高橋源一郎の『ぼくたちはどう老いるか』(朝日新聞出版)を読みました。この3月に読売新聞夕刊で私と村瀨孝生さんの共著『介護のドラマツルギー』が紹介されたとき、彼の本も同じく「アンチ・アンチエイジングの本」として紹介されました。ですから読まなくてはと思っていたのです。読んでみると、これは予想外に深い本でした。

内容的には、鶴見俊輔の『もうろく帖』や、吉本隆明の老いを描いたハルノ宵子の『隆明だもの』、有吉佐和子の『恍惚の人』や耕治人の『そうかもしれない』などを紹介しながら、彼の老いと死にかんする思考や感想を書き記しています。さいごに谷川俊太郎や自分の弟の通夜のことなども書かれています。これらの先人たちの老いと死を、その書かれたものを読みながら考えるという本でした。

じつは『介護のドラマツルギー』を書く時に、私は鶴見俊輔の『もうろく帖』と谷川俊太郎の童話『おばあちゃん』を材料に、死の受容と老いの受容の違い、どちらがより困難か、それは老いの受容のほうではないか、などという草稿をつくっていたのです。そして『君たちはどう老いるか』という書名も考えていたのですが、けっきょくその草稿も書名もつかいませんでした。

源一郎さんの本は、どのエピソードにも、かなり驚きと深みのあるものでした。この本を読んだあと、ハルノ宵子(吉本さんの長女)の『隆明だもの』も一気に読みました。こんな本が出ていたのか、知りませんでした。


つげ義春が亡くなって多くの追悼記事が出ています。私が初めてつげ義春という名を知ったのはNHKの佐々木昭一郎さんのドラマ「紅い花」(1976)からでした。きくところによれば、つげさんは佐々木さんのドラマを評価しなかったそうです。どうしてなんでしょうね。私などは一発で佐々木ドラマに魅了されたのですが。

ところでスペインの映画監督ビクトル・エリセの代表作「ミツバチのささやき」(1973)を最近見直してみると佐々木ドラマの「紅い花」と共振するものを感じるのです。似ているのです。どこが。脱走兵と孤独な少女の接近遭遇というテーマが。

制作された時間順でいうと、つげさんの漫画、エリセの「ミツバチ」、佐々木さんの「紅い花」となります。エリセの映画の日本公開は1985年だし佐々木さんのドラマには脚本家がいるという具合に事情は錯綜していますから、単純に影響関係は言えないと思います。ですが不思議な共通性と共振を感じます。佐々木さんのドラマにも、エリセの映画にも、戦争の記憶と脱走兵がでてきます。主人公の少女が幻視しやすい子供です。大人の戦争から脱出してきた脱走兵と少女がふれあいますが脱走兵は殺されます。そして少女は謎をかかえて沈黙しながら成長していくのです(これは、エリセの「エル・スール」など彼の映画に共通していますね)。漫画も、ドラマも、映画も、それぞれに深い味わいがあると思います。


西日本新聞の名物記者だった川上三太郎さん(本名・川上弘文)が亡くなりました。私は「はかた夢松原の会」の活動をつうじて川上さんと知り合いました。川上さんは、この会の創設者の一代記『女の一生 川口ミチコ聞き書き』を出されています。川上さんは、じつに不思議な方で、上からメセンで取材する人ではなく、地に足をつけたユニークな活動をする方々を、興味津々のあたたかく対等な目線で取材される記者でした。こういう新聞記者は、いそうでいて、あんがいいませんね。彼の「なんしようと」という連載記事に私たちも取り上げられたことがあります(2009年の記事です)。ご冥福をお祈りいたします。


檀一雄の能古島の家
先日、福岡市総合図書館シネラで映画「火宅の人」(1986)を観ました。無頼派という原作者の檀一雄の人生──映画ですから脚色があるでしょうが、いまではありえないようなストーリーで唖然としました。昭和という時代を感じます。檀一雄は、晩年、能古島の家に住んでいました。小説「火宅の人」は亡くなる直前、九州大学病院に入院中に口述筆記されたそうです。能古島といえば博多湾にある小島です。春のこの時期、子どもたちが小さいころは毎年、桜と菜の花を見にでかけていました。フェリーでわずか10分ほどですが別天地のような島です。これは22年前(2004年)の写真ですが、能古島の港ちかく、岡の上へちょっと上がると檀一雄が晩年住んだ家が当時は廃屋となって放置されていました。これは忘れ難い風景でした。今は長男の檀太郎さんご夫妻が新築された家に住んでおられるようです。


福岡の「宅老所よりあい」代表の村瀨孝生さんと私との共著『介護のドラマツルギー』ですが、3月21日には読売新聞・夕刊で、大きく紹介していただきました。
介護やケアの本として紹介されるのかと思っていたら、意外にも「アンチ・アンチエイジングの本」として紹介されました。なるほどそういう読み方もあったかとちょっと驚きました。考えてみたら、そのとおりですね。老いやエイジングを否定せずにどう正しく受容するかをエピソードから考えている本ですからね。以前から「宅老所よりあい」に関心をよせていた高橋源一郎さんの本と並べて紹介されたのも嬉しいことでした。こういう化学反応のような読まれ方もいいですね。

【読売新聞オンライン】先日の読売新聞・夕刊の記事です。読売新聞オンラインでも紹介されています。
「アンチエイジングに抗う新刊 作家の高橋源一郎さんや福岡の特養老人ホーム代表らが『老い』を考察」
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/interviews/20260323-GYT1T00139/


「ツィゴイネルワイゼン」を観る
2026年4月、福岡市総合図書館シネラで久しぶりに鈴木清順の映画「ツィゴイネルワイゼン」を観ました(フィルム上映で)。
1980年の映画ですから46年前の映画になります。この映画が公開された当時の自分史と重ね合わせると、駒場から本郷へ進学したころです。本郷の社会学研究室には不思議な先達として橋爪大三郎さんがいました。当時、無所属。しかし先生以上の先生として尊敬を集めていました。地下室では橋爪さんを中心に秘密めいた研究会が開かれていました。そこで橋爪さんのガリ版刷りの原稿「ツィゴイネルワイゼン: 知の擬態」を読みました。これには大きな衝撃を受けました。なんと、この映画は日本の近代的な知識人の本質的な「弱さ」が描かれているというのです。一見、近代的なインテリ知識人にみえるが、それは「本物への擬態」ではないか。
レコードの中でサラサーテが演奏中に何か呟いている。それを必死に聴き取ろうとする主人公の二人。これこそ近代化日本の知識人の似姿そのものだというのです。当時の橋爪大三郎さんは「無所属」。どこにも職をもたず、小室ゼミや自主研究会などで若い院生を指導しながら、膨大な手稿を書き溜めていました。それらはのちに出版されていきますが、当時はまだ知る人ぞ知る、といった存在でした。橋爪さんは、当時の学会やアカデミズムは、まさに「知の擬態」だと批判的に見ていたにちがいありません。だから、この映画を、大学や学会やアカデミズムへの批判として、さらに自分自身への鞭撻として真摯に受け止めたのではないかと思うのです。
この論考は衝撃的でした。映画の中に社会学を見つける。こういうことが可能なのか。それを教えられたように思ったのです。
社会学に進学したばかりの時でした。


読売新聞・夕刊(2026/03/21)で、私と村瀨孝生さんの共著『介護のドラマツルギー』が紹介されました。なんと「アンチエイジングに抗う」と題して、高橋源一郎さんの『ぼくたちはどう老いるか』と並んで「アンチ・アンチエイジングの本」として紹介されています。これにはびっくり。アンチエイジングを主題にしたつもりはなかったのですが、言われてみれば、まさにそうも読める。記者がこの2冊を並べて紹介してくれたので、新たな視点をいただいたようで嬉しくなりますね。私たちの本は「意外な発想に満ちている」という評価もいただきました。これもうれしかったですね。(記事の一部だけ紹介します)


3月14日に東京・広尾の日本赤十字看護大学でひらかれた日本保健医療福祉学会の研究会で『介護のドラマツルギー』について講演しました。久しぶりの学会報告、しかもコメンテーターではなく、報告書として招聘されて。私は介護やケアの実践家でも研究者でもありませんが、福岡のユニークな介護施設「宅老所よりあい」のことは20年以上にわたって見てきました。そのうえで「宅老所よりあい」の代表の村瀨孝生さんと2年半にわたっていっしょに本をつくる作業をしてきて考えたことをお話ししました。「宅老所よりあい」と村瀨孝生さんには2つの不思議と謎がある、というところから講演をはじめました。まず入口は、なぜ谷川俊太郎さんが「宅老所よりあい」を早くから評価していたのはなぜか、からはじめました。討論者は木更津でユニークな「宅老所井戸端げんき」を運営されている伊藤英樹さん、法政大でケア研究者の三井さよさんでした。なかなか面白い研究会になったと思います。


 

主催:日本保健医療社会学会研究活動委員会、看護・ケア研究部会
日時:2026年3月14日(土)13:30~16:30
場所:日本赤十字看護大学601講義室(ハイブリッド)
テーマ:「ケアを問いなおす――『介護のドラマツルギー』をめぐって」
講演者:安立 清史(九州大学名誉教授)
指定討論者:三井さよ(法政大学)・伊藤英樹(NPO法人井戸端介護)
司会:坂井志織(東京都立大学)・松繁卓哉(追手門学院大学)・本多康生(福岡大学)
企画主旨:
本公開企画では、2025年5月に開催された日本保健医療社会学会第51回大会「Health and Medical Sociology in Motion:「越境」をさぐる」および、7月のアフター企画「介護・福祉の可能性――ケアの価値を再考する」を受け、介護をテーマに議論を深 めていきたい。『介護のドラマツルギー――老いとぼけの世界』(弦書房)を共著で 刊行された社会学者の安立清史さんを講演者としてお招きし、宅老所の日々の営みを通して、老いてゆく人とそれを見守る人々のかかわりを、「介護のドラマツルギー」 という視点から報告していただく。
さらに、指定討論者は2名の方にお願いしている。多摩地域における知的障害当事者 支援活動の参与観察を長年続けてこられた三井さよさんには、社会学者の視点からコ メントしていただく。千葉県木更津市の宅老所「井戸端げんき」で、認知症、精神疾患、身体障害を抱えた人々と向き合って、共生ケアを実践してこられた伊藤英樹さんには、現場の視点からコメントをいただく。全体討論では、多様なケアの場で起きている出来事を、実践者と研究者がいかに言葉によって捉え、記述し、共有しうるのかを、参加者とともに議論したい。会場にお越しいただける方には、ぜひ対面でのご参加をお願いしたい。

※遠方等の事情により来場が難しい方を対象に、オンライン参加(ハイブリッド)も併用予定ですが、通信環境等の都合により、接続の安定性や参加を確約するものではありません。あらかじめご了承ください。
※参加費無料・一般参加可
研究例会参加申込フォーム:
https://forms.gle/uSKHYGpT21S3V3dj9