舩橋晴俊著『社会学をいかに学ぶか』(弘文堂)

この書は、たんなる社会学入門書ではない。社会学の学び方を切り口として、「学問的空振り」という、きわめて重要かつ本質的な問題提起を行っている。
私たちは、「人生の空振り」をしているのではないか、と問いかけているのだ。
この問いに、どきり、としない人はいるだろうか。
2年生の授業で、問いかけてみた。
ほぼ全員が、空振りしているかもしれない、と答えた。
私だって問いかけられたら、空振りの人生だった、と答えるかもしれない。
これは、重大事だ。たいへんだ。
大学で学ぶこと意味や異議が根本的に問われている。

「空振り」とは何か。
やる気があり、努力しているにもかかわらず、手応えがつかめない。学んだことの実感がなく、通り過ぎていくような気がする。何か大切なものを獲得しり、達成した感じがしない。何か虚しく空をつかんでいるような感じだ。やっていることの本当の意味や意義が感じられない・・・
そういうことだろう。
「努力しているにもかかかわらず」というのがポイントだ。
もともとやる気のない人、努力していない人は、バットを振っていないのだから、当たるはずもないし、したがって、空振り、もあり得ない。
ここでは、そういう人のことは、考えない。
問題は、やる気があって、努力しているにもかかわらず、だ。
典型例を出してみよう(特定の具体的な個人ではありません、念のため。集合的なケースを抽象化したものです)。
成績優秀、やる気も十分、授業には皆勤。それどころか、朝の1限から5限まで、毎日出席。
3年生からは、夜の公務員講座まででている。
学芸員資格、教員免許、社会調査士など、資格もたくさんとっている。
でも、卒論になったとたん、まるで書けない。
テーマがまるでない、のだ。自分が何を本当にやりたいのか、分からない。
卒論に取り組もうにも、取り組みたいテーマが見つからない、と暗い顔をしている。
書けない、どうしよう、混乱する。11月になって昼間が短くなると、夕方、不安になるのだろう、書けません、と相談にやってきて、やがて涙目になる・・・
こういう「優等生」は、珍しいことではない。
典型的な「空振り」なのだ。
4年間、まじめに熱心に「学んだ」。
しかしそれは受動的に教えられることを吸収しただけ。
喩えていえば、教室という画面で放映されているTV番組のようなものを、ただひたすら、まじめに見てきた、ということ。
教科書も読んできた。黒板の板書もノートした。でも、それは、自分で見つけて読みたいと思って読んだわけではなく、受動的に薦められたり、教科書だったから、読んだだけ。読んで、それで、おしまい。
就活も、勉強すれば確実に点がとれて合格しそうな公務員試験を、受験勉強と同じくひたすら地道に忍耐強くこなしただけ。
公務員になって、何か、やりたいことや、実現したい夢があるわけではない。
(公務員受験が悪いわけではありません。公務員試験にまっしぐらな人に、ありがちなので、ひとつの事例として取り上げているだけ。公務員を一般企業に置き換えても当てはまることは、すぐに分かるでしょう)
そういう「優等生」が、卒業を目前にして陥る激しい「空振り」感。
昔だったら、ここで一念発起、留年して世界放浪、自分探しの旅、となるのだろうが・・・(作家の沢木耕太郎や、写真家の藤原新也、などがその典型。沢木耕太郎の『深夜特急』、藤原新也の『全東洋街道』などは、いまでも胸を熱くする青春の書として、お薦めだ。)。
でも今では、そんな泥臭いことはやらない。
自分の空振り感は、封印して、まぁ、こんなものかな、と見切って、さっさと就職していく。
卒業時に「社会学って、何でも出来るというので進学しましたが、結局、どんなものかよく分かりませんでした」とか言って卒業していく。
うーん、こまったなぁ。

こういう学生を、私たち教員も、毎年、数限りなく見てきた。
社会学研究室が楽しいのは、それはそれでけっこうなんだけど、社会学そのものの魅力が分からないまま卒業していくのなら、われわれはいったい何をしておるのか、ということになってしまう。
学生がバッターボックスで「空振り」しているのを見ている私たち教員は、さしづめ無力な「コーチ」とか無能な「監督」にあたる。
期待して打席に送り出したバッターたちが、ぜんぜんヒットを打てず、三振の山を築いていく・・・今年も完封負けか、などというのは、じつに、残念な気持ちなのだ。
「監督失格」として、更迭されそうな気がする。

このままではいかん。
と、今年は、船橋晴俊さんの『社会学をいかに学ぶか』を教科書にして、2年生からいっしょに空振りをしない方向を模索しようと考えた。「社会学」とあるが、社会学の話だけではない。私たちすべてに共通している課題なのだと思う。


 


舩橋晴俊

社会調査実習を受講している3年生は、こちら


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