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日本社会学会『社会学評論』283(Vol.71, No.3, 2020)掲載

 

安立清史著『超高齢社会の乗り越え方一一日本の介護福祉は成功か失敗か』

(弦書房.2020年. A5判. 196頁. 1.800円+税)

 

評者・森川美絵 (津田塾大学総合政策学部教授)

 

本書は, 日本の福祉分野の非営利研究を牽引してきた著者が,未来に聞かれた社会の見方,論じ方の可能性を追究したものである.私たちが無自覚に受け入れてきた,もしくは囚われてきた未来社会の悲観的把握の枠組みを批判的に捉え,そこから一歩外に出るためのアプローチを論じている.

本書は.序章と3部構成の本編.総括,からなる.序章は,問題意識や主題,本書の構成の紹介である.主題は1つではない1つは「超高齢社会の謎と謀題」(15頁) であり, 日本の超高齢社会論に対する問題提起である人口構成・動態データを根拠に未来社会の危機と社会保障制度の持続可能性に焦点を当てた主流の議論が,財政の論理と制度の目線からの議論であり,個々の高齢者が置き去りにされていることを指摘する.本書のもう1つの主題が「超高齢社会と非営利」(16頁)である.「非営利とは反営利ではなく,むしろグローパル資本主義の中で,意外な可能性を発揮していくものではないか」(16頁) との認識から,超高齢社会の可能性をひらくものとして非営利が位置づけられる.

第I部「日本の介護福祉は成功か失敗か」は, 2つの主題へのアプローチについて.より具体的に論じている最初の主題にかかわり,介護保険制度を例に問題を提起した上で, 1人ひとりの高齢者の生き方を置き去りにしないオルタナテイブな社会や制度の展望について,高齢者への個別ケアを徹底した介護福祉実践からの示唆が提示される.もう1つの主題については, 「人びとの潜在的なキャパシティを引き出す組織」としての非営利組織,これからの社会における非営利の位置付けについて論考している.

第Ⅱ部「災害と福祉そして非営利の復元カ」は,前半において.非営利の捉え方,政府と非営利組織の協働が「行政の下請け」に転化する問題,などを考察し,第I部後半の議論を深掘りする形で問題克服を展望している後半は, 「災害時に頼れる福祉と非営利のカ」について.レジリエンスを鍵概念としながら,東北大震災からの復興過程に関する他の研究者の議論に,著者自身による熊本地震での非営利組織の調査結果の知見を接合させて論考を展開している.

第Ⅲ部「超高齢者社会の乗り越え方」は, 「社会保障のブレークスルーのために何が必要なのか」「介護保険をもっと利用者中心の制度にするために何が必要か」(17頁) について考察している.日本におけるエイジズムの蔓延という問題を指摘しその克服が悲観的な超高齢社会論の克服と重なると論じる.総括では.超高齢社会を生きていく上での発想転換として,「正解」ではなく「様々な解」を探すことの重要性を論じている.

このように.本書のテーマや議論は多岐にわたる.個人的には,非営利研究者としての著者が,どのように日本の非営利分野・組織の未来を展望するのかという関心から,第Ⅱ部を興味深く読んだ.サラモンの「第三者による政府」モデルにおける「第三者」の意味を掘り下げ, 「「政府でない政府」いわば『政府以上の政府」を作り出すこと」(88頁) を要諦とする論考の展開は秀逸である.後半の,災筈復興支援に取り組む非営利.NPOの実証的研究を基盤にした論考も,読みごたえがある.当事者が内包する力を引き出す基盤を社会に作り出す非営利の可能性と課題を.制度との関係から問い直している.制度依存・経路依存により「非営利」の力が削がれる問題を克服するために,いかなる視点・アプローチが可能かという,著者が考え抜いてきたであろう思考がうかがえる.

本書は,テーマが1つに収飲されていないが,それは,著者が長年追いかけてきたことが複層的であったことによるのだろう.著者には.各テーマや各部の議論の関連は,自明なのかもしれない. しかし,読者にとっては,それぞれのテーマ,各部各単元の議論について,単体の論理展開は理解できても,それらがどのように有機的に関連し全体として超高齢社会へのオルタナテイブなアプローチを提示するものなのか.わかりにくいようにも思われた.そこが序章と総括の部分でより明確にされることで.「非営利という観点をとりいれた,オルタナティブな超高齢社会論」としての本書のオリジナリティが,より説得的に読者に伝わるのではないか.著者は.「それでよいのだろうか」と問いかけ,読者に批判的思考を喚起する.しかも. (評者であれば)「それが問題だ,課題だ」という地平で思考停止しがちな議論を.2歩3歩と押し進める本書は,幅広い学びを自らの問題意識と融合させて課題を深堀りしていく知的思考とはどういうものか,という点においても示唆的な良書である.