エイゼンシュテインの有名な映画「戦艦ポチョムキン」(1925)(1976再編集のショスタコーヴィチの音楽つきの版)を初めて観ました。なかなか興味深い映画です。たいへんに有名な映画なので内容について言及する必要はないでしょう。観て思った感想だけを短く述べます。この映画の成功は、戦艦の内部という「閉空間」ゆえのドラマの密度と、オデッサという外の「開空間」での悲劇との対照が理由でしょう。この映画のドラマツルギーの構造はここです。戦艦内部の階級対立と葛藤と革命へのエネルギーの奔流。そして連帯や共同性の成就と勝利、というシンプルなドラマ。オデッサでは、市民の革命への自然な連帯(というにはあまりに過剰に演出された革命への連帯)と悲劇の殺戮という対比。これらが、この映画のシンプルなドラマ構造を作りだしているのですね。オデッサで、ひとりの水兵の死にこれほど多数の市民が連帯するか⁉という過剰すぎる演出もありました。たしかに「革命讃歌」というソ連のプロパガンダ映画のひとつでしょう。ですが、今からみるとじつに興味深いですね。専制国家にたいして立ち上がった人たちが、のちには専制国家を作っていったという歴史の皮肉をわれわれは知っているわけです。当時のエイゼンシュテインは、後世に自分がどう見られるかなど、考えていなかったでしょうね。それにしても、「ひとりはみんなのため、みんなはひとりのため」という前半で繰りかえされる、なんだか道徳の教科書を見ているようで、しかしメッセージ性ある挿話。いろんなことを考えさせてくれますね。


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