)にしか使えない意味の広がりの乏しい漢字になってしまいましたが、社会福祉を温暖化の比喩で使うとは。ここでは「助けあい社会」という意味ですね。
「なるほど、こういう使い方があったか!」と膝打ちしたい気分になりました。
同じ漢字圏ですが、微妙に漢字の使い方が違うので、とってもインスパイアリングなんですね。
「魂人物」もそうで、日本語だと「中心人物」とか「キーパーソン」ですが、それだと「魂」がこもっていない!
やっぱり中心に立つ人は、魂をもっていなければ!などと、台湾の方の漢字の使い方には、とっても考えさせられました。


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911からもう12年になるんですね。
12年前の9月11日、私は「大阪ボランティア協会」で話しをするために大阪のホテルにいました。
ホテルのTVに映し出される映像が、なんだか悪夢を見ているような、異常な映像で、現実感覚が脱臼していくようでした。
そして、まさしく、その後の世界は、がらりと変わってしまいましたね。
直後に、何人かの人とともに、アメリカを訪問する予定になっていたのですが、すべてが中止になりました。
しばらくは、アメリカには、行けなくなりました。
その後、アメリカも世界も、がらりと変わってしまいましたね。
あんまり良いことは、なかったですね、この12年間。


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