大島弓子さんの真骨頂
大島弓子さんが文化功労者、突然の報にびっくりしました。何十年も前、私が大学生となって駒場の文学サークルに入ると、少女漫画ずきの男子が何人かいました。私はこういう人たちがいるのが大学かと驚き、そして読んでみました。中でももっとも強く何かを感じさせてくれたのが大島弓子の作品でした。少年漫画とは明らかに違う精神性のようなものがありました。そして同時に少女漫画という狭いジャンルを突き抜けていく疾走力がありました。死の影のある生という特徴的な主題は、年譜をみると「誕生!」あたりからではないでしょうか。堀辰雄みたいな世界から始まり、みるみる高みに登っていって1975年あたりから独自の世界観を確立していったようです。世評が高いのは1978年の「綿の国星」でしょうか。私はむしろ1980年代以降の作品に惹かれます。特徴的なのは漆黒の死の世界の中にたった一人放り出されて、そこで絶望するのでなく、意想外の発想へと飛躍する場面です。いま、たくさんは思い出せませんが、たとえば「秋日子かく語りき」における「ベンジャミン」です。これは凄い、本当に凄い。読まれていない方は何のことか分からないと思いますが、死にゆく人が、観葉植物ベンジャミンに託して、家族の思いを探ろうとするのです。この突出した発想とその説得力、そして悲しみの中からあふれてくる喜び。これこそ、大島弓子の真骨頂ではないかと思います。
「千と千尋の神隠し」における「投票」のメタファー
200人超受講の1年生向け「社会学入門」も一ヶ月がすぎました。4回の講義のうち「千と千尋の神隠しの社会学」で3回やりました。が、まだ話したりません。この講義、もう5年くらいやっているのですが、毎年、新しい発見があって、つぎつぎ膨らんでいくのです。今回は、選挙中とあって「選挙と投票」について考えさせるシーンが「千と千尋の神隠し」の中に埋め込まれている、という話をしました。なるほどびっくりそのとおり、という感想と、牽強付会だ、という意見に分かれましたが、考えるヒントになればと思います。講義では、千尋は君たちだ、いや私たちだ、千尋の直面した問題は、私たちの問題だ、という趣旨で話してきたので、いろいろと考えてもらえる機会になったのではないかと思います。
村上春樹うどんツアー(中村うどん)
香川うどん県丸亀市に講演にいってきました。この機会に村上春樹のエッセイ「讃岐・超ディープうどん紀行」に載っているお店にご案内いただきました。ちょっと地元の人でないと行き着けないような場所にあるうどん店です。2年前には「がもううどん」をご案内いただき、今回は「中村うどん」でした。ここはまずロケーションが素晴らしい。見事な讃岐富士のふもとにあって、かつては田圃や畑のなかにぽつんとあったようです。いまや超人気店になって、かつての畑は駐車場になり、土曜のお昼ということもあって行列です。すごいなぁ。しかも安い。みんな、このうどんを「呑む」ようにあっというまに食していきます。これまた壮観ですね。村上春樹が訪問した20数年前は、今から数えると先々代ということになるらしいです。いまやあれから3代目にあたる若い主人がめんを打っています。香川のうどん文化の奥深さを今回も深く実感いたしました。
「讃岐・超ディープうどん紀行」(村上春樹)を追いかける
今週末、香川県丸亀市に講演にうかがうのですが、2年ぶり2度目です。毎回、心躍るのが「うどんツアー」です。思えば、1998年出版の村上春樹のエッセイ集の中にある「讃岐・超ディープうどん紀行」を読んで以来の念願ですから、もう23年ごしの「うどん」とのご対面になります。前回うかがった時には「がもううどん」をご案内いただきました。今回、いよいよ「中村うどん」にご案内いただけるとのことで、いやがおうにも期待が高まってきました。なにしろ村上春樹が「ディープ中の最ディープのうどん屋」と評し、うどん紀行の最後にふたたび「しかし中村うどんは凄かったな」と書いてるくらいですから。23年の時をへて、はたして、この村上春樹の評は生きているのか、これもまた、興味津々なところです。
丸亀市で講演をします
「新日本風土記」と「美の壺」
日本に来ている留学生には、日本を理解する上で、NHKの「新日本風土記」と「美の壺」というTV番組を推薦したいと思います。日本の地域や庶民を地道に丹念に取材して、ほろりとさせる人情味あふれるのが「新日本風土記」。そして草刈正雄のおとぼけ味につつんで日本文化の精髄を紹介するのが「美の壺」。両方とも端倪すべからざる番組で、ふつうの私たちが知らない世界がここに広がっています。最近でいうと「新日本風土記」の「東京の地下」というのは出色でした。地下のレタス工場、地下8階の国会図書館、歌舞伎町の地下ライブハウス……極めつけは、かつて新宿地下広場で「フォークゲリラの女神」と言われていた人が50年ぶりに登場して、変わらぬ主張を堂々と。これには、どぎもをぬかれました。すばらしい。(NHKの人にきくと、新日本風土記は、ディレクターが初任地で数年かけて地道に取材した成果の、いわば卒業論文のような性格もあるらしいですよ。東京の地下の場合は、ちょっと違うかもしれませんが)
社会学入門はじまる
新学期はじまる
橋爪大三郎さんの『中国 vs アメリカ』を読む
社会学の大先輩の橋爪大三郎さん。『中国 vs アメリカ』といういささか物騒な本を出されました。読んでみると、香港で強引だった中国、つづいて台湾をめぐって中国とアメリカの衝突が近いという予想です。習近平政権は戦前の日本のようだと言うのです。中国語の世界観の中だと戦前の日本のように暴走して押しとどめるのは困難だと予測しています。途中、台湾をめぐってアメリカと中国が戦うとなると、どのようなシナリオになるか、事細かにシミュレーションしてあって、ここまで状況は切迫しているのか、と驚きます。いささか軍事オタク風でもありますね。でも読んでみるとこれがまっとうな論旨。あえて言えば小室直樹直伝の論の進め方ですね。けっして「トンデモ本」ではありません。数年前の『日本逆植民地化計画』も驚くような論旨で理解できるまで時間がかかりましたが、今回もそう。なんだか令和の預言者のようになってきた橋爪さん。でも考えさせられます。
インフォメーション
安立清史(「超高齢社会研究所」代表、九州大学名誉教授)のホームページとブログです──新著『福祉の起原』(弦書房)が出版されました。これまで『超高齢社会の乗り越え方』、『21世紀の《想像の共同体》─ボランティアの原理 非営利の可能性』、『ボランティアと有償ボランティア』(弦書房)、『福祉NPOの社会学』(東京大学出版会)などの著書があります。「超高齢社会研究所」代表をつとめています。https://aging-society.jp/ 参照
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