From the monthly archives: "3月 2016"

介護保険改正に向けたNPOや社福法人の対応と役割についての研究会を開きました。全国を寅さんのように行脚しながら辻説法している介護系NPOの伝道師、市民福祉団体全国協議会専務理事の田中尚輝さんが、九州に来られているとのことでお招きしました。社福法人、NPO法人、様々な方々がご参加くださいました。福岡だけでなく、佐賀、大分、鹿児島からも熱心にご参加いただきました。3時間にわたって論議をいたしました。


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今年は冬が寒い、雨が多い、などと思っていたら、いつのまにか春が近づいています。あっというまにハクモクレンが満開をすぎてすでに花は散り始めていました。大濠公園をウォーキングしながら、今月中に書かないといけない、いくつかの論文や報告書のアイデアを練っています。菜の花も咲いていますね。


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「小林賢太郎」というすごい才能を知ったのはそれほど昔のことではありません。
きっかけは「小林賢太郎TV」というNHKの番組でした。はじめて見たときはびっくりしました。とにかくポップでありながらシュールであり、じつに丁寧に考えられ練り上げられ作り込まれているのです。「アナグラム」というか言葉遊びが実に秀逸で、笑っているうちにシュールな現実を超えた世界へとはみ出しているのです。笑いの要素もふんだんにあるけれど、むしろアートでシュル・レアリスムの世界です。彼を「お笑い芸人」というのはまったくの的外れでしょう(TSUTAYAでは彼のDVDがすべて「お笑い芸人」の棚にありますが)。小林賢太郎を卒論で取り上げた学生も出ました。彼に教えられて、小林賢太郎の才能の一端を示す展覧会が、福岡・天神で催されているのを知ったので行ってみました。
http://artium.jp/exhibition/2016/15-09-kobayashikentaro/


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つい先日が九州大学の今年度最後の教授会でした。その後、志賀島にいく途中の海の中道のホテルで定年教授の送別会がありました。
毎年、この時期になると様々なことを考えさせられます。昨年は「送別会は(生前の)お葬式である」と考えました。
今年は、定年にともなう「ハッピー・リタイアメントの法則」を考えてみたいと思います。
その条件の第1は、定年後に次の仕事があることではないでしょうか。ふつう「定年」は「社会的な切断」です。社会から、もう必要ないと「解雇通告」を受けたようなものです。残酷な現実ですね。でも次の仕事があれば定年を深刻に考える必要がありませんからハッピーです(でも最近はこの第2の人生がある人はとても少なくなりました)。
第2は、お弟子さんや後継者がたくさんいることですね。どんなに優れた業績を達成したとしても、お弟子さんや後継者がいなければ社会的な孤立です。幸せにはなれません。しかしお弟子さんがたくさんいる人は、そういう人たちがおしかけて最終講義はお祭りみたいです。弟子や後継者がいれば後顧の憂い無く引退できるからハッピーですね。
こう考えると、何だかつくづく「日本だなぁ」とため息が出てきます。伝統的な日本社会のあり方がしっかりと残存しているのを感じます。日本人の「幸せ」は畢竟、家族や共同体との幸福な関係から由来するらしいのです。どんなにすぐれた人でも孤立した「お一人さま」だと、やはり寂しそうに見えてしまう。どんなに凡庸でも、たくさんの子どもや孫(やお弟子さんたち)に囲まれるとにぎやかで幸せそうに見えます。実態はどうあれ、日本における「ハッピー・リタイアメント」とは、大家族の中での老後、子どもや孫に囲まれた暮らし、共同体から祝福される引退、ということなんでしょうね。近代化したようで、全然そうでない日本社会。最近は小家族化や核家族化を通り越して「おひとりさま社会」となっていますし「無縁社会」の様相も濃くなってきました。和気藹々とした大家族や拡大家族はもう一種の「幻想」となりつつあります。弟子たちに囲まれた幸せな定年退職も「幻想」になりつつあるのです。しかし、不可能になりつつある「ハッピー・リタイアメント」は、それゆえ、より輝かしく「幸せそう」に見えるのですね。大学という「拡大家族」の中でのハッピーリタイアメント。今、その「大学」という拡大家族も共同体ではなくなりつつある現在、「拡大家族」の中での幸せを望んで達成できなかった人たちとっては、この時期は残酷な季節でもありますね。

(誤解無きよう、お弟子さんや後継者に恵まれた人が凡庸だという意味では、まったくありません)


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3.11から5年がたちました。この5年間に出た様々な3.11関係の論説をふりかえって、私には多くを教えられた、いくつかの重要な文献があります。
中でも『夢よりも深い覚醒へ──3.11以後の哲学』(大澤真幸、岩波新書)は重要な著作だったと思います。
大澤さんの前著『虚構の時代の果て』や『不可能性の時代』で示された認識、「理想の時代」のあとにきた「虚構の時代」も終わりをとげ「不可能性の時代」にはいったという見通しがさらに深く展開していました。3.11を通じてこの「不可能性の時代」に直面した私たちは、より深く覚醒しなくてはならない。そう論じる本でした。
ところが、「フクシマ」という現実に直面して、本当はこの原発事故という「現実」から覚醒しなければならなかったのに、「なんだかんだといったって電気が必要だ、経済成長が必要だ、グローバル化の時代の中で生き残らなくてはならないのだ」という開き直りにも似た「ゲンジツへの逃避」のほうが不気味にも大きく広がってきたと思います。その波はマスメディアや大学にも及んできて、現実への逃避というか「現実以下の現実」への逃避が広範囲に始まっていると思います。
私も理事をつとめている福岡ユネスコ協会では、2013年11月に「未来に可能性はあるか──3.11以降の社会構想」というシンポジウムを開催しました。木村草太さんは「憲法以上の憲法」、小野善康さんは「経済以上の経済」、中島岳志さんは「民主主義以上の民主主義」の必要性を論じられました。その時に議論された問題は、すべてアクチュアルなまま、現在に引き継がれていると思います。シンポジウムの内容は本として出版する予定でしたがおくれました。でも、あの時、議論された内容はいまでも意義を失っていないと思います。そこで私がインタビューアーとなって、2013年以後の3年間の急激な社会変化について、大澤真幸さんと意見をかわした章を追加して出版する企画が進んでいます。


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2013年の福岡ユネスコ協会シンポジウム

2016年3月8日、九州大学社会学研究室恒例の卒論発表会がありました。今年の4年生の卒論は優秀でした。その後、わきあいあいの4年生追い出しコンパになりました。2016年3月9日の教授会で全員の卒業が決まりました。おめでとう。


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先週末は福岡国際会議場で開かれた「ACAP(Active Aging Consortium in Asia Pacific)第10回大会」にずっと出席していました。九州大学名誉教授の小川全夫先生の音頭で10年前に福岡ではじまった時から参加していますが、はやいものですね。ハワイ、韓国、中国、香港、シンガポール、からきた、旧知の友人たちにも再会しました。フランス、タイ、モンゴル、マレーシア、などからも多くの人たちが参加していました。どのプレゼンテーションもみな一様に、東アジアだけでなく世界中が高齢社会になっていくこと、少子・高齢化への政策対応が必要なことを述べていました。


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数年前に、花巻に行きました。駅前で偶然に出会った「宮澤賢治ボランティア」の方が、すごい方でした。賢治に関するありったけの知識を投入して花巻にある宮澤賢治関係の場所を、くまなく案内してくださるのです。驚きました。感動しました。結局、その日だけでは足りなくなって、翌日もまるまる一日、案内して下さいました。銀河鉄道のモデルとなったイギリス海岸、賢治生家跡、さらには花巻郊外にある五輪峠や、風の又三郎の映画のロケが行われた廃校跡まで、私のレンタカーに同乗して案内して下さいました。なんとも驚異的な宮澤賢治の旅でした。いまでもなんだか信じられないくらいです。



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宮澤賢治・母方の家で、賢治誕生の家です。

 

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産湯の井戸はいまも現役です。宮澤商店の方が、わざわざ井戸の水をくんでみせてくれました。

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東日本大震災ではだいぶ被害を受けたようです。このように、ひび割れが走っておりました。

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これは父方の家ですね。弟の清六さんが住んでおられたほうです。

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