見田宗介著『現代社会はどこに向かうか-生きるリアリティの崩壊と再生』(弦書房)
見田宗介著『現代社会はどこに向かうか-生きるリアリティの崩壊と再生』(弦書房)は、コンパクトなブックレットでありながら、ここには〈社会学〉がいっぱいつまっている。
これは講演会の記録である。一昨年、見田先生が福岡に来られて、福岡ユネスコ協会の講演会で話されたものの文章化なのだが、あの講演会の時の、不思議な読後感がよみがえってくる。
講 演が始まるまえ、私は、見田先生の話は、もっと骨っぽい、論理的かつ理論的なものになるのではないかと考えていた。見田先生の近著であった『現代社会の理 論』や『社会学入門』(ともに岩波新書)が、きわめて理論的な著作だったからだ。とくに『社会学入門』は、「入門」どころではなく、社会学専攻の学生とと もに一学期いっしょに読み進めたのだが、ほぼ全員が「分からない」「難解だ」といってさじを投げた経験すらある。(いまから思うと、難しい、というべきで なかった。とくに教師が難しいと思った瞬間、学生には理解は不可能になる。あるいは理解可能性がとたんに低下するのである。)
こ の講演は、まず二つの無差別殺人事件の対比からはじまる。40年前に起こったNの殺人事件と、2008年に秋葉原でおこったKの殺人事件とである。これは ともに青森県からやってきて社会の底辺部に位置づけられた男たちの殺人事件なのだが、対照的な点があるとして鮮やかに問題提起してみせる。Nの場合、周囲 が彼を見つめる「まなざし」が濃すぎる。それが彼の未来の可能性をことごとく引きずり下ろすような「まなざしの地獄」となる。このような「まなざし」から 自由になりたくて、彼は東京にきたし、やがて海外への密航も企てることにもなる。対照的にKの場合、彼に向けられた「まなざしの不在」こそが地獄である。 仕事のあと戻る部屋はしーんとして孤独だ。彼は誰からも必要とされず、誰からもコミットしてもらえず、ネット上に様々な書き込みをしても何の反応もない、 という不在さに耐えきれなかった。40年を隔ててた「まなざし」の意味変容を、あざやかに対比させたところに見田宗介の社会学センスの冴えがある。ふたつ の事件の対比や比較は、ほかにも可能ではあろう。しかし、もっとも〈社会学〉になるポイントを正確に一突きしている、そうではなかろうか。
なぜ、このような対比が、次の主題や問題提起につながるのか。
そこに「理想の時代」と「虚構の時代」という有名な時代区分が関わってくる。大澤真幸によってさらに「不可能性の時代」というその先の時代区分が付加されてさらに有名になったこの時代区分は、この現代社会をどうとらえるか、という観点から創出されたものだ。
見田宗介は、現代社会の現状をひとつの鮮やかなイメージで指し示す。「ロジスティック曲線」である。
S 字型をした奇妙な曲線である。これが、ある環境下における生物の爆発的な増大と限界、そしてその後の定常状態への変化を示しているという。なるほどと思 う。かつて周期的に現れた「不況」や「恐慌」が、これによって説明される。なぜ密林の生き物が一種類だけ爆発的にあらわれないのかも理解できる。
しかし物理的な環境だけが、生物や人間の限界を決めるわけではなかった。
「情報化」が、環境を突破するもうひとつの可能性だ。ここから「消費社会論」とつながる。
な ぜ長年、世界最大の企業はアメリカのGM(ゼネラルモータース)だったのか。それ以前のナンバーワンはフォードだった。フォードは堅牢で機能一辺倒のクル マをつくった。GMはそれにたいしてデザインと流行する魅力(つまり情報化)で対抗した。結果は、情報化の勝利で、定期的なモデルチェンジで「時代遅れ」 を作りだし、需要を創造した。クルマとしてはまだ十分に使えても、買い換えたいという人びとの消費の欲望をつくりだし、その結果、限界を突破した消費社会 をつくりだしたのだ。この情報社会化、消費社会化が、どこまで行けるか。
見田宗介は、近年の「サブプライムローン問題」がこの情報社会の崩 壊点を示すという。通常であったら住宅を購入できない貧困層の債権を、最新の情報ハイテク技術で複雑に債権かして世界に売った。債権の危険性は限りなくゼ ロに近くなり、情報化の力によって世界経済は潤う。ところが、ある時をさかいに、住宅ローンを支払いつづけられぬ人たちが雪崩をうってあらわれる。情報化 の力では押しとどめられないリアルな世界がどってなだれ込んできて、世界経済はどん底に突き落とされる。
見田宗介は、理想の時代のようなリアルな経済成長に支えられた時代、虚構の時代のように情報化や消費社会化で支えられていた時代が、いま過渡期を迎え、転換しているのだという。
一晩で転換するわけではない。何十年もかかって転換していくかもしれない。しかしロジスティック曲線の最後の段階に入っていることは明らかだと述べる。
このような大きな転換点の前期にいたN、後期にいたK。それぞれに生きるリアリティが異なっていた・・・。
このような卓越した手さばきによって、時代や社会の特徴や本質を取り出してみせる見田宗介の名人芸を、まずは〈社会学〉として堪能しよう。
何か、すぐに役立つメッセージやアドバイスがあるわけではない。しかし、この「現代」を、三次元的に把握するその手さばきにこそ、社会学の魅力がある。
ブックガイド
ひ とつの書に関心したら、その著者のものを、入手できるかぎりすべて読んでいく、というのは昔からある重要な読書術のひとつである。広く浅く読むだけでは手 応えがないし深まらない。広く浅くたくさん読む時期をへて、次には、これだと思う著者をぐーっと読み込んでいく段階がくるのだ。見田宗介は、現在、岩波書 店から『見田宗介著作集』が刊行中で、まさにこうした読み方に適した条件がととのっている。
『岡村理論の継承と展開2-自発的社会福祉と地域福祉』(牧里・岡本・高森編)
ミネルヴァ書房から、ようやく(原稿を提出してから何年になるだろう!)、『岡村理論の継承と展開2-自発的社会福祉と地域福祉』(牧里・岡本・高森編)が出版されました。私は第11章「福祉コミュニティと福祉NPO」を執筆しています。
http://www.minervashobo.co.jp/book/b102520.html
(ミネルヴァ書房には、他にも、ずっと前に、原稿を提出していながら出版されていないものがいくつもある・・・)
インフォメーション
安立清史(「超高齢社会研究所」代表、九州大学名誉教授)のホームページとブログです──新著『福祉の起原』(弦書房)が出版されました。これまで『超高齢社会の乗り越え方』、『21世紀の《想像の共同体》─ボランティアの原理 非営利の可能性』、『ボランティアと有償ボランティア』(弦書房)、『福祉NPOの社会学』(東京大学出版会)などの著書があります。「超高齢社会研究所」代表をつとめています。https://aging-society.jp/ 参照
カウンタ
- 374258総訪問者数:
- 47今日の訪問者数:
- 52昨日の訪問者数:
最近の記事
- 中村学園大学で「社会福祉とボランティア」の授業をします
- 「記者ありき─六鼓・菊竹淳」を観ました
- 西日本新聞で『福祉の起原』が紹介されました
- 社会学、出会い直しの会
- 『福祉社会学研究』に私の著書『21世紀の《想像の共同体》─ボランティアの原理 非営利の可能性』の書評が掲載
- 『共生社会学』Vol.12──退任記念号
- 市民協ミーティング2023 in 佐賀
- 8月、市民協が佐賀・熊本・鹿児島でフォーラム・キャラバン
- 「鈴木敏夫とジブリ展」に行きました
- 『福祉社会学研究』№20 での書評
- 京都の同志社大学で「福祉社会学会」設立20周年シンポジウム
- 大阪ボランティア協会の早瀬昇さんが『ボランティアと有償ボランティア』を書評して下さいました
- 『放送レポート』最新号で『福祉の起原』が紹介されています
- ブックトーク後のサイン会
- 新著『福祉の起原』のブックトーク
- 不思議なシンクロ──「鈴木敏夫とジブリ展」がスタート
- 『福祉の起原』発売記念 安立清史×村瀬孝生 トークセッション
- 『社会学評論』最新号に『ボランティアと有償ボランティア』の書評が掲載
- シンポジウム「見田宗介/真木悠介を継承する」
- UCLAのスティーブン・ウォーレス教授の逝去
- 超高齢社会に社会学からの解
- 九州大学からの海外発信
- 九州大学での最終講義を行いました(2023年2月6日)
- 新著『福祉の起原』(弦書房)が出版されました。
- 研究の国際発信──『超高齢社会の乗り越え方』
- 最終講義日程(九州大学広報室)
- 新著『福祉の起原』(弦書房)のカバーが決まりました
- 新年のご挨拶
- 見田宗介先生を偲ぶ会
- 戦争の乗り越えは可能か(西日本新聞・随筆喫茶)
- 「戦争の乗り越えは可能か」─「千と千尋の神隠し」から考える
- 佐藤忠男さんを偲んで(シネラ)
- 大阪・中之島の「大阪図書館」
- 北九州市立美術館の「祈り・藤原新也」
- 『「千と千尋の神隠し」から考えるこれからの世界』─香川県丸亀市でお話しをします
- 「コロナ禍のもとでのボランティアやNPO法人の活動の実態と課題──オンラインによる社会調査実習の試み」
- 「森田かずよ 世界に一つだけ、私の身体」を観ました
- 「伊豆の踊子」(1974)と「四季・奈津子」(1980)
- 名画座の打率
- 暗い眼をした女優─ミシェール・モルガン
- 『「千と千尋の神隠し」から考えるこれからの世界』
- 中井久夫さん追悼
- 見田宗介先生追悼─『社会学評論』№289編集後記
- 「ふたりのウルトラマン」とは何か
- 「ゴルバチョフ:老政治家の遺言」を観ました
- オンラインでの社会調査実習
- 村上春樹ライブラリーのジャズ
- 西日本社会学会年報に私の書評が掲載されました
- 西日本社会学会年報2022に、拙著『超高齢社会の乗り越え方』の書評が掲載されました
- 見田宗介先生、最後の年賀状
- 社会学者の見田宗介先生が亡くなられました
- NHK/IPC 国際共同制作「映像記録 東京2020パラリンピック」を見ました
- 「no art, no life」と「ツナガル・アートフェスティバル福岡」
- 九州大学文学部の卒業式
- 感慨も湧かないのか、かえって感慨深いのか──いよいよ卒業式です
- no art, no life 〜表現者たちの幻想曲
- 東京大学社会学の佐藤健二さんの最終講義
- 劇団・黒テントの創始者の佐藤信さんのお話
- 上野千鶴子先生が拙著『ボランティアと有償ボランティア』を西日本新聞で書評─「ボランティアとは何か、本質を再考するための論争的な書物となるだろう」
- 1930年代から1990年代の「香港映画」
- クレラー=ミューラー美術館に行く(22年も前のことですが)
- ゴッホ展(クレラー=ミューラー美術館)を観る
- 「社会学入門」のライヴ経験
- 北岡和義さんを悼む
- 「風の谷のナウシカ」を社会学する
- 『ボランティアと有償ボランティア』(弦書房)の電子書籍版
- ケベックで聴いた「ゲッツ/ジルベルト」
- 新年 の香港映画特集
- 新年のご挨拶──驚きの「天井桟敷の人々」
- 電子書籍化のお知らせ
- 沢木耕太郎のクリスマス番組「ミッドナイト・エクスプレス─天涯へ」
- 映画「生きる」を「最後の晩餐」から解釈する
- 3発目の原爆──「シン・ゴジラ」の社会学
- 12月8日に「日本のいちばん長い日(1967)」を講義する
- 悲しい楷の樹
- 抱腹絶倒──村上の世間話
- 「生きる」と「ゴジラ」と三島由紀夫
- 『共生社会学』Vol.11が発行されました
- 「生きる」の社会学(その2)
- 黒澤明「生きる」の社会学
- 「胡同の理髪師」を観ました
- 「山嶺の女王クルマンジャン」を観ました
- ひさしぶりの対面での講演
- 大島弓子さんの真骨頂
- 「千と千尋の神隠し」における「投票」のメタファー
- 村上春樹うどんツアー(中村うどん)
- 「讃岐・超ディープうどん紀行」(村上春樹)を追いかける
- 丸亀市で講演をします
- 『21世紀の《想像の共同体》』書評(日本社会学会・社会学評論より)
- 「新日本風土記」と「美の壺」
- 社会学入門はじまる
- 新学期ふつかめ
- 新学期はじまる
- 橋爪大三郎さんの『中国 vs アメリカ』を読む
- 映画館と現実世界──似ていないのに似ている⁉
- 中秋の名月とは
- 水に映る月──ハーベストムーン
- 台風14号上陸なので「太宰治短編小説集」
- 小さな苦情、大きな問題
- 911に思う
アーカイブ
- 2023年9月
- 2023年8月
- 2023年7月
- 2023年6月
- 2023年5月
- 2023年4月
- 2023年3月
- 2023年2月
- 2023年1月
- 2022年12月
- 2022年11月
- 2022年10月
- 2022年9月
- 2022年8月
- 2022年7月
- 2022年5月
- 2022年4月
- 2022年3月
- 2022年2月
- 2022年1月
- 2021年12月
- 2021年11月
- 2021年10月
- 2021年9月
- 2021年8月
- 2021年7月
- 2021年6月
- 2021年5月
- 2021年4月
- 2021年3月
- 2021年2月
- 2021年1月
- 2020年12月
- 2020年11月
- 2020年10月
- 2020年9月
- 2020年8月
- 2020年7月
- 2020年6月
- 2020年4月
- 2020年3月
- 2020年2月
- 2020年1月
- 2019年12月
- 2019年11月
- 2019年10月
- 2019年8月
- 2019年7月
- 2019年6月
- 2019年5月
- 2019年4月
- 2019年3月
- 2019年2月
- 2019年1月
- 2018年12月
- 2018年11月
- 2018年10月
- 2018年9月
- 2018年8月
- 2018年7月
- 2018年6月
- 2018年5月
- 2018年4月
- 2018年3月
- 2018年2月
- 2018年1月
- 2017年12月
- 2017年11月
- 2017年10月
- 2017年9月
- 2017年8月
- 2017年7月
- 2017年6月
- 2017年5月
- 2017年4月
- 2017年3月
- 2017年2月
- 2017年1月
- 2016年12月
- 2016年10月
- 2016年9月
- 2016年8月
- 2016年7月
- 2016年6月
- 2016年5月
- 2016年4月
- 2016年3月
- 2016年2月
- 2016年1月
- 2015年12月
- 2015年11月
- 2015年10月
- 2015年9月
- 2015年8月
- 2015年7月
- 2015年6月
- 2015年5月
- 2015年3月
- 2015年2月
- 2015年1月
- 2014年12月
- 2014年11月
- 2014年10月
- 2014年9月
- 2014年8月
- 2014年7月
- 2014年6月
- 2014年5月
- 2014年4月
- 2014年3月
- 2014年2月
- 2014年1月
- 2013年12月
- 2013年11月
- 2013年10月
- 2013年9月
- 2013年8月
- 2013年7月
- 2013年6月
- 2013年5月
- 2013年4月
- 2013年3月
- 2013年2月
- 2013年1月
- 2012年12月
- 2012年11月
- 2012年10月
- 2012年9月
- 2012年8月
- 2012年7月
- 2012年6月
- 2012年5月
- 2012年4月
- 2009年8月
- 2008年10月
- 2008年8月
- 2006年8月
- 2005年8月
- 2004年8月
Count per Day
- 442530総閲覧数:
- 83今日の閲覧数:
- 96昨日の閲覧数:
- 鈴木清順 「悲愁物語」を観る
- 吉祥寺、井の頭公園、噴水、大島弓子、ゾウの「はな子」さん
- 福岡・今宿・伊藤野枝の生家(推定)
- タルコフスキーの『ノスタルジア』のロケ地を訪ねて
- 小津安二郎 の世界-北鎌倉の旧小津安二郎邸
- プロフィール
- 西日本新聞で『福祉の起原』が紹介されました
- 宮澤賢治の「圖書館幻想」(ダルゲとダルケ)
- 中村学園大学で「社会福祉とボランティア」の授業をします
- 村上春樹の「風の歌を聴け」のジェイズ・バー(映画ロケ地)
- 中国映画「紅色娘子軍」を観る
- 拙著『21世紀の《想像の共同体》』の評価
- ドイツZDFの取材記事
- 紙の本の行方
- 「記者ありき─六鼓・菊竹淳」を観ました
- 小林秀雄の「山の上の家」
- コロナの時代に「アラビアのロレンス」を考える
- ドイツZDFからの取材
- 「村上ラジオ/怒涛のセルフカバー」思わずのけぞる「イパネマの娘」
- 日本社会学会『社会学評論』283号の書評
カテゴリー
- トップ (1,600)