パリ国際大学都市日本館で「フクシマ支援の夕べ」が開かれました。私はすこし遅れて参加したのですが、だいたい次のようなプログラムでした。第一部は浪江町の民謡や歌、民話や紙芝居などでした。津波と原発事故による非難のために、こうした豊かな東北の民俗文化が、いま、消え去りつつあるのだということを訴えるものでした。第二部はヒロシマ出身の監督のアニメ「無念」の上映でした。このアニメは、浪江町の消防隊の人たちが、津波のあと、救出活動したかったのに、役所の二次災害への懸念から止められ、翌日には、今度は原発事故のために、津波被災者の救出ではなく、住民の退避の誘導しかさせてもらえず、津波被害者を救出出来なかったというトラウマに、6年後の今もさいなまれるという実話にもとづいた物語で、とても胸を打つものでした。その後に、浪江町の方々の一人一人の思いとフランス側からの質問と応答、というものでした。約3時間にもわたるプログラムですが、ほとんど退出する人もなく、熱心に聞き入っていました。
フクシマの被害を、ヒロシマに重ね合わせて、フランスの方々に伝えたい、たいへんな経験を伝えたい、というものだったと思います。それはたしかに伝わったと思います。
問題は、その先です。フランス側からは「原発の現状にかんがみ、これからどうするつもりか」という趣旨の質問がでました。フランス側からはチェルノブイリ原発事故を調べている科学者も報告して、だいぶたってから子どもへの被爆被害がでているが、という問題提起もありました。言外に「日本はこれほどの被害を受けたのに」まるで「フクシマ原発事故のことを無かったことにしたい」というかのようにふるまっている現在の日本政府をどう思うのか、という質問のようにも聞けました。また、危険(かどうかは様々な議論がありますが)な現地への帰還政策についての批判的な疑問を含めた問いかけのようにも思えました。
浪江町の方々は、こうした質問には、とても戸惑ったようですが、「地元に帰りたい、でも、帰れない」という「無念」さを語られました。このままでは、フクシマの豊かな民俗文化や、地域「社会」そのものが消失してしまう、ということを訴えるのも今回のプログラムの意図だったのだと思います。
そこで私が思いだしたのは、1970年代に、サルトルとポーヴォワールが来日した時のことです。サルトルが、日本の知識人と「核兵器」問題について話し合った時のことです。日本側は、大江健三郎もふくめて「核廃絶は日本の悲願だ」と主張しました。サルトルは、それは分かるが、では、どうしたら核の廃絶が可能なのか、と問いかけました。サルトルが核兵器保有国のフランスを弁護しているわけではなかったでしょうが、日本のいう「悲願」だけでは現実の世界が動かない、どういう対抗策があるのか、ということを問いかけて、双方のすれ違いというか、落差を感じさせるものだったと記憶しています。
この落差は、現在も、続いていると思います。フランス側はヒロシマに加えてフクシマの原子力被害を受けている日本の浪江町の方々を支援したいと思っている。しかし、その方向は住民の「帰還」ということなのか、という疑問でもあったのでしょう。フランス的な科学と合理主義の発想でもあったかと思います。浪江町の方々はそれには答えられない。
そこで、ヒロシマ出身の監督が「原爆で被爆しても、100歳まで生きた人もいる。フクシマも放射線量が場所によって大きく異なる。これからどうなるか、分からないということを分かってほしい」と訴えました。たしかに、遠くからみると、フクシマ全体が被爆していて、なぜ避難しないのだ、政府が避難させないのではないか、というフランス側の素朴な疑問があるのも分かります。
浪江町のリアリティからすると、これまでさんざん政府に協力してきたのに、突然、手のひらを返すように、避難しろ、とただそれだけで、何の説明もなく、津波の被災者を見捨てさせられてしまったという、とても深い無念さが、やり場のないまま、屈折している。でも、その思いは、現政府を批判したり非難したりするほうには、単純には向かわない。向けてもかえって状況を悪化させてしまう、そういう思いもあるのでしょうか。苦渋の無念さ、とでもいうべきものでしょうか。(このあたり、国家の政策にひたすら協力して、その結果、悲惨な公害が起こり、国家とするどく対立してきたミナマタのことも、深く思い出されますね)
この無念の深さは、フランスだけでなく、世界が理解できるものなのか、ということも頭をよぎりました。原爆や原発の事故を、ただ「無念」と受け取るだけではなく、それを「解決」していくべきではないか、というフランス側の思考と、「安らかに眠って下さい、過ちは二度とくりかえしませんから」という日本の思考との、かなり根源的な違いのようなものも、あるように感じました。
この違いの認識は、日本人として、とても、つらい。すぐには、理解しあえるものでもない。どちらが正しいというものでもない。そういう苦渋さのようなものがあるのを感じました。
でも、分からないということを分かってほしい、というだけでは、原発の再稼働に前のめりになっている日本政府の現状を認めてしまうことになるのではないか。フランスとも政府レベルで協力しあおうといっていることを、どう思うのだ、というフランス参加者の気持ちもとても分かる。
サルトルの時代の議論を思いだし、根本的な問題については、変わっていないのかもしれない、なんだか、とても、重苦しいものを感じ取りました。
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安立清史(「超高齢社会研究所」代表、九州大学名誉教授)のホームページとブログです──新著『福祉の起原』(弦書房)が出版されました。これまで『超高齢社会の乗り越え方』、『21世紀の《想像の共同体》─ボランティアの原理 非営利の可能性』、『ボランティアと有償ボランティア』(弦書房)、『福祉NPOの社会学』(東京大学出版会)などの著書があります。「超高齢社会研究所」代表をつとめています。https://aging-society.jp/ 参照
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