From the monthly archives: "1月 2024"

新年のご挨拶──「超高齢社会研究所」代表・安立清史
昨年は九州大学の退職、『福祉の起原』(弦書房)の出版、西日本新聞(2024/10/24)への「君たちはどう生きるか」をどう見るか、というエッセイの寄稿、様々な人との新たな出会い、などいろいろなことがありました。今年は3月に新著『福祉社会学の思考』(弦書房)を上梓する予定です。本年もどうぞよろしくお願いいたします。


ジブリ・加藤周一・座頭市
ジブリから出ていた加藤周一のDVD「日本その心とかたち」の特典映像に、座頭市について語った興味深いエピソードが出てきます。彼はヤクザ映画や「座頭市」などの映画も観ていたのですね。しかもその中に「日本文化」の特徴を見いだしていたのです。座頭市とは何か──(視覚障害者ですから)遠くのことは分からない。「あっしには関係ねぇことでござんす」とうそぶいていながら、敵が近くで刀を抜く音が聞こえようものならじつに素早く対応する。これこそ日本外交の理想の姿ではないか、というのです。なるほど、皮肉たっぷりなのですが、そのとおりだと感心しきりでした。映画をたんに娯楽としてではなく、その中に日本文化の基本構造が現れていると見ぬいていたのです。加藤さんの文章に勇気づけられて、私もジブリ映画から発想のヒントをえて、いくつか文章を書いたりするようになりました。


立命館大学・加藤周一文庫のこと
加藤さんの手書きの資料などは彼の自宅の納戸の奥に家族さえもしることなく、ひっそりと収められていたそうです。それを編集者の鷲巣力さんが発見したのだそうです。ほんとうに驚くべき資料です。彼の2万冊におよぶ蔵書もふくめて、その寄贈を一括して受け入れた立命館大学図書館もたいしたものです。加藤周一関連の資料だけでなく西園寺公望の貴重な資料などもありました。受け入れた立命館大学図書館をみて、つよい印象を受けました。私が所属していた国立大学ではこういうことは、もはや考えられません。今年も多くの文系の教員が退職することになりますが、その研究室の資料や図書の多くは散逸するか処分されることになるでしょう。残念なことです。私も退職にあたって整理と処分に苦労しました。断捨離というのは文化の継承の否定です。その経験からいっても加藤周一文庫は現代の奇蹟です。デジタル化の時代、今後こういうことはますます困難になるでしょう。大切に後世に継承していってほしいと思います。京都から帰ってきて、その思いがますます募りました。(写真はその鷲巣力さんとともに)


加藤周一の小さな机
立命館大学図書館には加藤周一文庫として寄贈された2万冊ともいわれる彼の蔵書や手書き資料などが収められています。そして小さな古びた机も置いてありました。この粗末ともいえる机にずっとへばりつくようにして、手書きで、あの膨大な著作を書いたのだそうです。


ジブリと加藤周一と「日本その心とかたち」
立命館大学加藤周一現代思想研究センターの鷲巣力さんによると晩年の加藤周一は「日本美術史序説」を執筆しようとしていたそうです。でも出来なかった。準備としてNHKの番組「日本その心とかたち」に出演したのだそうですが、いきなりメキシコから日本の縄文土器との類似について語りはじめるのに度肝を抜かれたのを覚えています。この「日本その心とかたち」は10回放映されDVDとなってジブリの学術ライブラリーから出ていました。ジブリと加藤周一の縁は浅からぬものがあったようです。高畑勲監督の『火垂るの墓』について「夕陽妄語」で書いているからです。しかも「一九八八年の思い出三つ」のうちの一つとして。これは高畑さんにとってうれしかったようです。鈴木敏夫さんも交えて加藤周一を招いて勉強会を催したようで、その模様がDVDの特典映像になって残っています。


今回の鷲巣力さんとの出会いは、昨年の私の著書『福祉の起原』(弦書房)に加藤周一をたくさん引用したので鷲巣力さんにお送りしたからでした。すぐに感想を下さったのが鷲巣力さんでした。もうひとりが、加藤周一が出演したドキュメンタリー映画「しかし、それだけではない。加藤周一 幽霊と語る」(ジブリからDVDが出ています)を制作した元NHKのプロデューサー桜井均さんでした。この映画、すごく刺激されました。生きている人間はころころと意見を変える。しかし死者は定義上、意見を変えない。この時代、意見を変えない幽霊と語り合うことが必要だ、という改憲論争の最中での皮肉のきいた加藤周一さんでした。これを制作した桜井均さんも加藤周一さんについてはじつに深く豊富なエピソードをおもちです。いっしょに仕事をした人たちを魅了した人だったのですね。私も学生時代に駒場祭に加藤周一さんを招いての講演会を企画したことがあるので感慨ぶかいものがあります。


私の原点
先日、冬の京都の立命館大学へ行ってきました。加藤周一現代思想研究センターの鷲巣力さんを訪ねて貴重資料を見せてもらうためです。私の社会学者としての原点は、高校生の頃に加藤周一の『羊の歌』を読んで魅了されたことかもしれません。それ以来の愛読者ですが、彼には多くの謎と不思議があります。40年近くもっとも近くにいた鷲巣力さん(元平凡社の編集者)の著作(加藤周一を読む、加藤周一という生き方、加藤周一はいかにして加藤周一になったか等)も読み返しながら、直接お会いして私の疑問を問いかけるのを楽しみにしていました。ところが私の予想をはるかに上回るすごい資料やエピソードの数々で、あっというまに3時間以上がたってしまいました。いくつも謎が氷解しましたが、まだまだお聞きしたいことが残っています。