小熊英二『社会を変えるには』
社会学文献案内
小熊英二『社会を変えるには』集英社新書
新書だが、500ページある大冊だ。北海道で社会学会があったので、持参して、往復の飛行機やホテルで読んだが、1日100ページ読んでも5日かかった。でも、するすると読めるし、面白かった。書かれていることの95パーセントは、オーソドックスな社会学の入門編で、すでに知っていることや、知られていることだ。でも、残りの5パーセントに、この著者の力量が込められている、と感じた。みんなが知っていること、よく言われていることをベースに、小さな、しかし、意味のあるひねりを加えている。もしくは、ほんの少し前進しようとしている。その「少し」がとてもたいへんなことは、あまり知られていない。でも、まったく新しいことを、たくさん言うことはできない。ほんのちょっとでも、突破して、みんなが言えなかったことを、言う。表現する。それがとても難しくて、しかし、意味のあることなのだ。そういうことは、ものを書いてみた経験のある人なら、誰でも分かることだ。しかし、そのほんの少しの違いを、しっかりと判断して評価することも、あんがい難しい。学生諸君には、本書にとりくんで、そのあたりの鑑識眼を養う一助にしてもらいたい。
沈思黙考が必要だ
◆沈思黙考とメインテーマ
学生たちが、社会調査実習で、インタビューに出かけるので、どう準備したら良いか、どんな質問をしたら良いか、と尋ねてきた。
どういうことを聞いたら良いか、それをじっくりと「沈思黙考」しようよと、と答えた。
社会調査実習は、いわば「社会」に出かけて、「社会」の中で人に出会って、「社会」に関する様々な問題や課題を、手探りしながら「発見」していく実習だ。事前に、いろいろ不安になって、準備したい気持ちは、分かる。
でも、今回のインタビューは、日程が決まったのが直前で、ほとんど時間的な余裕がない。
だったら、いまから、本を調べて読んで・・・としている時間的余裕はない。
こういうときこそ、沈思黙考、だ。
ふだん、われわれは、忙しく、じっとだまって考えることが少ない。
でも、どうしたら良いか分からない時、重要な案件がせまっていて、自分の考えを作らなければならないとき、大切なことが何なのか分からなくなってきた時こそ、「沈思黙考」が必要なのだ。
学生を見ていると(学生でなくてもそうだが)、みんな忙しさを口実に、自分で考えるという苦しい作業を、逃げてしまいがちだ(自戒を込めて、こう言う)。忙しい時は、じつは、楽なのである。やるべきことが明確で、時間は足りないが、何をしたら良いかで思い迷うことはない。ただ目前の作業をすれば良いのだから、ほんとうは、たいへんではない。
ところが、やるべきことが不明確な場合、でも何かしなければならない時、これこそ大変なのである。何をすべきか、じっくりと「自分で考えなければならない」。そして「その結果は、自分で引き受けなければならない」。これは、じつは、困難な作業なんだ。
今回の、インタビューをする、ということは決まったけれど、何を聞いたら良いか分からない、という状況が、まさに、それだ。
そういう時に、人は、誰かに「どうしたら良いでしょうか」と頼ってしまう。誰かが「こういうことを、こういうふうに、聞いたら良いよ」と答えてくれることを期待してしまう。でも、こんな風に「教えてもらう」ことから、いつかは脱却しなければならない。社会調査実習は、そういう、またとない機会なのだ。
そのためにも、沈思黙考から始めることが、大切だ。
「聞く」まえに、まず、考えること。「調べる」まえに考えてみること。
しかし気をつけよう、1分で考えつくことは、1分で消え去るような「思いつき」かもしれない。
でも、1時間考えたこと、1週間考え続けたことは、そうかんたんに消え去るような思いつきではないはずだ。
一ヶ月や何年も、考えてきたこと、それは、自分の本当の問題関心ではないだろうか。
自分の本当のテーマ、自分の深いところからわき起こる関心、そうかんたんには消え去らないような、思いつきとは違った、人生に関わるようなテーマ・・・ちょっと大袈裟になってしまうが、大切なこと、後まで残ることって、そういうことなんだと思う。
いっときの思いつき、一時のひらめき、たんなる関心、ではだめです。持ちません。耕すことも、深めることも、熟成させることもできません。
だからこそ、時々、沈思黙考が必要なのです。
でも、やってみなさい。
沈思黙考、じつに難しいことなのだ。
かんたんなものじゃない。
たったの5分でも、無念無想、自分にとっての根本的なメインテーマとはなにか、考え続けられるだろうか。
やってみてほしい。
梅棹忠夫の『知的生産の技術』
梅棹忠夫の『知的生産の技術』
とうとうこういう時代になったのだ。
きょう、社会調査実習に関する授業の中で、私にとってはサプライズがあった。
梅棹忠夫の『知的生産の技術』(岩波新書)の紹介をしたら、誰ひとり、読んだことのある学生がいなかった。大学院生のティーチング・アシスタントですら、読んだことも聞いたこともないという。
があーん。そういう時代になったのかなぁ。そういえば、村上春樹も、みんな、読んだことがないと言っていたし。
でもなぁ、35年くらい前、私が高校生だった頃は、みんな高校生で、この本は読んでいたぞ・・・てなことを言っても、まったくの「おじさん言説」になってしまう今日このごろ、秋の夕暮れであった。
さて、この流れは、どこまでいくのか。
これでいいのか市民意識調査
就職氷河期と言われるこのご時世、社会学の学生でも、公務員・行政職志望が増えている。聞いてみると、公務員なら結婚しても出産しても働き続けることができる、安定した職場だ、男女差別がない(少ない)、全国各地を転々とするような転勤がない、などというところが志望動機のようだ。たしかに職場の条件として、こうした長所のある職場だろう。でも、それだけでけか。そもそもなぜ公務員を志望するのか、公務員としてやってみたい仕事とは何なのか、そういう「仕事」としての側面はほとんど考えられていない。公務員の仕事について何ら具体的なイメージなしに、職場条件としての公務員だけで志望し、やりたい仕事のイメージもなしに公務員になっていってはたして良いものか。そういうことは、公務員志望の諸君には、よくよく考えていただく必要がある。
さて、紹介する大谷信介編著の『これでいいのか市民意識調査』(ミネルヴァ書房)は、こうした公務員の仕事の内容について考えるうえで、たいへん示唆に富む。公務員志望の社会学学生にとっては「必読」の書である。
本書において、大阪府内の多くの自治体の行った「市民意識調査」を収集・分析して、そこから自治体の行う市民意識調査の問題点をえぐりだしている。読んでみると、これはスリリングであり、エキサイティングであり、なるほど、そうだったのか、たしかにそうだ、というやんやの喝采であり、これはいかん、これから公務員になる学生には、こういう役所の実態をしかと認識して、こうした現状を打破するために、社会学や社会調査をもーれつに勉強して、役所を内側から改革していっていただきたい、とせつに願うようにさせる本である。
私にも、福岡県下のいくつかの自治体のアンケート調査を、委員として手伝った経験がある。その経験から言えば、まさに、大谷さんのこの本での経験は、福岡県でもあてはまり・・・おそらく全国の自治体(かつては3300以上あったが、現在では・・・)のほとんどすべてであてはまる実態ではないだろうか。
ということは、おそろしいほどの税金が、まったくムダな調査のために費やされている可能性があり、多くの貴重なデータが死んでいる可能性があり、そのために自治体の施策や方向性が歪んでいる可能性がある、ということである。
これは重大事だ。だったら自治体は、市民意識調査などやめてしまえ・・・とはならない。
そうではなくて、アンケート調査や社会調査や統計や分析に、もうすこし深い知識と見識とスキルをもった学生が、自治体職員となってがんばれば良いのである。そうすれば、現在の自治体は、飛躍的に大進歩する・・・とはすぐには言えないまでも、だいぶましになるのではないだろうか。
という意味において、この書は、社会学学生、とくに公務員志望の社会学学生、またこれから社会調査実習に入る学生にとって「必読」の書であり、この書をてこにして、ぜひ社会学や社会調査実習に力をいれて、そのうえで公務員になっていってもらいたいとせつに願わずにはいられない本なのである(べつに公務員になることを薦めているわけではありません。でも社会学学生の三分の一くらいが公務員志望になっている現状では、せめてこの本くらい読んだうえで公務員になっていってくれよ、と願うばかりです)。
社会調査実習のガイドライン
社会調査実習のガイドライン
【報告書の分量】
各グループ 最低20ページ(あるいはそれ以上)
(だいたいの目安として)
・アンケート調査の設計と集計、分析 5~10ページくらい
・フィールドワークの趣旨、内容、記録、考察、まとめなど、10~15ページくらい
【アンケート調査のパート】
・先行研究のレビューが必ず入ること(各グループ5冊以上は、あってほしい)
・アンケート調査の紹介と分析(単集結果の紹介、元になる調査(NHKなど)との単集レベルでの比較、クロス集計結果、カイ二乗検定、と分析(余力があれば多変量解析も)
・アンケート調査から分かってきたこと。
・アンケート調査では分からないこと。
・アンケート調査の振り返り。良かった点と反省点。
・今後の課題など。
【フィールドワークのパート】
流れ
福岡最大の商業中心地、天神の「国体道路」周辺を、フィールドワークすることを通じて、地域の様々な問題や課題を発見する。
(フィールドワークを通じて、様々な人たと出会い、様々な「社会的現実」を発見していくという社会調査実習の趣旨)
今泉や警固、大名や薬院など、地域によって問題や課題が違うことを発見する
町づくりをめぐって、様々なアクターが活動していることを発見する
行政だけでも、商業者だけでもなく、地域の住民や、ボランティアなども、町づくりに参加していることを発見する
町づくり団体、民生委員さんたちの団体、自治協議会、女性団体、ボランティア団体、公民館、様々な地域団体が、町づくりに関わっていることを発見する。
インタビューを通じて、町の歴史や、町の変遷を把握する。
フィールドワークを通じて、現在の町の変化や、そこにおこっている何を発見していく。
問題があるとともに、それを解決していこうとする人びとや団体があることを発見する。
こうしたことを見聞きし、だんだんと社会調査実習に参加した学生達も、どう変わっていったかを、自己確認していく。
などなど。
こうした流れのうえで、地域の様々な社会的事実や現実を発見し、その問題をどうすべきか、社会調査実習の参加者の目線で、考えて、提案をしていく。それこそが今回もとめられている「政策提言」ではないでしょうか。
・町づくり活動やボランティア活動している天神の人たちと比較して、自分たち若者の「社会参加」の現状や課題を考える(天神の町づくりに関わる人びとを調べることが、自分たちを考えることになり、自分たちの社会参加を考えることになる)
・若者が、国体道路周辺の町づくり(景観、美観、交通、自転車、地域住民、ビルや事業所など)を調べ「政策提言」する
(政策提言は、若者の視点からの提言であり、社会参加である)
というかたちで、「社会参加」を経験しながら、若者の社会参加について、自分たちを事例にして考える
・フィールドワーク調査
・天神調査の概要
・キーワード(地域の問題、地域住民、町づくり、景観、ボランティア、若者、地域社会,住民や住民参加…国道、道路政策、)
・1行政と町づくり(町づくり、放置自転車、道路にたいする住民からの要望、事業者からの要望,国道、道路政策、…)
・2ボランティア(道路や景観、植栽や緑化にかかわるボランティア動機、ボランティアの実態、属性、グループの機能など)
・3住民参加と町づくり団体や地域団体(警固公民館、警固自治会、自治体協議会、中央区、民生委員協議会・・・)
・4その他((例)大都市と若者、大都市の情報化と若者の消費行動、都心での若者の行動と・・・)
・インタビュー調査(二人以上で一組となってインタビューを行う。インタビューは、全部で10人かそれ以上をめざす)
国土交通省・福岡国道事務所へのインタビュー調査
きょうは、国土交通省福岡国道事務所のほうへ、学生たちがインタビュー調査にでかけました。
副所長の柳田さんから、さっそくメールが届きました。ありがたいことです。
「本日無事にアンケートインタビュー終了しました。
衛藤さん以下、6名来られて、午後1時から約2時間、当方は、富山事務所長と、国体道路を直接管理している、井本出張所長、宮本係長の
計4名で対応させて頂きました。
こちらも、あまり慣れないので最初はとまどいましたが、中盤から色々と質問も出まして終わりました。
成果はどうかわかりませんが、
「また、何かあったら遠慮なく聞いてください。」
「レポート報告会やってください」
「ボランティア団体との合同意見交換会等の企画があったら、相談してください」
と話しておきました。
◆聞いたら、15名ほど参加という事で、ほぼ全員の参加になったんですね。。
良い成果になるよう協力させて頂きますので、遠慮なくどうぞ。」
あす13日の社会調査実習について
3年生の社会調査実習の皆さん。あす13日は天神の「はかた夢松原の会」に15時に集合して下さい。
まずは国体道路を皆で歩きながら、専門家から道路や町づくりの見方を教えていただき、その後事務所でワークショップ的な打ち合わせを行います。遅れてくる人も大丈夫です。ミーティング後、かんたんなレセプションも考えています。
インフォメーション
安立清史(「超高齢社会研究所」代表、九州大学名誉教授)のホームページとブログです──新著『福祉の起原』(弦書房)が出版されました。これまで『超高齢社会の乗り越え方』、『21世紀の《想像の共同体》─ボランティアの原理 非営利の可能性』、『ボランティアと有償ボランティア』(弦書房)、『福祉NPOの社会学』(東京大学出版会)などの著書があります。「超高齢社会研究所」代表をつとめています。https://aging-society.jp/ 参照
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