大晦日、加藤典洋の『戦後入門』(ちくま新書)をようやく読み終えました。635頁もある大作です。いろいろな論点が詰まっていますが、まず、「戦後70年」を越えて、いまだに「敗戦後」であること「従属国」でありつづけていることの異様さと、なぜ戦後がこんなにも長く続くのかという「謎」を解明しようとしています。論点としては、前の戦争が「世界戦争」であったこと(それは戦の途中からだんだんと「世界戦争」へと意味づけられていったようです)、ついで原爆という核兵器の出現とそのインパクト(対日強硬派ですら一種の宗教的「回心」が起こったという指摘が印象的です、それは人類にたいする人道上の罪であるということがいまだに隠蔽されていると指摘しています)、その世界や人類にたいする罪をなしうる「核」の管理をめぐって構想された国連が、世界の冷戦の構造の中で変質していくさまを論じ、国連が核を管理するはずがそうはならず、その余波での日本の占領と従属化といった文脈で論じられていきます。そこから先が、本書の新しいところで、フィリピンにおける基地撤去をひとつのモデルとしながら、英国人R. ドーアの、アメリカとも日本とも違う視点からの国連の評価と9条との関連づけ、そして加藤典洋独自の提案の提出へとつながっていく論旨です。
思うにこの本の底には、このところずっと(普天間問題からとすると7年以上にわたって)、日本を揺るがせ続けてきた様々な問題の震源には、(日本の)憲法をつくった権力(アメリカ)が、その憲法を守らないというねじれた構造があること、それが日本の政権をこれほどまでにも暴れさせているという認識があると思います。しかもその論旨がたんなる反米ではない。「それは占領軍がつくって受け入れさせた憲法だが、にもかかわらず、日本人にはとても書けない良いものだった」という事実の受け止めがあるのです。だからうかつに9条を乗り越えようとすると、ふみはずして墜ちていってしまう、乗り越えるつもりがまっさかさまに落下する、あやうい構造になっているという指摘です。しかしそのアメリカも冷戦後の世界情勢の中で弱まりながら揺れて衰えていく。そういう不安定な世界情勢の中で、孤立と不安を深めた日本ではひそかにクーデタが起こっているのだと指摘しています。「現在の安倍政権が・・・国家、国民に対するクーデタである以前に、かつての保守本流(自民党ハト派)の論理を仮想的とした党内クーデタである」(504頁)と喝破しているのです。なるほど、まずは自民党内でのクーデタがあったのか、だからこその展開なのか。
本書は、難渋・難解な文体をもって知られる加藤典洋氏が「たぶん私が書いた本の中で一番読みやすいだろう」と自信をもって述べておられる。そして「高校生にも、大学生にも読んでもらいたい。そういう人を説得できなければ、日本の平和主義に、未来などないに決まっているからである。」
まさに、そのとおりなのだ。(2015/12/31)


加藤典洋 戦後門2

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