鈴木清順監督、日活を追放されて10年後の復活となった「悲愁物語」。遺作となった「オペレッタ狸御殿」も凄かった(≒ひどかった)が、この作品も凄い。凄いという意味は、通常はプラスの含意なのだが、この作品に関しては、念願の復活にさいして、よくぞこんなとんでもない作品をつくったな、という意味になる。へんにりきんで浮かび上がろうとしていない。まさに「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある」を地で行っている感じだ。達観しての作品なのか、脱力しての作品なのか、よく分からないところがまた面白いと言えば面白い。私にはこの93分、ちょっとつらかった。とくに後半の45分間は。映画館でなければ見続けることはできなかっただろう。
さて、この作品、シネラで配布されている解説にはこうある。「日活を追われた鈴木清順監督が10年ぶりに復活した記念すべき作品。抒情的な表題とは裏腹に、とんでもない異色作となっている」「前半は完全にスポーツ根性物語……しかし後半はどろどろとした愛憎劇」「おそらく日本映画史上に比類をみないカルト作品であろう。まったく演出をコントロールする気がない。もう最後まで滅茶苦茶だ」……しかし、よくぞここまで書いたな。この解説も相当に凄い。私などはこの解説に引きつけられて、ぜひ観に行こうと思いたったのだ。
さて、この解説に少しコメントするなら「後半は愛憎劇」というのは微妙だ。愛憎劇と言えないこともないが、ストーカー的な一方的な狂気に巻き込まれて破滅していく話なのだから。新興住宅街にたくさんいる精神を病んだ主婦たちの集団が、よってたかって「白木葉子」というアイドルをいじめ殺す映画とでも言うべきか。さらに言えば、江波杏子演じる平凡な主婦が、ご近所いじめの過程でストーカーとなって凄まじい悪魔キャラに変身していく物語、ストーカーを誰もコントロールできなくなっていく恐怖、いじめる側の快感といじめられる側の服従とが、ほとんど運命的と言えるまで、物語の進行を破壊と破滅へと導いていくスリラー劇、とでも言うべきだろう。どこにも救いがなく、だれも幸福にならず、みんなただひたすら墜ちていって破滅する、そういう映画だ。
それにしても、この主人公(とはとても言えない?)白木葉子。「あしたのジョー」の輝かしいヒロインの芸名をもらったうえ、いきなりこんな役をやらされて、その後、いったいどうなったのだろう。ひとごとながら、たいへん心痛める後味だ。


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