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天神オープンバス
今学期の「社会調査実習」の締めくくりの一環で、学生たちとオープントップの観光バス「天神オープンバス」に乗って、福岡・天神をぐるりと一周してきました。晴天でしたが寒風。寒いのなんの。バスのほうで、こんなもこもこのコートを貸してくれますが・・・。まるでペンギンみたいだ。


まるでペンギンみたいだ。

まるでペンギンみたいだ。

オープンバス2

 

オープンバス3

天神オープンバス2

北九州アジア太平洋アクティブ・エイジング会議2012に参加してきました。毎年、同窓会のように顔をあわせるハワイ、韓国、インドネシア、モンゴル、シンガポールの仲間たちと再会。今回はブラジル、スイスの人の顔も見えました。この時期に、これだけたくさんの世界からの人たちに来てもらうのは、きっとたいへんだったことでしょう。まずは初日の記念写真。


ゲスト・ティーチャー(国土交通省・福岡国道事務所副所長)
社会調査実習の一環として進めている、天神の国体道路周辺のフィールドワークに関連して、社会調査法講義のゲスト・ティーチャーとして国土交通省・福岡国道事務所副所長の柳田さんに来ていただいた。国道のあり方、道路の現状、国土交通省による「社会実験」などについて学びながら、これからの社会調査実習のテーマをいろいろと考えました。


社会学文献案内
小熊英二『社会を変えるには』集英社新書
新書だが、500ページある大冊だ。北海道で社会学会があったので、持参して、往復の飛行機やホテルで読んだが、1日100ページ読んでも5日かかった。でも、するすると読めるし、面白かった。書かれていることの95パーセントは、オーソドックスな社会学の入門編で、すでに知っていることや、知られていることだ。でも、残りの5パーセントに、この著者の力量が込められている、と感じた。みんなが知っていること、よく言われていることをベースに、小さな、しかし、意味のあるひねりを加えている。もしくは、ほんの少し前進しようとしている。その「少し」がとてもたいへんなことは、あまり知られていない。でも、まったく新しいことを、たくさん言うことはできない。ほんのちょっとでも、突破して、みんなが言えなかったことを、言う。表現する。それがとても難しくて、しかし、意味のあることなのだ。そういうことは、ものを書いてみた経験のある人なら、誰でも分かることだ。しかし、そのほんの少しの違いを、しっかりと判断して評価することも、あんがい難しい。学生諸君には、本書にとりくんで、そのあたりの鑑識眼を養う一助にしてもらいたい。


アジア太平洋アクティブ・エイジング会議
来週は、いよいよ北九州市でのACAP(アジア太平洋アクティブ・エイジング会議)が開催されます。授業の一環として、九州大学の皆さんには、バスを出しますので、参加をお願いします(参加費、バス代ともに無料)。ハワイ大学、インドネシア、シンガポール、マレーシア、韓国、などから国際的なアクティブ・エイジング研究者がやってくる予定です。


秋晴れの天神フィールドワーク
2年生の社会調査法講義の授業の一環として、福岡・天神のNPO法人「はかた夢松原の会」事務所に集合して、西日本短大の西川先生とその学生さんたちとともに、警固から天神までの国体道路やその周辺を歩いて、「天神フィールドワーク」を開始しました。1時間ほど歩いてから、集合して、きょうの「気づき」を報告しあいました。天気も良くて、絶好のフィールドワーク日和でした。


取材学
加藤秀俊『取材学──探求の技法』中公新書
ここでは「取材」という。でも、言い換えれば「社会調査」とか「フィールドワーク」とほぼ同じこと。
書いてあることは、とても社会調査実習に役立つ。
取材というのは、良い材料を見つけ出すことだよ。
図書館やデータや文字の世界も探さねばならないよ。
もの知りに聞く、というのがインタビュー調査の基本だよ。
現地を見ることが、取材の基礎だよ。
そしてそれをまとめることも必要だよ。
・・・どれもごくごく普通のこと。でも、実行できるかどうか。社会調査実習に入る学生は、この本をまず味読・熟読しておくと良い。


◆沈思黙考とメインテーマ
学生たちが、社会調査実習で、インタビューに出かけるので、どう準備したら良いか、どんな質問をしたら良いか、と尋ねてきた。
どういうことを聞いたら良いか、それをじっくりと「沈思黙考」しようよと、と答えた。
社会調査実習は、いわば「社会」に出かけて、「社会」の中で人に出会って、「社会」に関する様々な問題や課題を、手探りしながら「発見」していく実習だ。事前に、いろいろ不安になって、準備したい気持ちは、分かる。
でも、今回のインタビューは、日程が決まったのが直前で、ほとんど時間的な余裕がない。
だったら、いまから、本を調べて読んで・・・としている時間的余裕はない。
こういうときこそ、沈思黙考、だ。
ふだん、われわれは、忙しく、じっとだまって考えることが少ない。
でも、どうしたら良いか分からない時、重要な案件がせまっていて、自分の考えを作らなければならないとき、大切なことが何なのか分からなくなってきた時こそ、「沈思黙考」が必要なのだ。
学生を見ていると(学生でなくてもそうだが)、みんな忙しさを口実に、自分で考えるという苦しい作業を、逃げてしまいがちだ(自戒を込めて、こう言う)。忙しい時は、じつは、楽なのである。やるべきことが明確で、時間は足りないが、何をしたら良いかで思い迷うことはない。ただ目前の作業をすれば良いのだから、ほんとうは、たいへんではない。
ところが、やるべきことが不明確な場合、でも何かしなければならない時、これこそ大変なのである。何をすべきか、じっくりと「自分で考えなければならない」。そして「その結果は、自分で引き受けなければならない」。これは、じつは、困難な作業なんだ。
今回の、インタビューをする、ということは決まったけれど、何を聞いたら良いか分からない、という状況が、まさに、それだ。
そういう時に、人は、誰かに「どうしたら良いでしょうか」と頼ってしまう。誰かが「こういうことを、こういうふうに、聞いたら良いよ」と答えてくれることを期待してしまう。でも、こんな風に「教えてもらう」ことから、いつかは脱却しなければならない。社会調査実習は、そういう、またとない機会なのだ。
そのためにも、沈思黙考から始めることが、大切だ。
「聞く」まえに、まず、考えること。「調べる」まえに考えてみること。
しかし気をつけよう、1分で考えつくことは、1分で消え去るような「思いつき」かもしれない。
でも、1時間考えたこと、1週間考え続けたことは、そうかんたんに消え去るような思いつきではないはずだ。
一ヶ月や何年も、考えてきたこと、それは、自分の本当の問題関心ではないだろうか。
自分の本当のテーマ、自分の深いところからわき起こる関心、そうかんたんには消え去らないような、思いつきとは違った、人生に関わるようなテーマ・・・ちょっと大袈裟になってしまうが、大切なこと、後まで残ることって、そういうことなんだと思う。
いっときの思いつき、一時のひらめき、たんなる関心、ではだめです。持ちません。耕すことも、深めることも、熟成させることもできません。
だからこそ、時々、沈思黙考が必要なのです。
でも、やってみなさい。
沈思黙考、じつに難しいことなのだ。
かんたんなものじゃない。
たったの5分でも、無念無想、自分にとっての根本的なメインテーマとはなにか、考え続けられるだろうか。
やってみてほしい。


梅棹忠夫の『知的生産の技術』
とうとうこういう時代になったのだ。
きょう、社会調査実習に関する授業の中で、私にとってはサプライズがあった。
梅棹忠夫の『知的生産の技術』(岩波新書)の紹介をしたら、誰ひとり、読んだことのある学生がいなかった。大学院生のティーチング・アシスタントですら、読んだことも聞いたこともないという。
があーん。そういう時代になったのかなぁ。そういえば、村上春樹も、みんな、読んだことがないと言っていたし。
でもなぁ、35年くらい前、私が高校生だった頃は、みんな高校生で、この本は読んでいたぞ・・・てなことを言っても、まったくの「おじさん言説」になってしまう今日このごろ、秋の夕暮れであった。
さて、この流れは、どこまでいくのか。


社会学3年生の社会調査実習で、8月に行政版が、国土交通省・福岡国道事務所にでかけて所長・副所長さんたちへのインタビュー調査を行いました。そのことが、国土交通省・福岡国道事務所のニュース(ふっこくニュース)で写真入りで紹介されています。