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アメリカの感謝祭(Thanksgiving Day)
2012年11月22日は、アメリカではThanksgiving Day 感謝祭でした。
私は、これまで、三度ほど、アメリカの感謝祭を経験したことがあります。
最初は、18年以上まえ、家族でロスアンゼルスに住んでいた時に。
二度目は、10年ほどまえ、サンフランシスコで。
三度目は、6年ほどまえ、ボストンで。
それぞれ、家族で集まるディナーに招待していただき、伝統のターキー料理をいただいたのでした。
(写真は、2006年、ボストン・カレッジのジョン・ウィリアムソン教授のお宅での感謝祭ディナーにお招きいただいた時のものです。)

アメリカの感謝祭は「感謝祭は、イギリスからマサチューセッツ州のプリマス植民地に移住したピルグリムファーザーズの最初の収穫を記念する行事である。ピルグリムがプリマスに到着した1621年の冬は大変厳しく、大勢の死者を出したが、近隣に居住していたインディアンのワンパノアグ族の助力により生き延びることができた。翌1621年の秋は、とりわけ収穫が多かったため、ピルグリムファーザーズはワンパノアグ族を招待して、神の恵みに感謝して共にご馳走をいただいたことが始まりであるとされる」そうです。
サンクスギビングの食事といったらターキーです。
「伝統的な正餐のメインディッシュとなるのは、角切りにしたパンを用いた詰め物(「スタッフィング(stuffing)」)をした大きな七面鳥の丸焼きである。切り分けた七面鳥にグレービーソースとクランベリーソースを添えて供する。副菜には、マッシュポテトとグレービーソース、オレンジ色のサツマイモの料理、さやいんげんのキャセロールなどが一般的である。デザートには、アップルパイやパンプキンパイが供されることが多い」とありますが、ボストンのサンクスギビングは、まさにこの正調の感謝祭料理だったのです。


 

巨大ストーム

アメリカには百年に一度というような巨大ストームが襲来していて、大統領選挙直前でニューヨーク証券取引所が閉鎖とか、大混乱を引き起こしています。BSニュースをみると、アメリカだけでなくヨーロッパで異常気象が続いているようですね。今回のハリケーン・サンディの報道では、7年前にルイジアナをおそった「巨大ハリケーン・カトリーナ」のことが比較されています。7年前、カトリーナが襲来したとき、私は、ちょうどアメリカに暮らしていたのですよ。ボストンでしたから、そんなに直接の影響はなかったのですが、ちょうどハリケーンがルイジアナを襲った時、レンタカーをしてボストンから北上し、メイン州を旅していました。メイン州のアカディア国立公園でみた、風景がこれです。はるか遠く、北のカナダ国境に近いメイン州でも、ハリケーンの影響があったのでしょうか。



ボストンで乗っていた自転車
facebookをみると、大学時代の同級生たちがものすごく自転車フリーク、ものすごく自転車にねっしん、なのでびっくりしています。みんなヘルス・コンシャスを飛び越して、体力的にはスーパーマンみたいになっています。すごいなぁ。
思えば、私も7年ほど前、ボストンの中心部バックベイに住んでいた時、クルマは持てないので、マウンテンバイク自転車を買いました。そしてボストン中をいろいろ走り回っていました。バックベイからチャールズ河をわたって、MITやハーバード大学イェンチン図書館まで毎日のように通っていましたし、ボストン・シンフォニーやボストン美術館にも自転車で行きましたね。そして自転車に関して一番の思い出といえば、ボストン・ハーバーからでる高速艇に自転車を乗せて、ケープコッドまで渡って、ケープコッドの砂浜を一周してきたことですかね。ケープコッドは、ボストン人にとってあこがれの避暑地で、東京人にとっての軽井沢みたいな感じの町なんです。これはその時の写真です。

*ケープコッドというのは、ヨーロッパからアメリカにやってきたピルグリム・ファーザーズが最初にたどり着いた歴史的な場所(半島)です。ジョン・F・ケネディ一家の別荘があることでも有名(別荘は、正確にはちょっと南のハイアニスにあるんですが)。




Boston Collegeの卒業式



 アメリカの大学は卒業式シーズンだ。一週間ほど前にはボ ストン大学の卒業式があった。ハーバード大学は6月初旬だそうだ。5月25日に、Boston College は卒業式。この時期、ホテルは満杯状態。なぜかというと、家族や親族、友人たちがこの卒業式に駆けつけるからだ。Boston College のschool of social workの卒業式でも、卒業生の4~5倍の、家族席が用意されている。 よって、このような巨大なスタジアムも満杯になるような大イベントなのだ。(この 大アリーナで行っているのは、school of social workではなくて、Arts & Science であるが)。あいにくの雨天のため、本来、屋外で行われるはずの、スクールごとの卒業式が、スタジアムの中で行われたので、このようなすし詰め状態での巨 大な卒業式。ちなみに、アメリカでは、graduation ともいうが、より公式には、commencement (フランス語だとcommencer ラテン語からきている言葉)という。この日、教授達は、自分の卒業した大学のローブ(大学によって色が違う)を身につけ、式にのぞむ。アメリカの大学に は、自大学出身者は、ほとんどいないので、教授のローブの色は様々。
 さて、Boston College の卒業式もみたし、私もそろそろ日本に帰国する時期だ。

ボストン・バレエ

ボ ストンで初めてバレエ「白鳥の湖」をみた。もちろんチャイコフスキーの曲は小学生の頃から聴きなじんできたわけだが、チャイコフスキーの曲が、じっさいの バレエのどんな場面で演奏されるのかは、昨晩、初めてしったことになる。Bostix という当日のチケットを半額でうりさばくチケットオフィスがボストン公共図書館の真ん前にあるので購入して、ちょっとはやめの18時に図書館をきりあげ て、歩いてWang Theater というところにいった。内側は、ご覧のようにすばらしい空間である。

これは2005年初夏のある晩のブルックライン公共図書館です。



ブルックラインは、ボストンに隣接する小さな「市」です。 ボストン在住の日本人の多くがここに住んでいることでも知られていますが、ほかにユダヤ系やロシア系の人たちが多いことでも有名です。ブルックラインの歴 史をみると、ボストンからいかに「独立」を守ってきたか、と誇らしげに書かれています。ここもまた300年の歴史を誇っています。ここにも公共図書館があ り、この図書館も「パブリック・ライブラリ」です。 ここが特別すぐれている、というわけではないかもしれませんが、日本の「市立図書館」とは、まったく異なったものだと言えるでしょう。日本は世界に冠たる 「公共事業」国家だそうです。図書館こそ、まさに「公共事業」でしか出来ないものなのですが、日本には、はたしてこのような公共事業らしい公共事業が、ど れほどあるでしょうか。


ある初夏のブルックライン公共図書館


小さいがこれぞ図書館という風情がある。


こんな小さな図書館も夜9時まで開館しているのだ。


天井が高いことが、やはり独特の空間を生み出している。



豪華ではないが華がある。華美ではないが重厚さがある。こうした空間を持つことのできる人たちの誇りが感じられる。


ブルックライン出身の作家たちの蔵書があるブルックライン・ルーム。


私のお気に入りは、この机でした。


歴史と風格。そして誇りとアイデンティティ。


懐かしい情景。ところで、図書館こそ「公共事業」です。個人にも、市場にも作れないものです。日本の「公共事業」は、どうしてこうしたものを作れないのでしょうか。

これは2005年初夏のある晩のボストン公共図書館です。


この 図書館は「パブリック・ライブラリ」です。公共図書館ですが、行政が主導して造ったも のではありません。市民による自発的な発意で造られ、市民が資金を拠出し、そして市民のための図書館として運営されています。だからこそここに 「Public Library」という名前が冠せられたのです。訪ねると分かるとおり、ここは驚異の空間なのです。たとえば日本ではひっくりかえってもこういう空間を市 民が作ることはあり得ないだろう、と絶望的に思ってしまうような空間なのです。そういう意味で、歴史と文化と、それを造る人間について思いをはせるための 空間でもあります。朝は9時から夜は9時まで年中無休で開館しています(但し、土日は時間短縮。また夏期は日曜閉館)。私はここがどうしようもなく気に 入って毎日通いました。そして、そこに不思議な図書館マニアが多数生息していることを知りました(その一部についてはブログにも書いたことがあります)。 しかし、よほどの図書館マニアでも毎日、朝から夜までいることはありえません。私もだいたい朝に入館し、夕方には帰宅していました。しかし何回か必要に迫 れられて、あるいは気分が高揚して夜の閉館時まで図書館にいたことがあります。その時、「夜の図書館」というのは、昼間の図書館とは違った別の顔をもって いて、不思議に神秘的なことを知りました。その神秘さを、少しでもご紹介したいと思います。写真を見ていただくと分かるとおり、日本の図書館にはない、き わめて幻想的な空間です。うまく表現できる言葉がないので、とりあえず「きわめて西洋的な空間」と仮説しておきましょう。空間構成、そこに漂う宗教性、そ れを造ってきた歴史。そして、ここで求められている知は、たんなる世俗的な知(だけ)ではなくて、世俗を超越した世界を求めているのだ、と感じさせてくれ ます。われわれは、こうした空間の中で、時空を超えて、人類の歴史や、その精神性につながることが出来る。大げさに言えば…。そこには、おそらく中世から の僧院の図書室の伝統が、近代の図書館のひとつの源流になっているのではなでしょうか。そういうことを、この空間は、考えさせてくれます。さて、みなさん は、いかがお感じになるでしょうか。


ボストン公共図書館の正面玄関。ボストンの中心、コプレー広場に面している。左右に女神の像。

入り口から入ると、そこは中世の僧院の階段のようだ。

階段から入り口を見る。なんという空間だろう

中央階段の踊り場から。ちょっと日本にはありえない空間。夢の空間。 2階にあがると、これが巨大なリーディングルーム。日本のどの大学の図書館がこれに匹敵できるだろうか。 不思議な灯りが灯っている。幻想的だ。 ボールルームのような幻想的な広間。スペシャル・レクチャーなどが行われる。 夜の中庭。昼は多くの人がここでサンドイッチなどをほおばる。 列柱がヨーロッパの中世の僧院のようだ。 閉館時間になって外にでると、そこはコプレー広場なのだ。まさしくボストンの夜。

これは2004年初夏にニューヨークを訪ねた時の写真です。


このニューヨーク公共図書館も、初めて訪れた時には度肝を抜かれた。こんなすばらしい図 書館が、ニューヨークの町のど真ん中にあって、旅人にも誰にもでもオープンに開かれている(実際、ノートパソコンを持参すると、登録したりidをもらった りすることもなく、いきなりインターネットに接続できて、日本へとメールできたりする。ボストン公共図書館でも出来るのだが、居住者証明をもっていって id とパスワードをもらう必要があった)。現在のアメリカでは、大学の図書館は、インターネットのセキュリティがやかましくなっているので、旅人としてみる と、大学図書館は、たいへんに使い勝手が悪い。そのてん、公共図書館は、サンフランシスコにせよ、ボストンにせよ、そしてこのニューヨークにせよ、抜群で ある。そして図書館が、独自に、いろいろ検討したうえで、主体的に「図書館がネットワークへの接続環境を提供する」ことを決したことも特筆されよう。日本 の図書館が、独自に、このようなことを決断できるだろうか。 『サーカスが来た』で有名な亀井 俊介氏の『ニューヨーク』(岩波新書)にも、たしか、ニューヨークにきて、このニューヨーク公共図書館に飛び込んで、ニューヨーク・タイムズだったかでア パート探しをした経験が述べられていた。昔から、この図書館は、外からやって来た人にも開かれている「驚異の図書館」だったのだ。 ニューヨーク公共図書館については『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告― 』 菅谷 明子 (著) 岩波新書、にも詳しく述べられているが、まずは実際に訪れるとどんなものなのか。じっくりみて下さい。


  正面入り口。タイムズ・スクエアや、クライスラービルディングからも、ほど近い。ニューヨークの中心部にある。観光ルートにも入っている図書館なのだ。

ビルの入り口のライオンは、じつは図書館が起源なのか。 入り口階段は、ボストン公共図書館のかち。 シャンデリアはボストン公共図書館のものにそっくりだ。この当時の流行なのか。 リーディングルームがいくつかある リーディングルームの光景。 この熱気には圧倒される。日本の図書館で、平日で、こんなに満員なところが、はたしてあるだろうか。 貴重書のあるところは、やはりニューヨークならでは。 天井画をみているだけで楽しい。 ボストン公共図書館と比べると、ニューヨーク公共図書館は、ダイナミックに現代化を進めている印象がある。そして、ゆっくりと研究している人より、攻撃的に現在を生きている人が多いような印象(あくまでも個人的な印象)をもった。

ニューヨークらしい風景だと思う。アメリカに暮らして、戸外で本を読むことの爽快さをしった(日本のように蚊がぶんぶんだとちょっと無理だ)。 ボストン公共図書館にも、素敵なレストランがあった。図書館に通う時期には、なかなかこういうレストランでゆっくりというわけにもいかないのだが。 ガートルード・スタインの銅像。