鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン(1980)」を観るのは、何年ぶりだろうか。いや、20年以上たつのかもしれない。
数回観たことは記憶しているが、あれは、はたして映画館でだったかどうか。
今回は、連休の最終日、福岡市総合図書館シネラのホールで行われている「鈴木清順特集」にて、フィルム版の上映でみることができた。
久しぶりに観て、いくつか感あり。
第1は、たった30数年前の作品なのに、すでに、現在と大きな隔絶、今日の視点からは「ちょっとなぁ」というところが多々みられたこと。たとえば中砂(原田芳雄)のお稲(大谷直子演ずる芸者)にたいする態度。お稲にそっくりな妻にたいする、いまだったらジェンダー論的に受け入れられないだろう態度。そして「陸軍士官学校独逸語教授」という軍隊権力を背負って社会に対している高等遊民の中砂と青地という存在。かつては感じなかった大きな違和感をそこに感じずにはいられない。この30年間の間に、私たちの意識がいつのまにか大きく変えられたことを痛感する。
第2に、鈴木清順の演出、思った以上に、ラフなところ、うまくつながっていないところ、破綻しているところ、冗長なところも感じた。何しろ145分もあるのは、さすがに長い。とくに中砂が亡くなった後が、長い。もっと編集でシャープにならないものか。いや、それがかえって鈴木清順流なのか。
第3に、しかしながら、映画の魅力がじつに豊富に詰まっている。映画ならではの魅力がいっぱいだ。印象的なシーンで溢れている。思い出すままに列挙すると、島田近くで大井川にかかる蓬莱橋のシーン。この橋、ツィゴイネルワイゼンだけでなく、他にもいくつもの映画のロケに使われているが(最近の例だと「超高速参勤交代」)、このツィゴイネルワイゼンが一番印象に残る。観に行きましたね。木造なのでしばしば壊れて補修される。向こう岸まで渡るとけっこう長い距離があって、まるで此岸から彼岸に渡っていくような印象的な徒歩橋だ。中砂が土の中に埋まって亡くなる桜満開のシーン(坂口安吾的)。ここは清春白樺美術館となっているかつての小学校跡地のはず。鰻屋として使われている大内館や蕎麦屋もじつにいい。青地邸として使われた、いまはもうない湘南の西郷従道邸(?)やサナトリウム。お化け屋敷となる中砂邸(これはどこか知らない)などなど。ロケ地めぐりも楽しめる。
第4に、歌舞伎のような印象的で派手な場面展開と、お化けもの怪談らしいスリラー・エンターテインメント。これは一種の怪談物でもあるので、幽冥の境がしばしば出て来る。蓬莱橋もそうだし、釈迦堂の切り通しもそうだ。とくに釈迦堂の切り通し。ここも今や崩落の危険があるので通行禁止のはず。ここは、この世とあの世、幽冥の境となる重要なポイントだ。
第5、鈴木清順はこの映画にどんなメッセージを込めたのか。社会学者・橋爪大三郎の突っ込んだ論考がすでにある(「ツィゴイネルワイゼン:知の擬態」)。西欧から輸入される知に耳を澄ます明治・大正の知識人。しかしその声が正確に聞き取れない(サラサーテの演奏中のコトバが聞き取れないというのが、この映画の重要な導入部となっている)。自分では知を生産せず、西欧からの知に耳を傾けるが、聞き取れない。いわば知ではないのに知を擬態する知識人。「生きているって思い込んでいるけれど、死んでいるのはあなた(青地)なのよ」という巫女めいた中砂の娘・豊子。原作の内田百閒は明治・大正の日本の知的世界を戯画的に描いていたのだろうか。おそらく脚本家も鈴木清順も、そんなことまでは考えていないだろうけれど、そこまで考えたくなるような映画なのだ。
不思議な映画だ。かつて感心した部分に感心できず、かつて見過ごしていた部分に惹かれる。
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安立清史(「超高齢社会研究所」代表、九州大学名誉教授)のホームページとブログです──新著『福祉の起原』(弦書房)が出版されました。これまで『超高齢社会の乗り越え方』、『21世紀の《想像の共同体》─ボランティアの原理 非営利の可能性』、『ボランティアと有償ボランティア』(弦書房)、『福祉NPOの社会学』(東京大学出版会)などの著書があります。「超高齢社会研究所」代表をつとめています。https://aging-society.jp/ 参照
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